ファッション

英国が新潮流を作るデザイナーを輩出し続ける理由 若手発掘の第一人者サラ・モワーに聞く

英国はクリエイティブ産業が盛んだ。製造業が衰退したこともあり、特にトニー・ブレア政権下で“クール・ブリタニア”として方針を打ち出したことで、アート、音楽、ファッション産業で、多くのクリエイターを輩出してきた。教育と産業支援が充実しており、現在のファッション産業で活躍するデザイナーの多くは英国人、もしくは英国で学んだケースが多い。サステナビリティなどの新しい潮流も英国から生まれている。

ファッション分野で大きな役割を果たしてきたのが若手デザイナーの育成プログラム「ニュージェン(NEWGEN)」だ。発掘と選定に携わり、2009年からは委員長を務める英国を代表するファッションジャーナリストのサラ・モワー(Sarah Mower)「ヴォーグ・ドットコム」主任評論家は、「クリエイティビティこそが私たちのスーパーパワーであり、それは常に、世界をリデザインしようとする人々を、その第一歩からサポートすることを意味します」と語る。

「ニュージェン」は1993年に英国ファッション協議会(British Fashion Council、BFC)が設立。これまで支援を受けたデザイナーは300人を超える。故リー・アレキサンダー・マックイーン(Lee Alexander McQueen)やキム・ジョーンズ(Kim Jones)、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)やシモーン・ロシャ(Simone Rocha)、「アーデム(ERDEM)」のアーデム・モラリオグル(Erdem Moralioglu)、グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)や「アルワリア(AHLUWALIA)」のプリヤ・アルワリア(Priya Ahluwalia)、「エスエスデイリー(S.S. DALEY)」の(スティーヴン・ストーキー・デイリー(Steven Stokey-Daley)などがいる。

彼女は現在ロンドンのデザイン・ミュージアムで開催中の「ニュージェン」の設立30周年を記念した企画展「REBEL: 30 Years of London Fashion」のゲスト・キュレーターを務め、その歴史を紹介している。

いち早くサステナビリティに取り組む若手デザイナーたち

モワーは企画にあたり「若いデザイナーたちがファッション産業による環境破壊や廃棄物に対して、真っ先に意義を唱え始めていたことが明らかになりました。サステナビリティについてファッションコースを有する大学で教えられるよりもずっと前です。サステナビリティがカリキュラムに加えられるようになったのは、大学がけん引したのではなく、学生の圧力によるものでした」と振り返る。同展では、アートスクールの教育に焦点を当てた展示ブースもある。

「若者たちは私たち業界の長老たちに、私たちが彼らに教えるのと同じか、それ以上のこと、特にこれからのことを教えてくれます。例えば、クリストファー・レイバーン(Christopher Raeburn)は2009年、軍用パラシュートのデッドストックからコレクションをアップサイクルした最初の人物です。オルソラデ・カストロ(Orsola De Castro)は10年、ロンドンで初のエシカルファッションの展示会“Esthetica”を立ち上げました。15年前といえば、気候変動に関する会議や環境に関するファッション協定がまだなかった頃です。当初、彼らが理想主義者で世間知らず、さらには業界を批判するトラブルメーカーだと見下されたり、軽蔑されたりしていたことを鮮明に覚えています」。今でこそ、サステナビリティはデザインやビジネスの根底に据えるべきことになっているが、当時はまだまだ否定的だったことがわかる。「ニュージェンに参加したデザイナーたちは、スローガンTシャツを着ているというよりも、彼らは常に建設的です。問題を解決するために創造的に新しいシステムを考案し、自分たちの仕事のやり方を透明化し始めた最初のデザイナーたちでした。また、サプライチェーンにおける労働者の待遇や、グローバル・ノースによるグローバル・サウスへの繊維廃棄物の投棄をめぐる問題を提起しました」。

「こうした事実を表面化させ、ファッション好きを教育し、よりダメージの少ない新しいシステム作りに取り組むデザイナーには、フィービー・イングリッシュ(Phoebe English、再生可能な手法、廃棄物ゼロ、プラスチックの排除)、リチャード・マローン(Richard Malon、アップサイクル素材を使用した受注生産モデルへ移行)、プリヤ・アフルワリア(Priya Ahluwalia、インドとナイジェリアで目撃した、繊維廃棄物の投棄と黒人・褐色労働者の搾取を暴露)、ヘレン・カーカム(Helen Kirkum、チャリティー団体から回収した廃スニーカーをスニーカーの“リマスタリング”に使用)がいます」。

ロンドンの若手デザイナーにとってデッドストックの素材を使うことは当たり前になっている。「今日、彼らは総じてセクシーで完成度の高い服を作っていると自認していて、持続可能な実践としてのラグジュアリーファッションを再定義しています」。

30年続く「ニュージェン」の応募基準は、ここ数年でわずかに変わっただけだという。「傑出した才能と経済支援の必要性、そして2社以上の取引先(またはeコマース)を持っていることに加えて、最近では、デザイナーがサステナビリティ基準に準拠しているかどうかも問われます」。

欧州を中心に、アパレルメーカーに対しての法規制が厳しくなっていることに対しては「ニュージェンにはビジネスや法律の重要な側面に関する指導やワークショップのセッションも含まれています。パネルメンバーには、サステナビリティやその他の専門分野に関する業界の専門家が含まれており、彼らは喜んで無償の指導を提供しています」。

多くの才能あるデザイナーを輩出してきた一方、多くのデザイナーが廃業にも追い込まれてきた。「そう、デザイナーは時代とともに創業と廃業を繰り返してきました。そして今日、業界全体が知っているように、卸売業と小売業が崩壊し、残酷なまでに厳しい時代になっています。しかしBFCは、数年後に自身の名を冠したブランドを閉じた『ニュージェン』のデザイナーたちのキャリアについて調べた結果、彼らの多くがインテリア、映画、コスチュームデザイン、アメリカやヨーロッパの大企業のトップポジション、その他多くの関連クリエイティブ産業へと転身していることがわかりました」。ファッション産業で廃業したからといって、クリエイティブである限り、クリエイティブ産業の別分野でも活躍し続けることができることがわかる。「これが、イギリスが国際的にファッション業界に貢献していることだと思います。私たちは、クリエイティビティこそが私たちのスーパーパワーであると信じています」。

運転資金の少ない若手の先進的で実験的な創作活動を継続して支援するには、都市の余白―若く資金に乏しいが意欲ある人材が活動し、交流するための廉価に賃貸可能な物件の集積地など―が必要になる。例えば英国のファッション産業では、古くはロンドンのカーナービーストリートやカムデンマーケットでファッションの新しい潮流が生まれたが、近年ではブリックレーンやオールドストリート、ハックニーまで拡張している。このような若手デザイナーが事業を起こせるような都市の余白を引き続き利用できるのであれば、英国のクリエイティブ産業は今後も注視していく必要があるだろう。

JW ANDERSON x ファッションの記事

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