小塚信哉デザイナーのメンズブランド「シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)」は、2024年春夏コレクション“ISSUE #4”のランウエイショーを「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」で29日に発表した。同ブランドは22年春夏シーズンにリブランディングし、コレクションに“ISSUE”を掲げてからショー形式の発表を毎シーズンを続けている。4回目となる今シーズンは新作披露の場であると共に、ブランドにとって“ある決意”を込めた転機のショーとなった。
「今までで一番自信がある」
ショー前の小塚デザイナーはいつも以上に落ち着き、堂々としていた。その理由はシンプルだった。「今シーズンは今までで一番自信がある」と、37歳の天才肌はこれまで聞いたことのないような声の張り具合で、早口に語る。「コレクションに“ISSUE”を掲げてから、ドローイングを服に発展させる手法を用いてきた。今シーズンはそのクリエイションをさらにはっきりと分かりやすくし、服単体ではなく情景を描きたかった」。
それはつまり「シンヤコヅカ」の良さでもあった“分かる人に伝わればいい”という広くない範囲に向けたクリエイションを、今シーズンからはより多くの人に分かりやすく伝える手法に切り替えるということだった。ブランドコンセプト“全ての物事は明瞭である必要はない”を“絵に描いたような情景”に刷新し、かすみがかった“SHINYAKOZUKA”のロゴは、筆跡がはっきり残る手描きの“SHINYAKOZUKA”に変わった。「ビジネス的な背景はもちろんあるけれど、自分も年齢を重ね、“誰かに認めてほしい”という気持ちよりも“誰かと共有したい”という思いが強くなった」。かつて首席で卒業したロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校で教わった「絵に描けることは全て立体にできる」という言葉も、方向転換への決意を後押しした。しかし、新たに進もうとしているものづくりは、これまで以上に自分をさらけ出すことでもある。顔出しNG、落語好き、酒好き――そんな男は「実は、今までのショーで一番緊張している」と猫背になっていた。本当に大丈夫なのか。本番直前には、自らを鼓舞するようにバックステージでぶつぶつと歌っていた。
過去最高の深夜散歩
ただ立っているだけで汗がにじんだショー会場の東京体育館屋外は、気がつけば真っ暗になり、ショー開始の20時を迎えるころには心地よい風が吹いていた。視線を上げると、きれいな月の柔らかな光が約500人のゲストを照らしている。24年春夏コレクションで描いたのは、今宵のような月がきれいな日に、小塚デザイナーがビール片手に散歩した街の風景だった。小塚デザイナーが月明かりの下で見たのは、イタリアンレストランの多忙なスタッフや、店内で微妙な距離感の男女、コンビニでタバコ3箱を買うスエット上下のおじさん、看板で名店と分かるトンカツ屋など。目に映る当たり前の風景がいくつも重なることで、まるで演劇のような絵空事に見えたという。
これらの情景を“ワンダフル ワンダー”と名付けてドローイングし、キーモチーフとしてコレクションの随所に使用した。エレファントカシマシの「月夜の散歩」が一帯に響くと、この絵空事を全面に配したジャケットのファーストルックが姿を見せる。ラグランスリーブの丸みのあるフォームに対し、ボトムスはパワーネットのレギンスでバランスに緩急をつけた。レギンスやシアーなトップスに描いたレタリングは、小塚デザイナーが散歩中に考えていたこと。「ファッションはもっとバカバカしくていいのに」などの言葉をランダムに並べる。そしてランダムのような英字を縦読みすると、実は「TAIHENDA!(大変だ!)」になっていたり、そのニットの品名は“タイト・ヘンリー・ディア(Tight Henry Dear)”で早読みすると「大変だ」だったり、ジャカードで描いた犬は“柴犬顔”と言われる小塚デザイナーに似せていたり、そのニットの品名は“セルフ・ポートレート”だったりと、分かりやすくしたはずのクリエイションに、100人が見て100人が気づかないような分かりづらい仕掛けを忍ばせた。誰よりも、作り手が一番楽しんでいる様子が伝わってきた。
得意とするオーバーサイズのユニホーム一辺倒ではなく、タイトなジャケットにエプロン風のスカートを合わせたスタイルや、シアー素材が軽やかに流動するロングシャツなど、旬の要素も盛り込んでいく。テキスタイルは、しっとりした質感や落ち着いたトーンの色使いで夜をイメージした。さらに、ウルトラスエードにレーザーカットで額縁柄を描く繊細なテクニックや、接結ラメをはじめとするスパークルアイテムの大胆な輝きなど、多彩な強弱のニュアンスを投入して、表情豊かなスタイルへと仕上げた。色柄で押していく印象だった以前までのスタイルからクオリティー面は明らかに向上しており、かつインディーズの自由な空気感を残したまま、クリエイションのスケールはさらに拡張。内向きなテーマを、ここまでロマンチックに品良く表現できる日本人デザイナーはなかなかいない。そして、ブルーとゴールド中心のカラーパレットのヒントになったのは、小塚デザイナーが散歩中に飲むプレミアムなビールだという、本当か冗談かも分からないオチもつけた。
この日のショーは、小塚デザイナー自身でスタイリングし、ラックにかかったコーディネート見本やスタッフパスも自らドローイングした。東コレへの参加を決めてから、すでに完成していた24年春夏コレクションのデザイン画を再び描き直して36ルックを再編集し、そのドローイングをもとに、足りないアイテムを急遽追加生産した。夜の情景を具現化した36ルックは、プロジェクションマッピングとなってショーのフィナーレに登場。「シンヤコヅカ」にとって最高傑作といえるコレクションだった。
「デザイナーとしてあと2年」
転機となった24年春夏コレクションは、今年6月にパリで開いた展示会でも過去最高の実績を残した。1年前に約2億円だった年間売上高は現在倍増し、海外比率は15%から30%に伸長。特に中国や韓国、香港などのアジアでの買い付けが増え、同時に自社ECの売り上げも堅調に推移するなど、同ブランドのビジネス面を担う取締役の梶浦慎平は「今が仕掛けどき」という確かな手応えを感じている。小塚デザイナーも、本格的な世界進出の目標に向けて勢いづく一方で、「デザイナーとしての勝負はあと2年」という意外な言葉も返ってきた。「思い返せば、9がつく年齢で転機を迎えてきた。19歳で渡英し、29歳でブランドでのビジネスを本格的に始めた。2年後には39歳になる。『シンヤコヅカ』のステージをもう一段階上げるには、あと2年しかないという気持ち」。
いつの時代も、30代半ばから40代前半の中堅デザイナーは、遅かれ早かれ転機を迎える。自身のライフステージの変化や、年齢を重ねていくファン、自分が着たい服と作りたい服、作るべき服のギャップなど、多くが進むべき方向性を考えるタイミングが訪れる。特に、今は若手の日本人デザイナーの層がどんどん厚くなっており、中堅デザイナーたちは下の世代の存在を意識せざるを得ない状況だろう。中堅ど真ん中の「シンヤコヅカ」は守りに入らず、攻めることを選んだ。伏し目がちだったロマンチストは顔を上げ、新しい景色を求めて歩き始めた。会場でショーを目の当たりにしたゲストや、オンラインでコレクションを見た視聴者、コレクションリポートを読む読者――それぞれの思考の先には、「シンヤコヅカ」の服がある。例え賛否が分かれようとも、共に同じ方向を見ながらファッションについて思いを巡らせることが、小塚信哉がデザインしたかった情景ではないだろうか。「シンヤコヅカ」の服は、当たり前の日常に、ほんの少しの幻想をすっと沁み込ませる。