渋谷ファッションウイーク実行委員会は3月19日、渋谷ヒカリエでランウエイショー「渋谷ランウェイ(SHIBUYA RUNWAY)」を行った。 “のん”が登場した昨年10月の同イベントと同じく、ショーはファッションディレクターの山口壮大氏と彼が率いる文化服装学院の学生有志グループ「カルチュラルラボ(CULTURAL LAB.)」が担い、28体のルックを披露した。文化服装学院の設立100周年に合わせて、同校の保有する膨大なアーカイブを活用。ランウェイでは学生のデザイン&制作した作品、学生によるリメイク、アーカイブそのものをミックスさせつつ、1万体のアーカイブをAIに読み込ませて自動生成したルック映像と並走させるなど、リアルとバーチャルを行き来させた。「WWDJAPAN」でコレクション取材を担当する記者と、テクノロジー領域に明るい記者が「渋谷ランウェイ」をひもとく。
文化×学生×AIによる
デザイン&アーカイブを
自在にミックス
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テック担当記者(以下、テック担当):学生のクリエイションに文化服装学院出身の大御所デザイナーたちのアーカイブ、AIとさまざまな仕掛けが満載のショーでした。壁面を超大型スクリーンに見立てて、1万体のアーカイブを読み込ませたAIが生み出した服をプロジェクターで投影した演出は迫力がありました。会場には文化服装学院出身の気鋭のスタイリストやデザイナーなど、最前線で活躍する業界関係者も多数姿を見せていました。国内外で多数のショーを見てきたコレクション担当としては、いかがでした?
コレクション担当記者(以下、コレクション担当):アーカイブをAIにディープラーニングさせた後、特定の年代を象徴するスタイルとして生成されたルックを学生と共にアップデートするーー。新旧の融合とか、人間とAIの共存など、いろんな意味でボーダーラインを感じさせない革新的な取り組みが印象的でした。山口さんが挑戦するAIによるディープラーニングについては、以前着物の伝統的な柄を無数に学習させることで新しくモチーフを誕生させ、それらで彩った日用品を興味深く拝見したことがあります。どこか懐かしいのに、見たことのない新しさも存在する。そんな感覚をもう一度味わえたファッションショーでした。
テック担当記者(以下、テック担当):AIには、文化学園の持つ100年分の約1万体のアーカイブピースのデータを読み込ませたと言っていました。ショーピースと、AIが自動生成した服の映像をオーバーラップさせる手法は野心的です。もともと山口さんはAIによるファッションデザインに意欲的に取り組んでいて、ファッションに特化した独自のAIを開発しているようですね。
28体のコレクションに
込められた真意
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テック担当:一方でショーの構成でも、コレクションピースで文化服装学院の設立100周年を意識し、学生がスタイリングで再編成したアーカイブピースを日本の服飾史の100年ともクロスオーバーさせていました。一見して分かる、大御所の貴重なピースが目白押しでしたね。
コレクション担当:高田賢三さんや山本寛斎さんが活躍し始めた1970年代からの、日本を代表するファッションデザイナーやブランドからのレファレンスが盛りだくさんでしたね。一方、最近でいえば「カラー(KOLOR)」を思わせるルックが登場したり、デザイナー以外では90年代のコギャルが現れたり、ファッション以外ではエヴァンゲリオンの使徒っぽいコスチューム的なスタイルがあったり、バリエーション豊かでした。改めて日本のファッションにはちゃんとした歴史があって、それがストリートやカルチャーと密接にリンクしていることを教えてくれました。
テック担当:ショーは、山口さんが全体のディレクションを手掛け、山口さん率いる文化の学生の有志グループ「カルチュラルラボ」がコレクションのディレクション・スタイリングを担当しました。山口さんが全体をディレクションしているだけあって、ショー全体のクオリティーは高かったですね。コレクションピースは、一見しただけだとわかりにくかったかもしれませんが、先の「カラー」を思わせるルックのようにしまむらで購入したアイテムをスタイリングだけで表現する作品があった一方で、逆にアーカイブをインスピレーション源にして学生がデザイン&制作するという2パターンがありました。
コレクション担当:前者は、「カラー」というデザイナーズブランドのスタイルを「しまむら」で作っちゃうなんて、学生らしい、フラットで既成概念に縛られないクリエイションですね。ボーダーを超えるという、このプロジェクトの本質を別の形で表現していました。後者のクリエイションについては、私も、学生の個性や意思がもう少し強く滲んでよかったのでは?と思っています。いくつかのルックは、「アーカイブを作り直した」という印象でした。もっとも、まずは過去にしっかり向き合うことが大事。さまざまなコレクションを取材していて改めて思うのは、「らしさ」をちゃんと確立し、それをアップデートし続ける重要性です。「シャネル(CHANEL)」はカメリアの花を“らしさ”の象徴として確立し、それを毎シーズンアップデートし続けるからこそ、消費者の「欲しい」を喚起しています。今回のファッションショーは、学生が知り得なかった「日本人らしさ」や「日本らしさ」の源泉に向き合う、大きなきっかけになるでしょうね。
テック担当:逆に、「未来編」というのでしょうか?最終盤に出てきた「トカゲ人間」やフィナーレに登場した頭から布をすっぽりかぶった「布人間」は、面白くて笑ってしまいました。ちなみに「布人間」は金属織物を使った「未来の神」がテーマで、「トカゲ人間」は地球温暖化などで荒廃した地球で人間と交配して誕生したそうです。いずれもデザインしたのは男子学生。中二病っぽい設定も日本人らしくて良かったです。
若い世代は
これからの時代にどう向き合う?
テック担当:「カルチュラルラボ」は2018年にスタート。昨年10月の「渋谷ランウェイ」でもショーを担当していましたし、それ以前にはダイバーシティーを掲げたファッションイベント「True Colors FASHION 身体の多様性を未来に放つ ダイバーシティ・ファッションショー」にも参加していました。文化服装学院も後押ししている学科横断の学生主体の団体です。コレクションのディレクション・スタイリングに加え、全体の進行管理も学生が担っていて驚きました。
コレクション担当:昨今の学生団体は、当たり前のように企業とタッグを組んだり、個々人がプレス担当などの役割を担っていたりするので、特段驚かなくなっています(笑)。とはいえ、他校が持ち得ない豊富なアーカイブを、これまでとは違う形で活用してみようという試みは、本当にユニークですよね。当面、ゼロからイチを生み出すクリエイションについては、AIは人間の代わりを務めることができないと思っていますが、それでも学生は将来、3.0どころか4.0とか5.0なんてウェブの世界と向き合うことになるでしょう。そんな時、今回の経験がデジタルへの苦手意識を軽減する一助になると良いですね。
AIはこれからの
ファッションデザインをどう変える?
テック担当:文化は今年で設立100周年。そのアーカイブや、輩出してきた錚々(そうそう)たるデザイナーを見ていると、日本のファッションに対する文化服装学院の影響力の大きさを改めて感じます。同時に、1万ものアーカイブを読み込んだという山口さんの独自開発のAIの存在も気になります。今後、というか数年内には自分はデザイン画を描かず、プロンプト(AIへの指示テキスト)でデザインを作る若い人が出てきそうですね。山口さんも「AIでデザインしたことが特別な意味にもならないくらい、当たり前の存在として現場で使われることは増えるだろう」と言っていました。文化のように貴重かつ膨大なアーカイブを持っている学校や大学は、教育現場にも活用できるかもしれませんね。
コレクション担当:今話題の「ディオール(DIOR)」の展覧会は、アーカイブが業界人のみならず、エンドユーザーにとっても魅力的であることを示した好例だと思います。そんなアーカイブを100年分持っている文化には、もっともっと有効活用してほしいですよね。今回のプロジェクトは、ただ並べ直して一般公開する以上の意義を持っているし、リミックスが得意な日本らしいと思います。一方で、海外偏重な傾向があった上の年代と比べて、若い世代の価値観はフラットな気がしています。だからこそ、自分たちのオリジンに何の偏見などを持つことなく向き合えたのかもしれません。