ゴールドウインが北海道との結びつきを強める。北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールド」の運営会社と連携し、3月30日に開業する球場および関連施設のスタッフの制服を提供した。ここを拠点にした観光など異業種との協業にも本腰を入れる。基幹ブランド「ザ・ノース・フェイス(TNF)」にとって北海道はさまざまなアウトドアアクティビティの舞台であり、売り上げ規模も大きい戦略エリアだ。物販とは異なる新しい事業モデルをこの地で開拓する。
札幌駅から電車で20分。北広島市にできた「北海道ボールパークFビレッジ(以下、Fビレッジ)」は、日本では前例のない規模の本格的ボールパークだ。球場を中心に、ユニークな関連施設が集まる。野球観戦しなくても1年中楽しめる場所として作られた。
日本初の開閉式屋根の天然芝球場であり、豪華なスイートルームやボックスシートなどバラエティにとんだ客席によって、野球観戦の新しい楽しみ方を提供する。ホテルも併設されて部屋のバルコニーから観戦できる。さらにグランドを見下ろす温泉とサウナもあり、裸や水着姿での非日常的な応援もできる。
球場の外も見どころが多い。池の周囲にグランピング施設やコテージなどが建てられ、キャンプやバーベキュー、宿泊が楽しめる。クボタによる農業学習施設は最新鋭のスマート農業を学べるほか、地元農家との交流の場になる。商業施設には「ザ・ノース・フェイス」や自転車の「スペシャライズド」、北海道物産店など入る。
野球用品を扱わないゴールドウインに白羽の矢
「汚れを弾いてくれるし、なによりカッコいい。モチベーションが上がりますね」。「よなよなエール」の醸造スタッフはそう語る。新球場のバックスクリーン付近にあるビアレストランには醸造所が併設されており、出来立てのビールを飲みながら野球を観戦できる。ガラス越しに大きなタンクが並ぶ醸造所のスタッフの制服は、ゴールドウイン「ニュートラルワークス.」が手掛けた。
ゴールドウインはFビレッジの運営会社ファイターズスポーツ&エンターテイメントと包括提携を結んだ。よなよなエールのほか、球場の案内係や警備などのスタッフだけでなく、敷地内にあるクボタ、ボーネルンド、認定こども園、サウナやホテルなどのスタッフのユニフォームを「TNF」「ニュートラルワークス.」でそれぞれ製作した。
ファイターズスポーツ&エンターテイメントの統括部長の小林兼氏からゴールドウインのTNF事業第一部長の髙梨亮氏に話が持ち込まれたのは2018年だった。髙梨氏は「小林さんは『誰も見たことないボールパークを作りたい』といった。球場ではなく、街を作るという発想に社会的意義を感じ、『TNF』だけでなく全社的に取り組むことになった」と振り返る。
ゴールドウインは野球用品を扱っていない。にもかかわらず、白羽の矢が立ったのはFビレッジが球場の中だけでなく、外に向いた街づくりを志向しているからだ。
大都市の札幌に近いのに北広島には豊かな自然が広がる。Fビレッジはキャンプやバーベキューに使える広場を造園した。出店する「スペシャライズド」は、家族でサイクリングできる最新鋭のEバイクの貸し出しを行う。ホテルやグランピング施設もあって、野球目的以外でも宿泊できる。プロ野球のオフシーズンにはスキーも楽しめる。スタッフ制服に限らず、ゴールドウインがアウトドア事業やウインタースポーツ事業で培った知見が生きる場面が多い。
「TNF」にとっても北海道は特別な場でもある。髙梨氏は「実は『TNF』のセールス(販売)では東京に匹敵する規模になる。自然環境が厳しい北海道では高機能なアウトドアウエアがリアルクローズとして、他県以上に日常的な存在になっている」と話す。「TNF」の国内最大店舗も、東京ではなく札幌にある。北海道の新名所として国内外から大勢の人が集まるFビレッジは、戦略的な情報発信の場としてふさわしいと判断した。Fビレッジをハブにしながら、観光業などの異業種や地場産業との協業を計画する。
モノだけでなく、コトやトキも売っていく
ゴールドウインの渡辺貴生社長は「北海道は一番楽しい遊び場であり、世界に向けて当社のメッセージを伝える場所だ」と強調する。アパレルブランドの消費者との接点は、店舗とデジタルと考えられているが、同社の場合、アウトドアアクティビティを楽しむ場も重視してきた。訪日客に人気のスキーリゾートのニセコ、世界自然遺産の知床などにも出店。物販だけでなく、トレッキングや釣りなどアウトドアツアーの拠点として機能させてきた。知床では斜里町と包括提携を結び、観光や地域活性化のビジネスも行なっている。渡辺社長は「モノを売るだけではなく、今後はコトやトキも売っていく」と述べる。
取り組みは北海道だけではない。創業地の富山県では、26年の開設を目指して自然公園「ゴールドウイン プレイアースパーク(GOLDWIN PLAY EARTH PARK)」を開発中だ。県南部の南砺市の山間部に50億〜100億円を投じて、キャンプ場、フラワーパーク、農園、レストラン、アウトドアアクティビティ施設などを段階的に設けていく。周辺地域とも連携し、クライミングやトレッキング、冬季にはスノースポーツなども含めて、さまざまな体験を提供する。
新規事業の後ろ盾になっているのが好業績だ。「TNF」の防寒着の販売好調を受けて23年3月期連結業績予想を上方修正した。修正後の予想は売上高1135億円、営業利益203億円、純利益200億円を見込む。13年3月期の連結業績の売上高520億円、営業利益19億円、純利益26億円だった。10年間で超優良企業に変身した同社に株式市場の期待は高く、22年3月期末に約2800億円だった時価総額は、3月10日時点で5679億円まで拡大した。
渡辺社長は30年以上にわたって「TNF」の日本事業を成功させてきた立役者だが、日本におけるアウトドア市場はまだ途上だと見る。欧米に比べてトレッキング、自転車、釣り、スキーやスノーボードなど屋外での遊びの文化が定着しているとはいえない。北海道や富山など自然の豊かさと遊び方を多くの人に伝えることは、将来への投資として欠かせない。特に女性や子供への訴求に力を入れる。