寺島直希さん(28)は、2019年の日本靴磨き選手権で優勝した靴磨き界のトップランナーの一人だ。20年12月には靴磨きの専門店「ハークキョウト(HARK KYOTO) 」を京都にオープンした。念願は果たしたが、「靴磨きは日本ではまだまだニッチ」と寺島さん。靴磨きの新しい可能性を開拓するため、歩みを止めることはない。
京都の路上で靴磨きを始めた寺島さんは、専門店や修理屋で腕を磨いた後に日本一となり、ヨーロッパを周遊後に店を開いた。「ハークキョウト」はコロナ禍でのオープンとなったが徐々に客がついてきた。全国各地から靴を郵送して依頼するだけでなく、わざわざ店を訪れる熱心なファンもいる。
店名の“ハーク(HARK=傾聴するの意)”には、「ひとりひとりのお客さま、靴一足一足と向き合いたい」との思いがこもる。「靴磨きを、単なる革のメンテナンスではなく、お客さまの生活の中に気づきや変化を提供できるものにしたい」。新しい靴磨きの可能性を探求すべく、昨年6月から住友不動産が運営する高級賃貸レジデンス「ラ・トゥール大阪梅田」で居住者向けの専属靴磨きサービスを「世界初の試み」(寺島さん)としてスタートさせ、今は「ラ・トゥール大阪梅田」、「ラ・トゥール京都東山」、「ハークキョウト」を行き来する日々を送る。
設え、所作までが体験価値
「ラ・トゥール大阪梅田」の居住者は、「靴をメンテナンスすることは前提であり、それ以上のホスピタリティと価値提案を求められる方が多い」という。厳しい審美眼を備えた客に対するサービスはクオリティーが求められ、寺島さん自身の刺激にもなっている。仕上がりを追求するため、保湿性から艶感、色味まで追求したオリジナルの液体メンテナンス剤も改良を続けている。2019年に日本靴磨き選手権カラーリング部門で優勝した、レザーカラーリストの斗谷(はかりだに)諒氏と共同開発した。
「ラ・トゥール大阪梅田」ではタイドアップしたスーツに身を包み、メンテナンス剤の瓶をずらりと並べた常設のカウンターで、一足一足を丁寧に磨き上げる。その設えと所作の一つ一つも靴磨きの体験価値と考える。「(利用者は)大切な靴だからこそ、『どこへ託すのか』を大事にされているように感じる」と寺島さん。「お客さまと対話し、実際に靴磨きを見ていただき、納得してようやくファンになっていただける。 認めてもらうまでは大変だが、そのハードルを乗り越えれば太い関係を作ることができる」と手応えを話す。
3月下旬には、三陽商会の紳士靴 「三陽山長」のフラッグシップモデルなどを取りそろえる東京ミッドタウン八重洲の旗艦店「三陽山長 粋」で靴磨きのライブパフォーマンスを行った。6月には東京にも進出するという。「今後はお客さまの前で靴を磨く際の所作や道具、設えをこれまで以上に意識する。これらの練度を高めることにより靴磨きを“芸術”へ昇華し、一つの道を示すことができるはずだ。僕がその旗振り役になることができたら」と前を見据える。