7月3日から6日まで、2023-24年秋冬オートクチュール・ファッション・ウイークがパリで開催された。パリ郊外や市内のレアールなどで起きていた暴動の影響を受けて、開幕前夜に予定されていた「セリーヌ オム(CELINE HOMME)」のショーに加え、期間中もいくつかのイベントが中止されたが、大きな混乱はなく4日間の会期は終了。問題が絶えず不安も多い時代の中で、贅を尽くしたファッションを通して、この上ない美や夢を見せてくれたキーブランドのショーをリポートする。
「バレンシアガ(BALENCIAGA)」は、デムナ(Demna)による3回目、メゾンの歴史としては52回目となるクチュール・コレクションを発表した。会場は、いつも通りジョルジュ・サンク通り10番地にあるメゾンのクチュールサロン。昨年よりスペースを拡大したものの、いくつもの小部屋に分かれた空間は親密と呼ぶにふさわしい。そこに響き渡るのは、ソプラノ歌手マリア・カラス(Maria Callas)の歌声。「音楽はとても重要で、今回はエモーショナルな要素をもたらしたかった」と明かすデムナによると、「マリア・カラスがスタジオで収録した音源やアカペラは存在しない」。そのため、ショー音楽を手掛けるBFRNDは音響エンジニアと協力し、2つのAIプログラムを駆使して劇場でオーケストラをバックに歌った音源から彼女の声だけを抽出し再構成したという。そのプロセスには数カ月を要し、音楽にも理想や完璧を追い求めるために時間やお金を惜しまないクチュール的なものづくりの姿勢が表われている。
オープニングを飾ったのは、1960年代に創業者クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)の下でハウスモデルを務めていたダニエル・スラヴィック(Danielle Slavik)。前回のクチュールショーでもモデルを務めた彼女は、クリストバルが66年に発表したオリジナルデザインをデムナが再解釈したドレス姿で登場した。肩にあしらわれた花のモチーフと一体化したパールネックレスが特徴的な黒いベルベットのロングドレスは、当時の写真と彼女の記憶とを元に忠実に再現したもの。それは彼女がモデルとしてのキャリアの中で着用したものの中で1番のお気に入りでもあり、のちにグレース・ケリー(Grace Kelly)が自身の誕生日パーティーで着用するためにオーダーしたという。そんな特別なストーリーのある一着で創業者時代に敬意を表し、過去を今とつなぐところから、デムナは年に一度のクチュールショーをスタートした。
序盤のカギは、創業者が手掛けたジャケットのヘムラインから着想し、それを逆さにしてネックラインに採用したテーラードコートやジャケット、そしてドレス。バージンウールやベルベット、そしてアストラカン風に仕立てた生地で生み出した肩やデコルテが覗くシャープで美しいシルエットは、大胆でありながらクチュールにふさわしいエレガンスを醸し出す。一方、メンズは張った肩とフィットしたウエストラインが目を引く端正なスーツを提案。プリンス・オブ・ウェールズ・チェックやピンストライプの生地は一見クラシックだが、実は日本の古い織機で織られたジャカードデニムを用いていたり、リネンキャンバスに巧妙なオイルペイントで素材の柄や陰影を表現していたり。同様のトロンプルイユ(だまし絵)のアプローチは、ファーやレザー、パイソンを模したリネンキャンバスのコートや、デニムを再現したコットンのジャケットやパンツにも生かされており、デムナらしいギミックが光る。それは、きらびやかな装飾だけがクチュールの醍醐味でないことを示唆しているようだ。
続いて登場したのは、突風に吹かれた瞬間に時が止まったかのようなコートやマフラー。1年前は2枚の生地の間にアルミニウムの層を挟み込むことで形状記憶できるシルエットを打ち出したが、今回は内側にニットをボンディングした生地をアイロンの熱を使って手作業で成型し、唯一無二のアイテムを仕上げている。また、創業者が描いたコクーンシルエットと現代的なテクニカル素材を融合したパファージャケットやパーカを提案。メンズではカジュアルなスタイルを織り混ぜ、今季もクチュールの概念を押し広げる。
終盤は、意匠を凝らしたイブニングウエアのシリーズ。フランス人俳優のイザベル・ユペール(Isabelle Huppert)がまとったジェットビーズとスパンコールがキラキラ輝く黒のフレアドレスをはじめ、真っ赤なギュピールレースを固めたような構築的なボールガウンや、カールしたチュールを全体にあしらった細身のロングドレス、ジュエリーを作るような手法で1万個のラインストーンを飾ったビスチエドレスなどがそろう。さらに極めつけは、ラストに登場したシルバーに輝く鎧のようなドレス。これは、CADデザインと3Dプリントで作られた亜鉛メッキ樹脂のパーツを磨いて、つなぎ合わせたものだ。その制作の背景には、ジャンヌ・ダルク(Jeanne d'Arc)が男装していたために処刑されたことへの参照もあり、「もし彼女がこのような鎧を着ていたら、おそらく生き延びていられたと思う」とデムナ。それだけではなく、「私自身も自分の服装や作品を通して見せようとすることによって、ずっと悩んだり苦しんだりしてきた。このドレスは、そんな服作りと象徴的な関連性を持っている。クリストバルがよく言っていたことだが、服を作るという仕事や表現方法は自分にとっての鎧であり、自分自身と再びつながり、幸せをもたらしてくれること。それはプロテクションであり、自分が存在すると信じられる安全な居場所でもある」と、ショー後のバックステージで明かした。
そして、「残念ながら、今のファッション業界は危機的な状況で、ニセモノのクリエイティビティーやファッションがあふれていると思う」とし、「私にとってクチュールとは、果てしないマーケティングや販売ではなく、本物の服を作ることや真の創造性、服をまとう人の大切さという、この仕事の本質に光を当てるための唯一のツールであり手法だ」と説明。「クチュールにおいて重要なのは、多くの作品の背景にある必ずしも明確に見えるわけではない職人技。そこには、プレタポルテでは決してできないような積み重ねがある」と語る。そんな彼は今季も、創業者の代名詞であるシルエットの現代的な解釈やフォーマルからカジュアルまで伝統にとらわれない提案、芸術のような手仕事とテクノロジーを駆使した独創的なアプローチで、クチュールを未来に推し進めている。