「トム フォード(TOM FORD)」が2024年春夏コレクションを発表し、新クリエイティブ・ディレクターのピーター・ホーキンス(Peter Hawkings)がデビューを飾った。荒天による飛行機の遅延で、創業デザイナーのトム・フォード欠席が悔やまれるほど、彼に負けないゴージャスでセクシー&グラマラス、だからこそドリーミーなコレクションを披露した。
これまでニューヨークに構えることが多かったコレクション会場は、トム・フォード時代と何ら変わらない。“シンプル・イズ・ベスト”と言わんばかりの一筋のランウエイには、到着するゲストを労うフカフカのじゅうたん。会場が暗転すると、モデルが現れ、一筋のスポットライトが彼女を照らし出した。ファーストルックは、スポットライトを浴びてキラキラと輝く、クロコダイルの型押しを施したパテントレザーのトレンチコートと、フェティッシュなムードさえ漂うエナメル素材のサイハイブーツ。コートと同じ素材のクラッチバッグを片手に、まぶしいスポットライトの光を避けるかのように大きなサングラスで現れたモデルは、従前の「トム フォード」と全く変わらず、ゴージャスで、セクシーで、自信に満ち溢れている。
これに続いたのは、ビスコースのニットが体を舐めるようになぞり、見る者を誘惑する漆黒のドレス。ウエストには、大きなゴールドのメタルバックルが輝くエナメルのベルトをあしらった。このスタイルは、トム・フォードが1990年代の後半に「グッチ(GUCCI)」で発表したスタイルを彷彿とさせる。四半世紀にわたりトムの右腕を務めてきたピーターにとって、90年代後半のトムによる「グッチ」は、まさに現在のキャリアを形づくる原点とも言うべき存在なのだろう。ピーターは「トム フォード」のみならず「グッチ」にまで思いを馳せ、長年の師であったトムへのオマージュを全面に打ち出す。
四半世紀もトム・フォードと仕事をしてきた。
僕の美学は、彼という存在なくして成立しない。
カスケード(滝)のようにフリルを重ねた変形ポロにアシンメトリーなカッティングのナッパレザーのタイトスカート、肌が透けるほどハイゲージなニットで作るホルターネックのドレス、相変わらず大きなピークドラペルが存在感抜群のスーツ、そして光り輝くサテンで作ったサファリジャケット、マイクロミニのパンツを合わせたコットンベルベットのセットアップーー。ゴールドのバックルが印象的なクラッチバッグに、グラディエイターサンダル、そして大きく開けた胸元で揺れるゴールドネックレスに手首のバングルーー。ぜいたくな素材使いで強烈なセクシーと壮麗なムードを両立させるのは、トム・フォードのアプローチと全く変わらない。唯一の違いを挙げるとしたら、トムならもっとギリギリを攻めたであろう肌見せがほんの少し控えめになり、端正なスーツのルックが増えたことだろう。このあたりは、メンズの右腕だったピーターの美学に基づいているのかもしれない。
トム同様のヘアスタイルにサングラス、そして純白のスーツでフィナーレに現れたピーターは、「四半世紀もトムと共に仕事をしてきた。僕の美学は、彼という存在なくして成立しない。僕らしくあるとは、つまりトムが築き上げた『トム フォード』らしいことと同義なんだ」と語り、一通りのゲストとの挨拶を終えると、妻と3人の子どもと一緒に、特別な一夜を記憶と記録に残す記念撮影を楽しんでいた。その姿は、長年パートナーのリチャード・バックリー(Richard Buckley)に寄り添い、後年は2人が引き取った養子もファッションショーに招くなど家族思いな一面も見せたトム・フォードのようだった。
トム・フォードの「トム フォード」と変わらない、という人もいるかもしれない。ただトムの存在なしには語れないピーターによる「トム フォード」は、従来の路線からは決して逸脱せず、これからもセクシー&グラマラス、だからこそドリーミーなコレクションを披露し続けてくれるだろうと安堵させてくれたのは間違いない。