「ディオール(DIOR)」はパリ・メンズ・ファッション・ウイークで、2024年春夏メンズ・コレクションを現地時間6月22日に発表した。「ディオール」のメンズ アーティスティック・ディレクターにキム・ジョーンズ(Kim Jones)が就任し、今年で5年目を迎える。アニバーサリーイヤーを祝した今季の招待状には、シルバーメタルに大きく“5”の数字を刻んだ。
キムによる新生「ディオール」メンズは、19年春夏シーズンにデビューすると、カウズ(KAWS)を筆頭に多くのクリーエイターと協業。22年春夏シーズンにはアメリカ人ラッパーのトラヴィス・スコット(Travis Scott)と、2023年プレ・スプリング・メンズ・コレクションではイーライ・ラッセル・リネッツ(Eli Russell Linnetz)によるロサンゼルス発の「ERL」とコラボレーションを果たした。また、ナイキ(NIKE)の「ジョーダン ブランド(JORDAN BRAND)」とのコラボレーションを実現させるなど、ビジネスとカルチャーの側面でメンズファッションに多大な変化を起こした。記憶に残るコレクションを数多く世に送り出してきたキムが、ファーストシーズンから一貫しているのは、クチュールブランドでしかなし得ないエレガンス、ウィメンズとの親和性、最高峰の手仕事の追求である。キムは「24年サマー・メンズ・コレクションを決して忘れることはない」とコメントし、「ディオール」での5年間の軌跡を最高のかたちでさらなる高みへと導く、非の打ち所がないコレクションを生み出した。
会場は旧陸軍士官学校(Ecole Militaire)の庭園に設け、場内はメタルグレーのタイルを敷いた未来的な空間だ。会場外に詰めかけた、セレブリティーのファンの歓声を遮るようにエントランスのドアが閉まると、不規則な電子音が流れ始める。来場者はファーストルックが登場する瞬間を見逃すまいと、ランウエイの入り口を探しながら左右に首を振る。しかし正解は、右でも左でもなく下だった。横3列、縦17列のグリッドのランウエイの下からモデルが全員が上がってきたのだ。観衆からの割れんばかりの大歓声に包まれながら、モデルは一人ずつ順に歩き始める。プライマル・スクリーム(Primal Scream)の”Higher Than the Sun”に乗せてランウエイを一周し、横列の3人全員が元の位置に戻るとタイルが降下し、姿を消していく。この演出も前代未聞だが、さらにインパクトを残したのはコレクションだった。
蘇る歴代デザイナーの創造性
キムは今季、メゾンの歴代のクリエティブ・ディレクターのクリエイションと、自身のスタイルの融合を初めて試みた。主軸となるテーラリングには、過去にも幾度となく参照にしてきたイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)が率いた時代の、タイトでもルーズでもないバランスのシルエットで、1959年に登場したスリットやプリーツを踏襲した。Vゾーンが浅くウエストシェイプの位置は高めで、キムのルーツであるイギリスの伝統的な仕立てに、「ディオール」3代目のデザイナー、マルク・ボアン(Marc Bohan)のオートクチュールのように快適で軽量な生地を用いた。ボアンは30年間の在籍中にプレタ・ポルテも手掛けており、大衆に受け入れられるよう着心地の良さを重視して、柔らかなテクスチャーをウエアに取り入れた人物だ。キムはボアンのエッセンスをメタリックな糸を織り込んだツイードで表現し、アウターやカーディガンやショーツに採用。テーラリングに合わせるパンツとして、過去5年間継続してきたルーズなフルレングスではなく、ストレートレッグの大胆なクロップド丈で統一した。“レディ ディオール”バッグのチャームからインスパイアされた“オーバル”をあしらった厚底のローファーで、新しいバランスの足元も新鮮である。
創設者“カナージュ”がキーモチーフ
ニュートラルトーンのスーツにはブローチを飾り、シャツやカーディガンにはジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferre)時代のデザインコードである、メタリックの刺しゅうや宝石を散りばめたカボション刺しゅうをあしらう。フェミニンな要素を、普遍的なメンズウエアに落とし込んだ。「ディオール」が1947年に発表したレオパードパターンがスポーティーなベストで躍動し、蛍光色のポロシャツとビーニーはそのポップさで、フォーマルとカジュアルをつないだ。異なる時代、異なる美学のデザイナーが築いたメゾンの歴史は、創設者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)がデザインしたモチーフ“カナージュ”で一つとなる。ウエアから“サドル”バッグ、シューズの至るところで“カナージュ”が主役となり、伝統と現代性が融合したコレクションに、創設者のクリエイティビティーが息づいていた。
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創設者が47年2月に発表した、スリムなウエストとボリュームのあるスカートは、モードの中に女性らしさを蘇らせた“ニュールック”と呼ばれ、革命をもたらした。戦中戦後の殺伐とした雰囲気から女性を解放し、禁欲時代の終わりを告げる象徴的なスタイルとして今でも知られている。キムによる今季のコレクションは、制約の多いメンズウエアを、ウィメンズウエアのディテールやオートクチュールの生地を取り入れることで軽やかに解き放った。さらに、伝統と新しさを融合させたスタイルへと仕上げ、メゾンの歴史をコラージュしながら美しい万華鏡のように全てが調和する。コレクションのタイトルを“ニュールックからニューウェーブへ”と銘打った通り、“ニュールック”に匹敵する画期的なスタイルとして、メゾンの歴史に新たな1ページを刻むことになるだろう。ショーを観た自分自身も、演出で鼓動が高まり、クリエイションに気分が高揚し、”ニューウェーブ”に飲み込まれた。フィナーレの後も座席からなかなか立ち上げれなかったのは、時代を決定づけるまたとない瞬間を目の当たりにしたからだ。キムの5年目のアニバサリーだけでなく、メンズウエアの新時代の突入をも予感させる特別なシーズンだった。