サステナビリティやダイバーシティー&インクルージョンなどの分野で革新的な取り組みを続けてきた「トミー ヒルフィガー(TOMMY HILFIGER)」。世界の価値観の変化をいち早くくみ取り実装する同ブランドは今、メタバース市場に目を向ける。5年ぶりに来日したマルタイン・ハグマン(Martijn Hagman)=トミー ヒルフィガー グローバル・PVHヨーロッパ最高経営責任者(CEO)にコロナ禍での戦略の変化や今後の注力課題について聞いた。
WWD:コロナ禍の2年をどう振り返る?
マルタイン・ハグマン=トミー ヒルフィガー グローバル・PVHヨーロッパCEO(以下、ハグマンCEO):コロナに加え、深刻な物価上昇や為替変動、ウクライナ戦争の影響など、さまざまな面で混乱が続いており対応を引き続き考えなければならない。伴って、消費者の動向も大きく変化している。コロナ前と比較して顕著なのは、人々の間でサステナビリティや多様性に関するトピックスへの関心が高まっていること。これは良い変化だ。従来の実店舗ありきのビジネルモデルからデジタル化の勢いも増し、コミュニケーション戦略も変わってきた。
WWD:今年は世界最大のメタバースファッションショー「メタバース・ファッション・ウイーク(METAVERSE FASHION WEEK)」にも参加した。まだ多くの企業はメタバースに懐疑的な印象だが、積極的に市場を開拓しようとしているように見える。
ハグマンCEO:懐疑的になる理由は分かるし、この分野の可能性を完全に理解することは私たちにとっても難しい。今は利益を出すためではなくむしろ、メタバースとは何かを学び、市場機会がどこにあるのかを見極めている段階だ。実際に利益を出すためにはまだまだ時間がかかるだろう。例えばECについても最初は、「本当に人々はオンラインで買い物をするようになるのか?」といった質問をたくさん受けたのを覚えている。当時も同じように「まだ分からないが、可能性がある」と回答した。2030年にどれくらいメタバース上で商品が売れるかは未知数だが、市場がWeb3.0領域に広がっていることは事実で膨大な利益を生む可能性はあるだろう。
WWD:ニューヨーク・ファッション・ウイークでは、ゲームプラットフォームのロブロックス(ROBLOX)上でファッションショーの様子をライブ配信した。その狙いは?
ハグマンCEO:特にWeb3.0領域が発展しているのは、ゲームの世界だ。ただ遊ぶ場所から、現在はそこで人々が出会い、コミュニティーが形成され全く新しいエンターテインメント体験が生まれている。ファッションと自己表現は密接な関係にあり、Web3.0上で新たな自己表現の形が生まれれば、ブランドにとって新しい表現の場になるはずだ。ロブロックス上でのショー配信は、この領域が発展していることを示す良い事例になった。今後の可能性を見極めるために実証実験を続けていきたい。
WWD:Web3.0上ではどのような顧客を想定している?
ハグマンCEO:ゲームというと多くの人が若い男性を想像すると思うが、実際はZ世代やその次のアルファ世代だけでなく、ミレニアル世代も含めてとても多様なコミュニティーが存在する。彼らは新しい交流の仕方やユニークな体験を今まさに求めているところで、とても興味深い。
バリューチェーンのデジタル化を加速
WWD:「トミー ヒルフィガー」は、バリューチェーン全体のデジタル化にもいち早く着手し、25年までに全てのデザイン工程を3D化することにも取り組んでいる。
ハグマンCEO:ファッションは商品で先進性を表現してきたが、そのプロセスはこれまで非常にアナログだった。3Dデザインは、生産工程を近代化しより持続可能で、スピーディーなものづくりを可能にし、結果的にデザイナーがクリエイティブになるのを手助けしてくれる。コロナ禍でデジタル化は加速したが、私たちは以前からその重要性に気付き18年ごろから3D技術に投資を始めた。パイロットプロジェクトでトライ&エラーを繰り返し、現在は半分近くの商品で3Dデザインを取り入れている。ここで培ったスキルはWeb3.0でも活用できる。
WWD:これまでとは全く異なるデザインスキルが必要だが、社内の反応は?
ハグマンCEO:デザイナーには3Dツールに慣れてもらうための教育が必要だった。特に私たちは、一つの商品ではなく何万という規模で3Dデザインを取り入れることに挑戦している。とにかく効率的に取り入れることが重要で、そのためにもなぜ変化が必要なのか、目的は何か、どんなメリットが得られるのかを丁寧に説明して理解してもらうことを心掛けている。一度共感を得てメリットを感じてもらえれば、みんな積極的に新たな手法を取り入れようとしてくれる。
店舗はオンラインとリアルをつなぐ場に
WWD:今後の出店計画は?
ハグマンCEO:具体的な数値は話せないが、今日においても実店舗が重要な役割を持つことは確かで今後もグローバルに出店を続ける計画だ。コロナ禍でECが今後のメインの販売チャネルになるだろうと多くの人が予想したと思うが、実際そうはならなかった。顧客は店舗での買い物体験を好んでいる。今回私が日本に来た理由も、卸先や旗艦店を視察するためだ。今週韓国にも行ったが、やはり若い層は店舗やポップアップなどその場に足を運んでブランドの世界観を体験することをとても楽しんでいるようだった。オンラインかリアルかどちらかに偏るのではなく、それらがシームレスにつながるよう全方位的に注力していく。
WWD:具体的に実店舗ではどんな部分を改善していくのか?
ハグマンCEO:人々にわざわざ足を運んでもらうためには、ユニークな体験を提供する必要がある。これまで店は商品を陳列し接客する場で十分だったかもしれないが、今後はフィジカルなスペースを活用したポップアップやイベントの開催、デジタルとシームレスにつながる体験を提供していきたい。23年には表参道店をリニューアルする予定で、ここで提供できるユニークな体験とは何かをまさに社内で議論しているところだ。
WWD:今後日本市場に期待することは?
ハグマンCEO:日本はアジア市場全体に影響力がある。表参道店のように店舗に投資することに加えて、ローカルな才能とパートナーシップを組むといったあらゆる角度からこの市場に注力したい。デザインチームも新しいコレクションのインスピレーションを求めてよく日本を訪れている。
WWD:「トミー ヒルフィガー」はインクルージョン&ダイバーシティーの面でも先進的な企業だ。障害のある人のためにデザインされた“トミー ヒルフィガー アダプティブ(TOMMY HILFIGER ADAPTIVE、以下アダプティブ)”への市場の反応は?
ハグマンCEO:“アダプティブ”ラインは、デザイナーのトミーが「障害のある人も自信を持って自由に自己表現をしてほしい」という思いで始まった取り組みで、商業的な目的よりも、社会的な意義の方が大きい。それでも日本市場では非常に好調でうれしい限りだ。“アダプティブ”ラインは「トミー ヒルフィガー」が体現するインクルージョンのあくまで一部だ。私たちはインターナショナルなブランドであり、国籍、年齢、ジェンダー含め異なるバックグラウンドを持つ多様な人々に商品を届けている。顧客を理解するためには、まず社内に多様性のあるチームを持つことが大切。次に多様性を重んじるブランドであることを、コミュニケーションを通して示すようにしている。多様なモデルを起用したニューヨーク・ファッション・ウイークでのランウエイショーもコミュニケーションの一例だった。インクルージョンやデジタル、サステナビリティなどブランドが信じているものをきちんと商品に落とし込み顧客に届けることで、ブランドの信用や競合との差別化につなげることができていると思う。
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