石川・金沢は、金沢城をはじめとした古い街並みと、21世紀美術館など複数の文化施設を持つ人気の観光地であり、感度の高いアパレルショップが多く集まる町でもある。特に香林坊エリアは、メゾンブランドや国内デザイナーズの直営店と、独自のラインアップを持つセレクトショップがひしめく。
その香林坊からほど近い路地裏にひっそりと店を構えるのが、セレクトショップ「ファッジアップナッシング(FUDGE UP NOTHING)」だ。2011年のオープン以降ファンを徐々に増やしており、県外や都心からの来店客に加え、ファッション関係者の顧客も多い。同店はもともと香林坊のビルの一室で約9坪の店からスタートし、21年4月に現在の場所に拡張移転した。
有名無名問わず
“面白い”を貫く
同店の特徴は、新品と古着をミックスしたセレクトだ。新品では、ロンドン発の「イートウツ(E.TAUTZ)」や、ドイツのアトリエでハンドメイドされる「ストレス スタジオ(STRESS STUDIO)」、加瀬隆介と竹井博秀による「エッセイ(ESSAY)」など振り幅は広く、オーナーが「面白い」と思った古今東西の約20ブランドが並ぶ。
古着のセレクトはさらにマニアックだ。市場でも人気が高い「パタゴニア(PATAGONIA)」などのアウトドアメーカーによるミリタリーサープラスや、無名スポーツブランドのパフォーマンスジャケット、ローカル企業のユニホームスエットなど、ファッションアイテムとしての評価が未知数なものも少なくない。
これらのセレクトには、「ファッションのいろいろな価値観を提案したい」という杉木太オーナーの思いがある。「例えば“エア ジョーダン 1(AIR JORDAN ONE)”は、当初はワゴンで安売りされるようなアイテムだったのに、スケーターたちがクッショニングを気に入ってこぞって履くようになり、市場でも一気に人気が出た。他のビジネスではあり得ない価値観の転換が、ファッションでは起こりうるんです」。機能や品質だけではなく、「光の当て方によって新しい価値観を見出す。それを、この店でもやりたくて」。
異なるムードが混在する空間
地元・石川の素材も活用
品ぞろえに加えて空間も特徴だ。約100平米のワンフロア構成の同店は、ガラスの入り口やクリーンな白い壁が目を引く一方で、天井はコンクリートの体躯や排気口がむき出しになっている。
この内装には、「洋服と同じように、さまざまな価値観が混在する空間にしたい」という意図がある。内装を手掛けたのは、デザイナーで設計家のシン シン(Siin Siin)。同氏は、建築家・元木大輔が率いるデザインスタジオ「DDAA/DDAA LAB」を経て独立した若手クリエイターで、昨年6月に行われた「クードス(KUDOS)」22-23年秋冬コレクションのプレゼンテーションで舞台装置を手掛けた。「シン シンさんはもともと金沢の美大に通っていて、この店にも来てくれていました。移転オープンするタイミングで『独立する』という話を聞き、内装を依頼しました」。
什器には石川県産の素材を多く使っており、例えば独特な質感のベンチは能登産のヒバを加工したもので、平台には地元企業が作ったアルミパイプを活用した。「買い付けで国内外のいろんな場所に赴くうちに、金沢の魅力を再認識するようになり、空間でもその良さを表現することを目指しました」。
今、地方でショップをやる理由
杉木オーナーは金沢から電車で1時間ほどの町に生まれた。ファッション好きの父親の影響で、中学生時代から金沢のショップに入り浸っていた。20歳のころ、交友のあった先輩に誘われてセレクトショップでキャリアをスタートさせて以来、約20年間金沢でファッションを生業にしている。
ファッションやクリエイティブの情報は東京に集中しており、「正直、それらの情報へのアクセスで東京にかなう場所はない」と語る杉木オーナー。しかし、その制約は表現の源泉になる。「すぐに触れられないからこそ、“面白いもの”への欲求が湧くんです。SNSやネットで1日中ブランドを探しても全く飽きないし、他店の情報収集も前のめりになる。それが、この店独自のフィルターとなり、個性になっていくと考えています。これからも、ここでしかできないことを大事にして、発信を続けていきたいです」。