東京のデザイナーズブランド「ビューティビースト(BEAUTY:BEAST)」は、1990年代に東京やパリでコレクションを発表して、熱狂的なファンを獲得。ところがデザイナーの山下隆生は2000年にブランドを休止すると、その後はさまざまなファッション企業でメンズやウィメンズ、子ども服、スポーツウエアなどのディレクションを担当。20年の「ビューティビースト」再始動まで、表舞台から遠ざかっていた。
最初のブレイクから30年、現在は人気が再燃するどころか海外のファンも多く、「#beautybeast」でインスタグラムを検索すると世界各地からの投稿が見つかるほか、メルカリなどの2次流通では高値で取引されている。新作の売り上げも順調だ。カムバックの理由は、なんだったのか?90年代と現在でモノ作りにかける思いは違うのか?山下デザイナーに聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):そもそも2019年の再始動のきっかけは?
山下隆生「ビューティビースト」デザイナー(以下、山下):3年前、「Your Fashion Archive」というウェブメディアのオリバー・レオーネ(Oliver Leone)からインタビューのオファーがあった。オリバーはファッションが大好きで「ヘルムート ラング(HELMUT LANG)」などの90年代に造詣が深く、彼自身が当時の日本のファッションに興味を持っていた。アメリカには、彼のような若い世代が多いという。そこで「これだけアメリカの若者が日本の90年代ファッションを好きなのに、なぜ、あなたは洋服作りを再開しないのか?」と聞かれた。それが、インタビューの最後の質問だった。その時は「タイミングが合えば」と答えたが、確かにインスタグラムでは90年代の「ビューティービースト」(注:再始動前は「ビューティービースト」)が、当時の「アンダーカバー(UNDERCOVER)」や「リック オウエンス(RICK OWENS)」のように話題になっていた。僕は20年間、ネス湖に潜って頭を上げていなかったが、日本の90年代のファッションを求めている世界の熱量に動かされた。
WWD:なぜ、アメリカでは日本の90年代が盛り上がっているのか?
山下:彼らの手元に、僕の洋服がどう届いていたのか?流通の全容は今もわからない。ロサンゼルスのセレクトショップがアーカイブを集めてコーナー展開してからという話もある。90年代はインターネットが整う直前で、僕の手元の資料は全て紙。若い世代にとっては、謎に包まれている印象があるのかもしれない。僕にとっての70年代のような感覚を、今の若い世代は90年代に抱いているのかもしれない。(日本のブランド古着や「ビューティビースト」との新作コラボなどを販売する米ECの)「エンプティー ルーム(EMPTY R__M)には20代のファンが多いそうだ。
考えてみれば、今の世の中には90年代のメンタリティがあるのかもしれない。湾岸戦争(1990年〜)とウクライナの侵攻が重なる人もいるだろう。コロナの影響で国内ブランドへの注目が集まったのも、90年代に似ている。振り返れば90年代の前半には「シュプリーム(SUPREME)」や「ステューシー(STUSSY)」がブレイクしたが、半ばくらいからは「ビューティービースト」のほか、「20471120」や「ケイタ マルヤマ(KEITA MARUYAMA)」などのインディペンデントなブランドが売れるようになった。最近までは「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」などが強かったけれど、世界的な物価高や円安でインポートが買いづらくなって、日本のブランドが注目されるようになった現代と重なる。
ただ日本でも今、90年代は盛り上がっていると思う。「エモい」は、90年代ならオタクだけが楽しんでいた、斬新ながらどこかノスタルジックなものに使われる言葉だと思う。「ビューティービースト」の洋服をインスタグラムでアップする若い世代は、90年代のファッション誌を買い漁っている。90年代の映像を欲している若者も多いから、当時の空気感を伝えられるイベントが開けたら、と思っている。
WWD:そこで「ビューティビースト」を再始動した。
山下:たくさん商品を作って、アパレル・マーケティングをするつもりはない。ただネス湖に潜っていたときでも、追いかけ続けてくれた40代の熱心なファンは多い。彼らが洋服を着てくれるなら、と思っている。若い世代も着られるけれど、40代はどこかにノスタルジーも感じてしまう。そんなブランドを目指している。「新しいものを」と思って作り続けた90年代のアーカイブを全部ひっくり返して、「どこか懐かしく、でも今着られるものは何か?」を考えている。今の40代は、当時よりお金を持っている。でも「当時より派手じゃなく」、一方で「持っていないものが欲しい」という。そのバランスを探りたい。明らかに変わったのは、ドクロのように今の社会では「死」を意味するような悲観的なモチーフ使いはやめている。昔より色は多いのかもしれない。社会の”どんより”した雰囲気を払拭したい。僕は、自分に思いを言語化する能力がないから、メッセージやメンタリティをぶつけて洋服を作っている。そこに今は、思いを言語化できるパートナーが現れ、SNSという伝えるツールも整った。40年くらいずっと探していた言語化できる人と環境を手にした。
WWD:と同時に、若い世代も興味を持っている。
山下:今の世代はコーディネイトが上手なのに、提案するスタイルを丸ごと買ってくれたりする。そんな時は、発信できるようになった言語というより、そんな言語を連ねた文章に共感してくれたのかな?と思っている。僕がラッキーだったのは、SNSで拡散しやすいヒストリーがあったこと。SNSでの反響は、昔の口コミに似ている。外出自粛の影響でスマホをいじる時間が増えたことで、皆細かく、深く掘り下げるようになっている。
昔「トム ブラウン(THOM BROWNE)」のコレクションを見た時、大きなショックを受けたことがある。彼の定番には、デザインが存在しない。「普通がかっこいい」「それが新しい」なんて、自分の発想にはなかった。ブランドを休止した2000年ごろ、世の中に広がり始めていたのは「ユニクロ(UNIQLO)」。営業担当と次の方向性について話をしていたとき、こだわりの寿司屋より、回転寿司の方が好かれる時代が到来したように感じた。ネット時代が到来して、洋服の代わりにハードウエアに数十万円を費やす時代にもなった。だからコレクションピースを作ることをやめ、テクノロジーの勉強をして「タイガリオナ(TAIGALIONA)」(編集部注:山下が2020-21年秋冬にスタート。日本古来のワークウエアをベースに、テクニカル素材とモード由来のシルエットの融合を試みている)をスタートした。ただドナルド・トランプ(Donald Trump)が大統領に就任してからは、あれだけハッキリした物言いに反発する若者も現れるだろうと感じていた。ファッションはメンタリティーのPRツールでもある。世間とは違うメッセージを発信したい人に届けば嬉しい。
WWD:海外の人に売れている理由は?
山下:海外の人は今、そのヒストリーにリスペクトの思いを込めてくれる。この思いは、フィジカルな店舗に絞った方が共有しやすいのではないか?もちろん、最終的には直営のウェブショップが必要だと思うが、販路については良きパートナーと、深く掘り下げるような関係性を築いていきたい。僕にとって、洋服は単語。その単語を「今の時代、こんなふうに組み合わせると、今までにない文章になるでしょう?」と提案しているつもりで、それは今も昔も変わらない。だからメンタリティを表現する修飾語まで、きちんと取り扱ってくれるパートナーとタッグを組みたい。
WWD:新作には、当時の復刻も多い。
山下:トラックスーツは当時の色を復刻しながら新色を発売し、ラビットのバックパックは270個限定で作ったりした。もちろん商習慣と合わせないといけないが、消費者のニーズはシーズンレスになっている。「今、ここで着たいパーカー」が提供できたら、それでいい。コンサートで求められるのは、新曲だけじゃない。大事なのは、オールタイムベスト(デビュー時から最新まで発表した全時代の全楽曲から選曲され、キャリアが総括されたベストアルバムを指す)だ。