ファッション

羽田から離陸する「国産ラグジュアリー」 大西洋氏の地方創生ビジョンとは?

羽田空港第3ターミナル(国際線)の出国エリアに、日本の工芸品、衣料品、雑貨など集めた店舗「ジャパン マスタリー コレクション(JAPAN MASTERY COLLECTION、以下JMC)」が12月22日に開店する。“地方創生型ラグジュアリーブランド”を掲げる同店は、訪日客に向けて選び抜かれたメード・イン・ジャパンの逸品を売る。単なる物産店ではなく、ラグジュアリーブランドと同じ領域で日本のモノ作りを発信する野心的なプロジェクトである。仕掛け人は元三越伊勢丹ホールディングス社長で、現在は羽田未来総合研究所社長である大西洋氏だ。

WWD:「JMC」を立ち上げた狙いは?

大西洋社長(以下、大西):出発点は地方創生だ。日本は戦後、経済大国に発展したが、今は元気がない。世界をリードしてきた製造業でさえ、かつてと比べると競争力が落ちている。中でも地方経済の落ち込みは深刻で、地場産業は資金不足や後継者問題に直面している。

私はずっと小売業をやってきて、海外ブランドとの付き合いが長かった。一方で国内の繊維・ファッションや伝統工芸品、食といった地方のモノ作りに触れる機会もたくさんあった。そんな私からみると、日本のモノ作りは品質の高さはもちろん、ストーリー性も感性も魅力的なのに、多くの地場産業は危機に瀕している。実にもったいない。

突破口は、海外にマーケットを広げること。イノベーションを生み出すこと。これは昔から私の持論で、百貨店時代から微力ながら地場産業の皆さんと取り組んできた。「JMC」では地方の歴史や文化に裏付けされたモノ作りを産業化し、作り手に還元できる仕組みに取り組む。世界で評価され、作り手にお金が回り、後継者も集まる。そんな循環を作る。

ラグジュアリーブランドと同じ土俵で戦う

WWD:羽田未来総合研究所は羽田空港を運営する日本空港ビルデングのグループ会社だ。

大西:羽田空港を拠点にしているからこそできることがある。私たちは世界各国と結ばれている。空のハブだけでなく、文化やハブになるポテンシャルがある。コロナ収束によって毎日多くの訪日客が行き来し、今後さらに増えると言われている。ただ私はインバウンドについて楽観視はしていない。今の盛況は円安に追うところが大きいからだ。為替が変わったときこそ、実力が問われる。日本の魅力は東京や京都、大阪だけではない。羽田から全国各地に移動して、バラエティーにとんだ地方の文化や豊かさを世界の人たちに知ってほしい。

WWD:単に高品質ではなく、“ラグジュアリー”を名乗る理由は?

大西:日本のモノ作りには、それだけの価値があるからだ。加えて、私個人のファッション業界に対する思いもある。この十数年で欧州のラグジュアリーブランドが世界のメインストリートを占拠し、26%という非常に高い営業利益率で稼ぐようになった。原価と上代のバランスが健全とは思えない。しかも彼らは日本の素材をたくさん使っている。日本はせっかく良いものを作っているのに、生かしきれていないのだ。

「JMC」はラグジュアリーブランドと同じ土俵で戦うつもりだ。だからあえて免税エリアの「ディオール」の隣に出店する。価値ある商品に相応の価格をつけて、それぞれの背景まで伝える。伝統や文化をそのまま差し出すのではなく、「JMC」独自の視点で再解釈し、現代のライフスタイルに合わせてアップデートすることが肝心だ。日本人よりも海外のお客さまの方が純粋に価値を認めてくれるだろう。

海外のお客さまに商品を愛用していただき「この陶器がどのように作られているのか知りたい」「この鮮やかなストールはどうやって染めたのか」と好奇心を持ってもらい、次に来日する際には産地まで足を運ぶ。そんなふうに発展すれば、生産者はもちろん、産地のエリア全体にもお金が回ることになる。

作り手・売り手も価格への意識を変えるべき

WWD:日本では一部のブランド食材や作家による美術工芸品は高い値で取り引きされることも多いが、繊維・ファッション関連ではそういった事例が少ない。

大西:日本と欧州ではファッションの位置付けが異なる。欧州の「ディオール」「サンローラン」などのブランドは脈々とした歴史があって、人を惹きつけるヒストリーが築かれてきた。時代に合わせ、若いデザイナーの起用でアップデートし、次の世代につなぐ。今年「ディオール」の回顧展(「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」、東京都現代美術館で22年12月21日〜23年5月31日まで開催)がたいへんな人気になったのも記憶に新しい。一方、日本のファッションは製造業に近い。三宅一生さん、山本寛斎さん、川久保玲さん、山本耀司さんら世界に認められたデザイナーは確かにいるが、オリジンとブランドの世界観が継承されていくような歴史がまだない。高級な服を選ぶ人はその背景に対価を払っている。上代は原価の積み上げで決まるわけではない。

WWD:そもそも価格への考え方が違う、と。

楊井吉彦・地方創生事業部長(以下、楊井):日本の場合、作り手も高い価格を設定することに二の足を踏む。私の知る陶芸の若手作家は、もう1ケタ上げても良いような独創的な作品を作っている。「なぜ値段を上げないの?」と聞くと、「師匠の値段よりも上にするわけにはいかない」と言う。日本では美徳になるけれど、海外のラグジュアリー領域はそうではない。

こんな話がある。海外のお客さまが日本を訪れ、見事な絵皿に感動した。5枚重ねてある皿には「¥50,000」の値札が付いていた。きっと1枚5万円で計25万円だと思って買うことにしたら、実際は5枚セットで計5万円だった。そのお客さまは「そんな安いものはいらない」と言って、買うのをやめてしまった。同じようなエピソードはよく聞く。

WWD:合理的な価格だと凡庸に見えてしまい、冷めてしまうと。

楊井:今回「JMC」の品ぞろえの9割は市販品のため、価格はコントロールできない。ただし「JMC」が作り手と協業したオリジナル品は、意図的にラグジュアリーの価格に近づけた。羽田未来総合研究所が作り手とクリエイターをつなぎ、マーケットにはないものを企画した。

たとえば岡山で作られた「ムニ(MUNI)」というジーンズブランド。希少なオーガニックコットンを旧式織機で織ったセルビッジ生地を使った「JMC」オリジナル品は9万円だ。ストーリー性のある日本製デニムの魅力を最大限に引き出した。

あるいはスニーカーの「オニツカタイガー」。今回、山本寛斎事務所と協業した別注モデルで、京都の細尾の西陣織を用いたモデルを9万9000円、姫路レザーを使ったモデルを12万9000円で提供する。こちらも日本製ならではの希少性を追求した。

ラグジュアリーブランドまでは行かなくても、ブリッジブランドくらいの価格帯に設定している。商品の原価構成そのものは変わらない。製造原価、メーカー、小売りがそれぞれ3分の1の配分。上代を大きく底上げし、生産者がそれなりの額を得られるようにした。

都内に路面店を出す構想も

大西:単に高い値段を設定すれば良いわけではない。お客さまにそれが適正な価格だと理解されるブランディングが不可欠だ。日本の生産者は高品質かつ独創的なモノ作りは得意なのに、ブランディングが上手ではなかった。ここを私たちがサポートする。

店舗のスタッフもラグジュアリーブランドに負けないおもてなしができる精鋭をそろえた。英語や中国語でしっかり接客できる。店長は伊勢丹出身で、優れた実績を上げてきたベテランだ。188平方メートルの売り場は、名栗加工や寄木細工の技巧を凝らしたユニークな空間になる。奥にはソファーを置き、くつろげるようにした。

楊井:作り手に売り場を提供するだけでなく、売り場でお客さまから得られたデータもフィードバックする。店頭の商品に添えられたQRコードにスマホをかざすと、商品の詳しい情報が見られる。どこの国のお客さまが購入したかの定量的なデータだけでなく、販売員が接客する中でお客さまからどんな反応を得たかいった定性的なデータまで作り手に還元する。作り手がECや出店でどのエリアを対象にしてくか、商品のどんなところを改善すべきか。データが次の一手になる。

WWD:「JMC」が成功するためのカギは何か。

大西:それは間違いなく、ジャパンラグジュアリーというグレード感が伝わるかだ。その名前に値する感動を提供できるか。基準に満たない商品が少しでも入れば、お客さまはラグジュアリーだと認めてくれない。それくらい徹底しなければブランドは成立しない。スタート時点で「JMC」のオリジナル品は1割だが、早々に3割に増やす予定だ。ファッション関連の人気クリエイターや伝統工芸の人間国宝の作家にも声をかけている。

「JMC」は羽田空港の出国エリアの1店舗で終わるつもりはない。将来的には世界に出店していきたいが、その前に都内や地方空港への出店を構想している。「JMC」は伝統工芸品ではなく、ラグジュアリー領域と位置付けているので、世界観を表現できる路面店がふさわしい。

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