ナカ アキラ/「アキラナカ」デザイナー
PROFILE:1973年三重県生まれ。2005年ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミー在学中に若手デザイナーの登竜門、イェール国際モードフェスティバルに選出される。その後アントワープでニットデザイナーに師事し、06年に日本へ帰国。07年ウィメンズブランド「ポエジー」をスタート。08年、ブランド名を「アキラナカ」に変更 PHOTO:TSUKASA NAKAGAWA
ウィメンズブランド「アキラナカ(AKIRANAKA)」は、アートからインスピレーションを得た服づくりを行なっている。2024年プレ・フォール・コレクションでは印象派画家を、2024年春夏コレクションではフランス出身のクリスチャン・ボルタンスキー(Christian Boltanski)をアイデアの源泉とした。ブランドの公式サイトには、シーズンごとのコレクションノートを掲載した「ボイス(VOICE)」を設けており、デザインチームがどのようにテーマを解釈し、クリエイションに落とし込んだのかを垣間見ることができる。デザイナーのナカ アキラはなぜアートを起点にしたコレクションを発表するのか。ナカに話を聞いた。
「ファッションからファッションをつくらない」という教え
WWD: アートをデザインソースにする理由は?
ナカ アキラ(以下、ナカ):そのように教育されたから、というのが一番大きい。僕はアントワープ王立芸術アカデミーで服づくりを学んだが、当時の学長だったリンダ・ロッパが、「ファッションからファッションを作らないように心掛けて」といつも言っていた。アントワープ王立芸術アカデミーの英語名は“ロイヤル・アカデミー・オブ・ファインアーツ”、つまり芸術大学だ。ファッションの枠組みの中だけでクリエイションしても、新しいものは生まれないという考えのもと、アートを始め建築など、ファッション以外のものをリサーチして組み合わせる教育を受けた。今でも、リサーチを踏まえた上で洋服のデザインを発展させている。
WWD:アートを用いる意図は?
ナカ:「アキラナカ」はウィメンズブランドで、“アティテュードをまとう”がコンセプト。女性の内面に働きかける服を作りたいと思い、たどり着いたのがアートを用いて服の中に価値を据えることだった。建築やアートには作り手の視点や思考が含まれている。それらをファッションに盛り込むことで、女性の内面にある知性や美意識などを引き出し、鼓舞したい。見た目の美しさの追求によって、自尊心や美意識が成長することもあるが、外見のスタイルで終わってしまうことが少なくないから。
WWD: 24年プレ・フォール・コレクションを発表した。ここではアートをどう落とし込んだか?
ナカ:今回のテーマは「習作の美」。アーティストたちが下絵や練習のために描いた作品を、一般的に「エチュード(習作)」と呼ぶ。19世紀半ばに活躍したクロード・モネ(Claude Monet)やポール・セザンヌ(Paul Cezanne)のような印象派たちは、あえて筆跡を残したり、絵の具で塗りつぶさず余白を残したりした。当時は「絵画は写実的であるのが当たり前」という価値観があったにもかかわらず、彼らはこのような習作に見られる技法を取り入れた表現を試みた。そのような印象派たちから着想を得て、ファッションの美しさも写実的に完成されたものだけでなく、プロセス自体にも宿るということを伝えたいと思った。今回のコレクションでは、ラペルが途中までしかないジャケットなどで表現した。また、自然なままの状態に美しさを見出す女性の姿勢を表現するため、天然石をボタンにあしらったシャツをつくったが、ボタンひとつひとつの形を整えることはせず、不揃いのままで使っている。
美しさの裏側のコンテクストが重要
WWD:アートから着想を得たファッションがたくさん存在するが、「アキラナカ」ではそれらとどのように差別化を図っているか?
ナカ:クリエイションの裏にたくさんのコンテクスト(文脈)がある点だ。ファッションとアートのコラボレーションの多くは、絵画の色彩を使ったり、デザインをプリントしたりして、その面白さや美しさをそのままファッションに持ち込んでいる。「アキラナカ」では、特定のアーティストを取り上げた理由や、そのアーティストが生きた時代背景など、アートやアーティストにまつわる事象をコンテクストとしてクリエイションに落とし込んでいる。僕の洋服によって、「どう生きるか」「物事をどう見つめるか」といった思索を人に喚起できればと思う。ファッションは美しさで人を魅了することも重要だが、表面的な美しさ以上に視点や思考を含ませたい。
WWD:「アートは難しい」と距離を感じる人も多いが?
ナカ:アート自体はどのように理解されてもいいものだし、それぞれの人の経験と紐づけられることによって、作品に対する理解や好き嫌いが生まれるものだと思う。答えがあるものではなく、むしろ解釈が広がるのがアートだ。答えを集約してしまうような見方をしてはもったいないと思う。
アートを観る喜びは、自分にない視点を得られることにあるが、僕は洋服がその役割を果たしてもいいと考える。自分にとっては服が最後のゴールではなく、コレクションや制作プロセス、その発信も全て作品の一部だから。「ファッションデザイナーであれば服で表現した方がいい」という人もいるが、僕はそう思わない。ファッションの先があっていいはずだ。