ファッション

「エトロ」のデザイナーが語る服作り “僕の頭にはイタリア生地メーカーの地図が入っている”

 イタリアファッションは今、転換期を迎えており、歴史ある企業が新任CEOやデザイナーを迎えてブランドを次のステージへ進めようとしている。「エトロ(ETRO)」もその一つで、2021年に新たな最高経営責任者(CEO)にファブリッツォ・カルディナリ(Fabrizio Cardinali)が着任し、2023年春夏シーズンからはクリエイティブ・ディレクターにマルコ・デ・ヴィンチェンツォ(Marco De Vincenzo)が就任した。イタリアのファッションを代表する一企業である彼らはどこへ向かおうとしているのか?アイコンバッグ“ラブトロッター”のお披露目のため、2月に来日したヴィンチェンツォに話を聞いた。

 「エトロ」にはファミリーという言葉が本当によく似合う。同ブランドは1968年にジンモ・エトロ(Gimmo Etro)が生地メーカーとしてミラノで創業し、80年代にはペイズリー柄で一世を風靡。96年に初のウィメンズコレクションを発表するなど、領域を広げて40年以上、一族経営でその世界観を守ってきた。今春発売したヴィンテージ生地を使ったバッグ“ラブトロッター”にはまさにその歴史が凝縮されている。制作にあたっては、デ・ヴィンチェンツォ自身がコモにある2つの生地倉庫に赴き、膨大なヴィンテージ生地から選んだという。

 デ・ヴィンチェンツォは制作背景を次のように説明する。「ヴィンテージ生地のアーカイブは2種類あり、1つは創業後に『エトロ』自身と他のデザイナーのために作った試作で、もうひとつは10年ほど前から始めたコレクション制作の残布。何千種類もの生地が全部保管されている。“ラブトロッター”の生地は、バッグを少なくとも10個作れる用尺があるもの、という基準で選んだ。ほとんどがホームコレクション用だけど、中にはレディトゥウエア用も入っている。色ごと、柄ごとに分けてピックアップして組み合わせを考える。いわば自分が選んだ生地で作ったパッチワークなんだ」。長年のファミリーの記憶を、外部からやってきた新任デザイナーがパッチワークすることで完成したバッグ。だからこそ同ブランドはデ・ヴィンチェンツォのデビューシーズンに “ラブトロッター”を世界中で大きく打ち出している。日本では3月22日以降、大丸心斎橋店、日本橋三越、横浜高島屋でポップアップのオープンが続く。

僕の頭にはイタリア生地メーカーの地図が入っている

 44歳のクリエイティブ・ディレクターは、生地や色柄に関する類稀なる理解・表現力を持っている。「僕自身は生地を作らないが、デザインに合わせてどのテキスタイルメーカーにお願いしたらいいかを熟知している。イタリア全土にそれぞれの分野で優秀なメーカーがあり、たとえば“花柄ならコモのあのメーカー”、あれはトリノ、あちらはフィレンツェなど各地・各メーカーの一番よいところをわかって調達をしている。一番良いものを提供してくれるメーカーのマップを持っているようなもの。『エトロ』は素材の多様性で愛されているからそれがとても大切なんだ」。

 デ・ヴィンチェンツォはシチリアに生まれ、ローマで学んだ。ならば、と投げかけた「イタリアならではの美意識」とは?の質問には意外な答えが返ってきた。「イタリア出身だからといってデザインがイタリアの美意識だけで構成されているわけではない。ブランドビジネスは世界に目を向けているしね。イタリアの美意識がどこに現れるか?といえば、それは製造業の作り手の仕事の中ではないだろうか。イタリアのファッション産業は、生地やレザーなど素晴らしい製造業に支えられている。それがイタリアのファッション界の資産であり、イタリアらしさそのものだと思う」。

グラデーション色のニットが象徴すること

 では彼は老舗ブランドをどう変えてゆくのだろうか?自身のブランド「マルコ デ ヴィンチェンツォ(MARCO DE VINCENZO)」では、実験的な素材使いが特徴的だった。しかし「『エトロ』にもその革新性を吹き込んでいくのか?」と問うと、「あそこまではやらない」と返ってきた。「私自身のブランドでは私自身のコードを発信し、私自身のストーリーを語る場だから極端に急進的なこともしてきた。けれど『エトロ』においての革新性は別の切り口で表現すると思う。なぜなら『エトロ』には『エトロ』が築き上げたストーリーがあり、コードがあるから。私が加わったことで新しい視点を感じてはもらえるとは思うけど、やりすぎてはいけない。今まで培われたものをベースにゆっくりした歩調で一歩一歩進めていきたい」。

 ゆっくり、でも確実に。その考え方は2023年春夏コレクションのニットの色使いに見られた。空の色の変化を捉えたようなニットのグラデーションは優しく楽観的な明るさがあった。「発表するたびに『エトロ』らしさの中に自分らしさを少し加えたい、グラデーションはその表れです。長いファミリーの歴史は本当に貴重だと思う。同時にそこに新しい酸素は必要。エトロファミリーが、僕のような新しいクリエイターを迎え入れようという気持ちを持っているからできることだ」。

 イタリアのファッションの魅力は、生地や色に加えて仕立ての技術がある。1月に発表したメンズの2023-24年コレクションは、柔らかく流れるようなシルエットでモダンな印象へとつながった。パターンチームを刷新したのか?と推測するほどの変化だった。「チームは以前と変わっていないが、自分が考えるシルエットの方向性が反映されたと思う。『エトロ』の表現にヒッピーという言葉がよく使われるが、私の感性では『エトロ』とヒッピーは結びつかない。ジンモ・エトロが最初に作ったカタログを見ればそこにはイタリアのサルトリアによる綺麗な形がたくさん見られる。メンズではその原点に立ち返った。ウィメンズもそれを反映していく」。

2023-24年秋冬は満を持してペイズリーも登場

 2023-24年秋冬コレクションは「この半年間での進化、デビューショーと比べて深く研究した成果が見て取れると思う」と語っていた。その言葉通り、同コレクションは充実したものとなった。キーワードは“エトロラディカル”だ。「ラディカルには“急進”の意味に加えて、実はラテン語に由来する“ルーツ”の意味もある。ルーツへのオマージュと革新性のスピリットを込めた」。満を持して登場した多彩なペイズリーやタータンチェック、動植物をモチーフにした柄と多彩な色。それらを流れるようなシルエットの服にのせて開放感いっぱいのルックを次々登場させた。得意のバッグも充実し、オーバーサイズのレーザーカットのトートバッグや新しいアイコンバッグ“サトゥルノ”が登場した。

 「フェンディ(FENDI)」のアクセサリーデザイナーも兼任する今は、「ものすごく忙しい」。その中でオフには大好きな室内装飾関係のアンティークショップを見て回るというヴィンチェンツォ。この先、同ブランド展開するホームコレクションへの広がりなどもあり得そうだ。

「エトロ」も登場する「WWDJAPAN」2023-24年秋冬ミラノ・コレクション特集はこちら→

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