ワコール(WACOAL)の創業者である塚本幸一の評伝が出版された。タイトルは「ブラジャーで天下をとった男」(北康利著、プレジデント刊)。帯には、“財界一の男前社長が挑んだ未開の市場”とある。その通り、往年の二枚目俳優のような麗しい創業者の横顔が表紙だ。
ワコールの創業は1946年。第二次世界大戦から生還した塚本創業者が、婦人装身具の販売を始め、ブラパッドを目にして、洋装が広まれば、ブラジャーに商機があると下着販売をスタートする。男性が婦人用下着の事業を始めるとは意外だが、同創業者の信念は相当なものだった。「エロ商事のエロ社長です」などと冗談を飛ばしながら、販売から製造、海外進出するまでになり、ワコールをグローバル企業にした。この書籍では、ビジネス面だけでなく、創業者の生い立ち、戦時体験などが軽快な文章で綴られている。
至って本気で“変装”に“株主総会ごっこ”
滋賀県・近江八幡市で育った創業者は根っからの“近江商人”。自身で日本全国を駆け回ってビジネスを拡大していった。彼には商才があるだけでなく、明確なビジョンがあり、それを何が何でも実現する実行力と情熱があった。起業して間もない頃に、「50年計画」を立てて10年ごとのワコールの姿を思い描きながら、事業を着実に拡大していった。わずか数人の社員を前に、“株主総会ごっこ”をしたこともある。資金があるわけでもなかったが、常に攻めの姿勢で、賭けも厭わない。約束ができない取引先に変装して会いにいったこともある。冗談のような話だが、創業者にしてみれば、至って本気。壮大なビジョンを実現するための方策だった。倒産の危機に何度も面しながらも、ひたすら前進あるのみという創業者の姿には、戦後の激動の時代を生き抜くバイタリティーと信念を感じさせられずにはいられない。また、彼の行動には人間味があり、どこか憎めないところがある。
時代の先を行くフェミニスト
ワコールはブラジャーが生業ということもあり、販売員やお針子など女性が支えてきた会社だ。創業者は、創業当時から女性の起用に積極的だった。当時は、まだ、女性が社会で活躍する場が限られていた。だが、彼は生産管理や在庫管理の責任者、デザイナーなどに女性を抜擢。ワコールの“伝説の女傑”と呼ばれる女性たちだ。まだ、“キャリアウーマン”という言葉がない時代に、その走りともいえる“女傑”が存在したのだ。雑誌の広告で採用して多くのモデルを輩出したのもワコール。昭和39年に上場する際に創業者が掲げたのは、“世の中の女性に美しくなってもらうことによって、広く社会に寄与するのが目標だ”。彼がブラジャーを商材に選んだ時点から、時代の先をゆくフェミニストであったといえるだろう。
ビジョン、運、そして人間性
ワコールが世界のワコールになった一番の理由は創業者のビジョンにあると思う。もちろん商才は必要だが、ビジョンがなければ何も始まらない。また、近江商人の基礎である“三方よし”(売り手の都合だけ商売をするのではなく、買い手が満足し、商売を通じて地域社会の発展や福利増進に貢献すること)を徹底していた点。誠実で真っ直ぐな創業者の人間性が運と人を引き寄せ、ここまでの規模に成長したのは言うまでもない。この本に描かれたワコール創業者の一生は、誰が読んでもスリル満点で、人生のヒントが詰まっている。