「取って作って捨てる」という直線型社会から「捨てないで作るに戻す」循環型社会へのシフトには何が必要か。最先端を走る企業のキーパーソンと研究者に、科学やデジタルとサーキュラリティーがどう結びついていくのかを聞く。それぞれが考えるサーキュラリティーとその実現に向けた取り組み、脱物質化、惑星規模のアライアンス、産業・業種・企業を超える人材、共創のために必要なことにまで話は及んだ。
(この対談は2022年11月25日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット」から抜粋したものです。下記の関連記事から期間限定で動画でも視聴できます)
向千鶴WWDJAPAN編集統括サステナビリティ・ディレクター(以下、WWD):サーキュラリティーを端的に言うと?
ジェラルディン・ヴァレジョ=ケリング サステナビリティ・プログラムディレクター(以下、ヴァレジョ):単にリサイクルにとどまりません。新しい方法であり、考え方です。生産の仕方や使い方、そして製品の寿命を長くすることを考えることです。
水野大二郎=京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構 教授兼慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特別招聘教授(以下、水野):「作る、使う、捨てる」から「作る、使う、捨てな~い」で作るに戻すこと。これを何回も行うことが循環の基本だと思います。この「捨てな~い」で作るに戻すためにはさまざまな考え方があるので、追って説明します。リサイクルだけではないよ、ということです。
WWD:今の「捨てな~い」の、「な~い」が長いところに、きっといろんなストーリーがあるんだろうと思いながら、後でお伺いしたいと思います。東さんは?
東憲児スパイバー事業開発・サステナビリティ部門長兼執行役員(以下、東):限られた資源を最大限、有効に活用すること。それから、無駄になる部分、ごみになる部分を極限まで減らしてとにかく資源を最大限生かすということに尽きると思います。
WWD:スパイバーが目指すサーキュラリティーについて詳しく教えてください。
東:スパイバーはタンパク質素材を作っています。例えばクモの糸やヒツジのウールなど、いろんな生き物が作っているタンパク質素材から学んで作ります。自然界の生き物の遺伝子を解析して、独自のDNAを持つ独自のタンパク質をデザインして、そのDNAを微生物に入れます。この微生物にサトウキビから取った砂糖やトウモロコシから取ったでんぷんを食べさせて、われわれがデザインしたタンパク質を作らせています。このタンパク質を使った繊維で服を作ったり、あるいは樹脂のようなもの、あるいは人工的なレザーのようなものやファーのようなものなどさまざまな素材を作っています。
WWD:私たちもタンパク質からできていますね。
東:人間の体もそうですし、動物や昆虫、植物もそう。生命はタンパク質が進化していろんな素材を生み出すことで、何万年、何億年もかけて進化し続けています。人間の体に使われているタンパク質とウシやヒツジなどの生き物に使われているタンパク質、植物が持っているタンパク質、それぞれ進化して生み出されたユニークな特徴を持つ非常に高い機能性を持った素材です。
私たちは今、タンパク質素材を循環させるのはどういうことかを考えています。循環にはいろんな方法があり、例えば、一番小さい循環のループは使い終わったものを誰かにユーズド製品として使っていただくこと。これは一番小さなループで、一番無駄が少ない方法だと思います。もう少しループを広げると、素材を生かしたまま新しいものに生まれ変わらせる方法もあります。
さらにループを大きくすると、素材を分子レベルで分解して、それを生まれ変わらせるケミカルリサイクルもそうです。ポリエステルなどの合成繊維では技術開発されていますが、植物や動物由来の天然素材では実はまだ、あまり存在していないです。
私たちはタンパク質素材を使って、分子レベルまで分解してもう一度再生するアップサイクルの仕組みを開発しています。この仕組みを「バイオスフィアサーキュレーション」と呼んでいます。コットンやウール、「ブリュードプロテイン」でできた服は栄養素に分解することができます。例えば、コットンは糖に、ウールはアミノ酸に分解できます。栄養素に分解すればもう一度発酵生産の原料にすることができる。一からサトウキビを育てて作った砂糖を使うのではなく、集めてきたコットンを分解して作った栄養を使って発酵させていくことで、サーキュラリティーを実現します。
WWD:皆さん、今、ファッションの話をしていますよ。今、スパイバーはサトウキビやとうもろこしといった食物を活用してタンパク質素材を作っていますが、古着や農業残渣を活用していこうとされています。
東:今、サトウキビやトウモロコシなど人間が食べるものを原料にしていますが、それを作るためには、肥料や広い農地が必要です。そういった環境負荷の大きい原料から「ブリュードプロテイン」を作るのではなく、より無駄の少ない、より資源を有効活用できるような方法で生産することが長期的には非常に重要だと考えて取り組んでいます。
ケリングが考える多角的なサーキュラリティー
WWD:ジェラルディンさんは、スパイバーのような新興企業の方々とお会いして、新しい価値と出合い、それをファッションビジネスの価値に変えていくことをお仕事とされています。
ジェラルディン:はい、そのとおりです。サーキュラリティーは、イノベーションの源であり、新しいサービスをお客さまのために生み出す源でもあります。私たちがサーキュラリティーで見ている価値の一つは公平な生産です。必要なものを作るときに重視しているのは、量よりも価値。過剰な在庫を生まないようにAIなどで販売予測もしています。もう一つ重要なのは長持ちする製品です。製品が価値を保たなければ、サーキュラーループになりません。再利用できる、あるいは長期に活用できるものでなければいけません。私たちは修理のサービスも提供しています。
WWD:リセールも拡大していますね。
ジェラルディン:セカンドハンドやリユースを拡大していて、どのようなブランドも製品も新しいサービスをお客さまに提供できると思っています。スパイバーの東さんがおっしゃったことに関連する話では、環境再生型であることと、クリーンな生産であるということを重視しています。環境再生型とは、製品を作るときに自然を枯渇させてはいけないということ。土壌を枯渇させてはいけません。土は全てのスタートです。土で綿が作られ、動物も土の上で育つ。そして、コットンや皮革ができていきます。環境、自然に対する人間のインパクトを真剣に減らしていかなければなりません。そのためにバイオテクノロジーが新しい素材をもたらし、新しい時代を開いてくれます。
そしてクリーンな工程、クリーンな加工。サーキュラーファッションは一つのループで終わるわけではありません。ちょっとした工程でも廃棄物が生まれたり、水を消費したりします。そこで私たちは小さいループも見ています。できるだけ廃棄物を減らし、廃棄物をなくすことに力を入れています。そのためのソリューションは、リサイクルを難しくするような化学物質をあまり使わないようにすること。
私たちは常に世界中でソリューションを積極的に探しています。シングルユースのプラスチックや、プラスチックマイクロファイバーなどを減らすことができるようなソリューションです。
WWD:「グッチ」や「バレンシアガ」といったケリング傘下のブランドのベースには、こうした価値を提供する部署があります。水野先生、今のジェラルディンさんと東さんのお話を踏まえて、水野先生が考える今のサーキュラリティーのポイントを深めていただけますか。
サーキュラリティー実現のための3つの戦略
水野:サーキュラリティーの実現に当たり、戦略の基本は3つあるとされています。1つ目はループをどう閉じるか(クロージング・ザ・ループ)。次にループの中で、循環の速度をどう下げるか(スローイング・ザ・ループ)。循環するからといって、大量生産、大量廃棄、大量再資源化を正当化していたら環境負荷は低減できません。もう1つは、ループを巡る製品量をどう減らすか(ナローイング・ザ・ループ)。先ほど話にあったような生分解性の材料を使うことは、量を減らすことと密接な関係がありますよね。あるいはAIを使い、生産量最適化も検討できます。
ループは長〜いものです。まず、材料の採取、製造から材料の加工、製品化、流通、販売、使用に至ります。その上で回収、分類、マテリアルリサイクルなりケミカルリサイクルなりを経て再資源化され、バージン素材と同等あるいは、それに準じるものとして、また材料のループに戻ります。ループの中でできる限り巡回することがまず目指されるわけです。そのために、各段階で異なる戦略が採用されることになります。先ほど、ループをぐるぐる回すという話をしましたが、ジェラルディンさんがおっしゃるように、各段階で、小さなループができる可能性もあれば、同一のループに戻れない場合は異なるループ、異なる産業の循環系に移行することもあるわけです。
つまり、近接する産業との連携を通して、あるいはファッション産業の中で、製品の長寿命化を図ることが必要です。材料に戻すには環境負荷がかかるため、高付加価値の製品を長寿命化する方が合理的です。以上の点から、サーキュラリティーのためのビジネスやデザイン戦略は、非常に多岐に及ぶことがご理解いただけるかと思います。
WWD:サーキュラリティーと一口に言って、一つの円を想像しがちですが、まだ閉じてない部分もあるし、小さな円の集合体であるかもしれないし、円がそれてどこかに行くかもしれないことも想像しなければいけないことが分かりました。水野先生のお話の中で、まず皆さんと掘り下げたいと思ったのは、ループを閉じるということについて。ジェラルディンさん、ケリングが考える、ループを閉じることについて教えてください。
ループを閉じるために必要なこと
ジェラルディン:まず私たちはインパクトを理解することから始めました。インパクトを測定しないと、どこで最初に行動を取るべきかが分からないからです。10年前に「環境損益計算(EP&L)」と呼ぶツールを作りました。これで環境外部性を内部化することができ、どこにフォーカスすべきかが分かります。そこで分かったのはインパクトは、原材料を選ぶ最初のところから起こっていること。
原材料に取り組むことが非常に重要です。調達する上でも、厳しい基準にのっとって認証された材料を調達する。リサイクルされたものを調達するといった責任を果たさなければいけませんし、ヨーロッパではリサイクル素材をもっと使うように規制が厳しくなっています。そして、その素材をエコシステムの中に取り入れていく上で、必要とされている基準を満たしているか、ラグジュアリーの基準も満たしているかということを確認します。そのために、われわれはマテリアル・イノベーション・ラボをイタリアに設置しています。昨年、このイベントで、そのお話をさせていただきました。
お客さまに働き掛けていくことも重要で、これは二次流通に関わっています。ラグジュアリーブランドがリセールを行うというのは意外に思われるかもしれませんが、社会が進化する中で需要があると考え、私たちは新しいビジネスで、新しいお客さまに到達できるチャンスと考えています。
初めての商品、ファーストハンドを買う方には、使わなくなったときにその商品に第二の人生があるということが評価されます。ケリングでは、リセールプラットフォームに投資をし、二次流通のメカニズムを理解しています。これは海賊行為を防ぐためでもあります。「アレキサンダー・マックイーン(ALEXSANDER McQEEN)」がヴェスティエール・コレクティブ(Vestiaire Collective)と、「バレンシアガ(BAENCIAGA)」はリフロント(Reflaunt)と協働してリセールを始めています。
もう一つ別の興味深くクリエイティブな側面があるのは、「グッチ」がオンラインスペース「グッチ ヴォールト(GUCCI Vault)」で、「グッチ」がキュレーションしたヴィンテージコレクションを販売しています。アーティストなどクリエイティブな方々にこのストーリーに参加していただくようにしています。サーキュラリティーは、テクノロジーとクリエイティブ、両面のコラボレーションが必要です。
WWD:ありがとうございます。まずインパクトを知ることについて、スパイバーもLCA算出に取り組んでいるとか。
東:現状の実力と課題を知り、初めて改善の取り組みに着手できると思うので、自分たちが作っている素材や製品の環境負荷を正確に知ることは非常に重要だと思っています。われわれも、自分たちの素材の環境負荷をライフサイクル評価を通して分析しており、今、第三者レビューをしていただいていて間もなく公開予定です。
具体的には「ブリュードプロテイン」の繊維が、ウールやカシミヤといった天然のタンパク質の素材と比べて、どのような環境負荷があるかを比較分析しました。その結果、カシミヤと比べると、温室効果ガス排出量が半分程度、土地利用では40分の1程度。分析の結果、再生可能エネルギーを使えば、温室効果ガスはカシミヤと比べて半分から4分の1に削減できることが分かり、再エネの活用に着手することを決定しました。
また、原料に食べられるようなサトウキビを使うと、それなりに環境負荷は大きい。これを、先ほど申し上げたような循環型の原料に切り替えることで減らすことができます。環境負荷を定量化することで、どうすれば減らすことができるかが分かります。
改善と改革、双方を含めて戦略を組み立てる難しさ
WWD:つまり、新しいものを生み出したいから生み出すのではなく、地球環境に対して環境負荷を理解した上で、低負荷に向けて開発を進めるということですね。水野先生、現状を知って理解した先のゴールをどう描けばいいでしょうか。
水野:ライフサイクル評価は、今、非常に注目されている領域です。スコープ1、2、3の二酸化炭素排出量を計測し、どこを削減するか自己点検したり、第三者機関を通じて客観的情報として評価結果を担保したりする企業が出てきています。これらは今後、より多くの企業がやることになるだろうと思います。
その上で重要なのは、ちょっとずつの改善とラディカルな改革双方がないとまずいね、という箇所が出てくる可能性です。ラディカルな部分、例えば東さんがおっしゃっていた化石燃料から再エネに大きくエネルギーシフトするとなったときに、そのシフトによって起こる新しい問題を想定しておく必要があると考えられます。大規模投資が必要になって、全てのステークホルダーにそれを要求しても、資金がない。全てのステークホルダーを支援できない。かといって、漸進的変化だけでは効果は限定的です。ラディカルな解決案も必要になる箇所は必ず生まれます。ただし、実現するにはリスクが伴う。このようなジレンマはたくさん起こるだろうという認識です。
これはエネルギー調達だけではなく、材料や販売方法など、ファッションビジネスをサーキュラリティー前提で回そうとしたときに起こり得る課題であり、ここには、経営者の勇気と決断を下支えするパーパスが必要になる箇所も多くあろうかと思います。
WWD:ジェラルディンさん、ケリングは、EP&Lを活用してサステナビリティのアクションやビジョンを組み立てるときに、改善策と改革策をどのように組み入れていますか。
ジェラルディン:タフな質問ですね。切迫した状況にいるということを踏まえないといけません。COP27が先週、閉幕しました。6年前のCOPで、温度上昇を1.5℃にとどめようという目標に合意しましたが、その方向に進んでいるとは言い難いです。国々、また、民間企業を見ても1.5℃ではなくて、2℃を超えるような方向に向かってしまっています。特に、ヨーロッパの若い方々と話をしていると、革命のような機運が高まってきています。「何をしているんだ、今、やっていることでは不十分だ」と問われることが非常に多いです。既存のビジネスの在り方、そして、投資家からは、財務的なKPIを求められ、より強化される規制といったいろいろなものとの板挟みになっています。
一方で、投資家や規制環境が変わっているというのも事実。例えば、ヨーロッパの規制は、来年から財務以外の非財務KPIの開示を増やす方向に向かっています。そして、ヨーロッパグリーンディール実現のためには、投資家も適切な対象に投資をしていることを示さなくてはいけません。例えば、サステナブルモビリティーや再生エネルギー、サステナブルな建築やファッションなどに投資をしていることを示さなくてはいけなくなっています。だからこそ、サステナブルファッションやサーキュラーファッションが、より議論されるようになっていますし、私たちは、より長く使える製品を通じて、貢献しようとしているわけです。
ですので答えは、両方ですね。長期的にはまずカーボンニュートラルを達成しなくてはいけません。しかし、その間のマイルストーンもあります。2025年、30年の目標を設定しています。50年まで待つことはできません。日本も50年にカーボンニュートラルを掲げていますが、50年まで何もしないで待っているわけにはいきません。それまでの目標を達成していかなくてはなりません。
WWD:東さん、スパイバーのビジョンを組み立てる中に、今の視点、長期的な視点、現実的な課題というのは、どのように捉えていますか。
東:スパイバーは、先ほどご紹介した「バイオスフィアサーキュレーション」のような今までにない新しいソリューションを実現して、世の中に広げていくような、ドラスチックな変化、長期的な変化を実現することを目的としています。それこそがわれわれのミッションであり、社会における役割だと思っているので、自分たちがこつこつできることは、もちろん全てやりますし、それに加えて、世の中に大きなインパクトを与えられるようなソリューションを一日でも早く実現するということに取り組んでいます。
WWD:スパイバーの社内でどういうインパクトを世に残していこうという話をしていますか?
東:サーキュラリティーを実現するようなソリューションの提案です。循環できる素材と、それを循環させるためのインフラ。例えば、われわれの素材は、栄養に戻してまた新たな素材を作ることができますが、そういう素材のバリエーションを増やしていくこと。ウールやカシミヤのような素材だけではなく、ポリエステルやポリウレタンといった素材もバイオ由来のものに置き換えて、それが循環できるような仕組みが必要です。どうやって回収して、どうやって分解して、どうやって使うのかーーこのトータルのエコシステムを実現しないといけないと考えています。チャレンジはたくさんありますが。
究極的にはエネルギーしか使わない、脱物質化への移行について
WWD:後半は脱物質化について考えてみたいと思います。水野先生、必ずしも、ファッションは目に見えるここにあるものに限らないという投げ掛けに対して、どう思いますか。
水野:22年の5月に経済産業省がファッションの未来を考える研究会のレポート「Emerging State of Fashion(ファッションの未来に関する報告書)」を出しました。私はこの研究会の座長を務めましたが、そこでも脱物質化は議論されたトピックの一つでした。シンフラックスと書いた本「サステナブル・ファッション」(学芸出版社)でも、脱物質化をどう実現するかに関する具体的な事例を交えて書きました。
先ほど話していたループを巡る製品量の削減を考えるに当たり、究極的にはエネルギーしか使わないところへの移行可能性がある、という話がサーキュラーデザインの文脈における脱物質化です。脱物質化については、エレン・マッカーサー財団が21年末に出版した「Circular Design for Fashion」の中でも“Wear bits, not atoms(物質ではなくデジタルデータを着よう)”と提示している点も認識しなければなりません。エレン・マッカーサー財団は、サーキュラーエコノミーのキーワード自体をヨーロッパで根付かせた組織です。そんな組織が、いわばデジタルファッションが環境影響を下げるために取り得るべき一つの戦略になる、と提言しているわけです。
このような話は、AR、VR、MR、XRといった情報技術との連動や、それらを介してメタバースに行くという話と連動すると思いますが、メタバース移行に関しては、技術的制約のみならず、社会的な慣習や目的がないこともあり、まだ十分に達成されているとは言い難いです。
一方で、UnityやUnreal Engineといったようなゲーム開発環境、ゲーム開発のためのプラットフォームを利用して制作された多くのオンラインゲームに、多くの人が流れ込み時間を費やしていることは既に周知の事実だと思います。このゲーム開発環境を通して、ゲームの中に人間が埋没していくというか、そこで新しいもう一つの人生を送るといったことが、近年非常に注目されています。ゲームをやっている本人はリラックスした部屋着なのかもしれないけれど、ゲームの中では、ゴリゴリにデザインされたインタラクティブな服を着て楽しんでいる、みたいなことがあるのかもしれない。
こうしたことが拡張していくと、見せびらかしのための消費はオンラインで、環境を配慮した消費を現実空間で、といったように、情報環境と物理環境で異なる自分が異なるファッションと暮らすんじゃないか。そのようなことを今、考えています。
トレーサビリティー担保に向けたデジタル活用
WWD:ループを作るだけではなく、ループの中に流す物質を少なくしたり、減らしていくということが今の水野先生の提言でした。ジェラルディンさん、ケリングも、メタバースやデジタルファッションに向けては取り組みをされていますよね。
ジェラルディン:「グッチ」や「バレンシアガ」など幾つかのブランドは既にメタバースにプレゼンスを持っています。私たちは自己表現の別の方法だと捉えています。難しいのは、今のところメタバースについて、環境に対してどんなインパクトなのかをつかむことです。従って、もっと研究する必要があります。デジタルのもう一つの使い方は、コレクションのサンプルを作る点です。物理的な物で作るのではなく、デジタルで作ると物を使わないで済みます。
それから、デジタルファッションでの最前線は、バリューチェーンの中に、テクノロジーを用いて透明性を高めること。トレーサビリティー(追跡可能性)を高めて、サプライチェーン上でトレーサビリティーが得られるようにすること。今は十分にそれができていません。特にお客さまは十分な情報を得ることができません。素材がどこで取られて、どういう工程を経て作られたのかが、完全に見える化されていません。そこでケリングでは、ブロックチェーンなどの技術を使って、こうした情報を提供しようとしています。これは、衣類だけではなくて、アイウエアもそうです。ケリング アイウエアは世界で初めて、ブロックチェーンプラットフォームでサプライヤーネットワーク、その下請けサプライヤーのネットワークを管理して、製品の品質の一貫性とトレーサビリティーを確立しました。バリューチェーン全体を通じて環境情報を集めています。そういった意味でデジタルは役に立つと思っています。
WWD:フォートナイトはもちろんですが、それだけではなく、デジタルはトレーサビリティーでも活用されている点が印象的でした。東さん、デジタルの活用についていかがでしょうか。
東:ジェラルディンさんがおっしゃったトレーサビリティーは非常に重要だと思っています。われわれは素材のイノベーションに取り組んでいますが、これをサーキュラリティーにつなげていくには、自分たちの素材がどういう原料で作られているのか、あるいは、自分たちの素材を使った製品がどんな素材を組み合わせて作られているのかといった情報がトレースできるということが非常に重要だと思っています。デジタルの技術は、サーキュラリティーを実現するためには欠かせないものだと思っています。
“惑星規模のアライアンス”をつくるには
WWD:水野先生、おニ人に聞いてみたいことはありますか。
水野:今、B コープやライフサイクル評価を通した現状把握を急ぐ企業が多く、具体的なサーキュラーなビジネスやデザイン戦略を立てるに至らず、やきもきしている方や、1社ではクリアできない厄介な現実と対峙し困っている方もいると思います。そんな中、お二人ともパートナーシップやコラボレーション、あるいは共生関係をつくりクリアしているかと思いますが、こうした“惑星規模のアライアンス”をつくる、コラボレーションをつくることを、このセッションを聞いてくださっている方はどうやって実現したらいいと思いますか。
ジェラルディン:“惑星規模のアライアンス”、とても響きますね。私たちケリングの価値観、会長兼CEOのピノーの理念ととても共振するところがあります。コラボレーションとオープンソース化を重視しています。ソリューションがあるときに、例えば、環境損益計算の手法やクロムを使わない皮のなめし方法などをオープンソース化しています
そして、たくさんのコラボレーショングループに参加しています。水野さんが話したエレン・マッカーサー財団もそうですし、とても重要だと考えているのはファッション協定です。私たちは、ファッション産業全体と比べると規模は小さい。協力することでしか実現できないのです。ファッション産業は、自動車産業や食品産業に比べると、それほど規制の対象になっていませんが、規制が出てくるまで待っていてはならない。それよりも早く変革をしていかなければならないのです。ブランドには、そういった変革を生み出す力があると思います。重要なことは、未来のデザイナー教育です。デザインスクールともパートナーシップを組んでサステナブルファッション、サーキュラーファッションがカリキュラムに入るようにしています。オプションではなくて必須になるようにしています。
WWD:東さんは“惑星規模のアライアンス”について、思うことはありますか。
東:サーキュラリティーは、惑星規模で、人類一丸となって取り組まないと実現できないことだと思います。国をまたぐということもあります。ほかの産業も一緒の惑星なので、一緒にサーキュラリティーについて考える必要があります。ファッションの中だけで見ても、バリューチェーンを横断的に考える必要があります。素材メーカー、アパレルメーカー、製品をどう回収してどう再活用するのか。本当に壮大なスコープの話なので、一緒に考える必要があると思っています。
サーキュラリティー実現に必要な技術と人材
WWD:サーキュラリティー実現のために、産業、業種、企業を超える中で、皆さんが注目している技術や必要な人材、地球規模の共創のために何が必要だと考えますか。
東:3つあると思います。一つは素材。これは、われわれのような会社が循環できる素材を作り、それを循環できるようなシステムを実現すること。次は、製品のデザイン。ケリングさんのような会社が循環を考慮したデザインで製品を作ること。いろんな素材が混ざった製品ではうまく再活用できないので、結局ごみになってしまう。そういった製品デザインをイノベートすることが必要です。3つ目は先ほどあったトレーサビリティー。製品を捨てる段階になったときに、どういう原料でできていたかが分からないと循環はうまくいきません。素材と製品デザイン、そしてトレーサビリティー、この3つが重要な課題だと思います。
水野:僕は、地球規模で考えるときに出てくる、非常に複雑なステークホルダーの相互依存性が、これからの課題になるだろうと考えています。誰が誰に何をしたら環境インパクトが低減できるのか、収益をどう公平に分配できるのか、といった話になっていくので、究極的には自律、分散、協調に基づくブロックチェーン技術が必要だと思います。現時点では、サーキュラリティーをぐるっと回すために中心、全体を駆動させるコアステークホルダーが、過渡期である今は必要かと思います。
ですが、これがより複雑な相互依存性を帯びる際には、さまざまな人々が、さまざまな形で、より多くの手を携えられるように、組織をメタ組織化していくことになると思います。Web3関連の技術を得意とする人や組織の登場が望まれます。
WWD:Web3関連の技術も必要だし、水野先生のような、スーパーファシリテーターというか、いろんな企業、いろんな価値観、いろんな判断を動かしていくような才能も必要になりそうですね。
水野:脱中心的な組織構造を帯びた、多様なステークホルダーから成るオープンなネットワーク構築という意味では、ファシリテーターというより、サトシ・ナカモト(ビットコイン・ブロックチェーンの発明者)みたいな人がファッション業界にも必要になっている、ということかもしれません。
WWD:ジェラルディンさん、技術、人材、マインドでこれから求めていくものについて教えてください。
ジェラルディン:私たちはレトロイノベーションとブレークスルーイノベーション、2通りのイノベーションが必要だと考えています。レトロイノベーションはファッションをスローダウンさせることと、環境再生型農業といった新しい技術ではありませんが、常識に立ち返ることでしょうか。ブレークスルーイノベーションは現状を打破するようなイノベーションのことです。人材については、イノベーションを生み出すためには、違わなければいけない。ほかとは違っていなければいけない。従ってチームの中でも、いろいろなバックグラウンドを持ったメンバーが必要です。違ったカルチャーの人たち、違った見方を持った人が、共通の目標を追求することが重要です。
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