新型コロナウイルス感染症の流行が始まった2020年から3年間、外出自粛に伴い各企業のECや業務のDX化は飛躍的に進んだ。同時に、オンラインとリアル店舗でシームレスな体験を提供するOMOの推進も盛んに叫ばれている。一方で、リアル店舗の運営そのものの最適化という点においては、まだまだ手付かずの企業も多い。街の人出は戻りつつある一方で、より深刻な人手不足も予想される今、店舗運営をどう見直していくべきなのか。エストネーションの大田直輝カンパニープレジデントと、LMIグループのCX事業責任者である新井敬介部長に話を聞いた。
感性を数値化し、
全体で共有する
エストネーションの凄み
WWD JAPAN(以下、WWD):もともとの二人の関係性は。
新井敬介LMIグループCX部部長(以下、新井):新卒から13年間、森ビルで六本木ヒルズやラフォーレ原宿などの商業施設運営を担当していました。当時、六本木ヒルズに4ブランド出店していたユナイテッドアローズで、ユナイテッドアローズ事業の責任者だったのが大田さんでした。当時は前月の振り返りや集客、今後の戦略などで定期的にミーティングを重ねていました。2013~15年当時は、「DX」という言葉がまだ耳慣れなかったとき。その後、大田さんはエストネーションへ、私は店舗のDX支援を行う現在のLMIに転じました。
WWD:「エストネーション」の旗艦店である六本木ヒルズ店では、現在どのような取り組みを?
大田直輝サザビーリーグ エストネーションカンパニー カンパニープレジデント(以下、大田):前職でも今でも心がけてきたのは、店舗運営をロジカルかつデータドリブンに回すこと。つまり、高級セレクトショップという業態ではあるが、きちんと「店舗を科学する」ということでした。「エストネーション」、特に六本木ヒルズ店はラグジュアリーブランドの取り扱いも多く、トレンドによって扱う商材も大きく変わります。そうした中できちんと数字を検証するためには、そもそもシーズンが始まる前に、コンセプトや顧客のペルソナを明確に設定した上で、商品構成をかなり細かく組み立て検証する。そういったことをシーズンごとに繰り返してきました。
新井:ここまで細かく商材についてのマトリクスを設定できているブランドも少ないが、エストネーションのすごさは、今年何が売れたかの情報を、翌年の戦略に生かしている点です。今のアップトレンドをリポートする際に、感性的なものを上手にリポーティングするのはとても難しい。先に共通言語化した上で翌年に残しているので、感性的なものもデータとして反映され、未来を作るところまでできています。
大田:トレンドや感度といった定性情報をどれだけ精度を上げて定量化できるかをかなり重視しています。コロナ禍の少し前あたりから、精度はかなり高まってきました。
店舗運営のセオリーは
20年前から不変、
しかし精度を上げるにはデータが不可欠
大田:当然、商品はいつ、どの売り場に、どういった見せ方(VP)で、どう売るかなどをスケジュール化しており、店舗スタッフはそれを見ながら、店の作り替えや商品知識を入れたりしています。もう一つは気温。エストネーションの場合、商品の売上動向と一緒に、気温の変化のデータも並行して見ています。この時期の気温の上下で何が起きるかという基本はすでにデータとして持っており、それに基づいて、例えば「今はまだ残暑が厳しいから、一番お客さまの導線があるところにこれを提案しよう」といたことを店頭スタッフがアレンジしています。だから売り上げが厳しいときでも、やるべき提案などが見えてくる。アパレル業界は年々、販売スタッフの採用が難しくなっており、できるだけ販売や接客の標準化をしていく必要があります。こういったロジカルな仕組みや考え方がますます重要になっていると感じています。
WWD:ではデジタルをどう組み込む?
新井:順序としては、お客さまが入店してから店を出るまでの行動のすべてを分解してフロー化する必要があります(図参照)。その上で、どんなテックを当て、当てたときにどんなデータが得られ、それに対してどんな出口戦略になるのか、といった全体図を組み上げていく。ただ、こうしたことができている店舗はほとんどないのが現状です。
大田:この小売りの分解図の概念自体は、前職のユナイテッドアローズ時代を含め、20年前から変わらない考え方です。ただ、データの取り方がデジタルになりテクノロジーが追いついてきました。そう考えると、入店者数は絶対取らなくちゃいけないよね。コロナ禍では、入店者数が7掛になるのは分かっていました。だからコロナ禍前と同じ売り上げを作るには客単価を上げるしかなかった。出口戦略を組み立てる際に重要なのは、「データをどう捉え、どう仮説を立てていくのか」です。結果的に、コロナ禍が収束した今でも「エストネーション」六本木店の商品単価は前年の1.27倍ほど。同じように、例えばヒートマップなどを使えば、売り場のお客さまの回遊率の良し悪しが分かり、売り場改善の参考になります。
新井:ただ、当たり前ですが無尽蔵にお金をかけられるわけではない。かけられるお金と得られるメリットをてんびんにかけると、全てのお客さまの行動に対してデータを取って分析していくことは現実的には難しい。だからこそ、戦略を事前にしっかりと立てる必要があります。逆に戦略さえ立てておけば、特定の売り場スペースを強化するために部分的にコスト効率よくツールを導入することも可能になります。これまでは感覚値だったり、属人的にやっていたことも、より精度を上げて戦略と打ち手が合っているのかを見られるようになります。
大田:本当にそうだね。逆に言うと入店者数すら取れていないと、混み合う時間帯や曜日のために店長が事前に応援のスタッフを手配することだってうまくできません。逆に売り場の人流が細かく把握できれば、店長が働くスタッフの配置もかなり細かくやりくりできます。販売員の働きやすさや働き改革にもつながります。
2人のプロが断言
「店舗改革に絶対必要なデータ」とは?
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WWD:売り場で取るデータで、最低限これだけは大事というものは?
大田:やっぱり入店者数と店舗前交通量の2つですね。この2つは出店前に、損益分析予想をする際の指標にもなります。
WWD:そこから次に見るべきデータは?
新井:滞在時間やウィンドウの視認率です。滞在時間は買い物に来るだけではなく、空間自体に滞在する価値や、おもてなしが提供できているのかという点の指標や参考になります。実際に支援をしているとあるブランドでは、ピークタイムが2種類あることが計測によって明らかになりました。事前に購入を決めていた商品だけサッと買って帰る「滞在時間20分の山」と、しっかり接客を受け商品を吟味したうえで購入いただく「滞在時間70分の山」という2種類です。なので、滞在時間は平均よりも、20分が何%、30分が何%というデータが必要になる。店内のエリア別の交通量も、呼び込みたいコーナーに人をきちんと呼べているかの施策の確認には重要です。マーケティング的な視点だと、ウィンドーやVPの視認率も非常に重要なデータです。ウィンドウでどれだけ足を止めているのか、プロモーションによって人を店内に引き込めているかといったデータも、ブランド側のKPI設定によって重視すべきものは変わってきます。
大田:店舗内のエリア別のトラフィックは確かに今後取りたいデータです。来店客に認識されていないとか、触られていない、あるいは触っても購入しない商品を洗い出せます。ウェブサイトと同じで、何を見て、あるいは逆に何を見なかったのか。何を買い、何を買わなかったのか、そういったものをデータとして取れれば、もっと売り場効率を高められるかもしれない。そういったものが仕組み化されて、安くシステムが提供されるといいよね。
店舗DXは「何のためにどの
データを取るのか」の見極めが重要
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新井:大田さんのおっしゃる通りで、最終的に行きつくところは店舗全体の流れがわかるヒートマップ的なものになるが、本当に本格的にやるとなると億単位のお金がかかるかもしれません(笑)。ただ、普通はそんな予算はありません。だからツールを導入する前に、現場の問題を洗い出した上で、きちんと戦略を策定する必要があります。当社のコンサルティングサービス「CXファインダー(CX Finder)」は、まずお客さまに必ず「DXで導き出したい価値は何ですか」と聞くところからスタートします。「エストネーション」のように戦略と方針が明確で、かつ自身できちんとKPIも持っているケースは、残念ながらそう多くありません。店舗の省人化や効率化を目指したいのか、ブランドの世界観をしっかり丁寧に伝えたいのか、目指すゴールをどのように設計するのかで取るべきデータも変わってきます。当社の場合は、まずはヒアリングや調査をしっかりさせてもらった上で、目指すところを話し合い、限られた店舗でノウハウをきっちり組み立てるという方法を取ることが多いですね。
WWD:大田プレジデントが仮に小型店舗でDXをするとなったら、まず何の数値を見る?
大田:入店客数と買い上げ率ですね。この2つは店舗の大きさにかかわらず、重要です。実は六本木ヒルズ店はコロナ禍を機に、21時閉店から20時閉店に短縮営業になりましたが、今も20時閉店のままです。でもコロナ前と売り上げは変わっていません。つまり、入店率や回遊率が変わっても、適切な打ち手を考え、実行し、検証できる仕組みが必要なんです。「エストネーション」の一部の店舗で半年間検証し、今は全店舗が20時にしています。
WWD:「CX Finder」を導入すると、設定したKPIに沿ったダッシュボードが提供される。
新井:はい。導入したテックで取得したデータとPOSからいただいたデータを統合することで、例えば大田さんのような経営陣に見せるときにも、店舗別の購入率などがランキングでパッと提示できるのです。
大田:ちなみに新しいツールだと、店舗前のデジタルサイネージは結構面白いよね。サイネージ自体にカメラがついていて、どのビジュアルが入店を増やしたか、何を見られたのかなどは、結構貴重なデータになります。
新井:いずれにしろ、テックの導入をしても、現場の方が何もしてくれないと意味がないので、ツールの見方や課題をどうしていくかまで、一緒に並走するまでが「CX Finder」の役目です。ここからアパレルを取り巻く環境は必ず大きく変化していくと思っています。「効率化」と「最適な接客を届ける」という両立させることが難しい2つの目標に向かって適切な手を打って、さらなる成長に挑戦するため、店頭のDXはとても重要だと確信しています。
PHOTO:MAYUMI HOSOKURA