ファッション

元箱根ランナーが読み解く、ランニング市場の“今”

コロナをきっかけとした健康意識の高まりを追い風に、大手スポーツメーカー各社がランニングカテゴリーを伸ばしている。ここでは、レース登録のプラットフォームや大手小売店、スポーツメーカー各社の動きから、市場の今を捉える。ランナーとして箱根駅伝を走った経歴もある、スポーツライター酒井政人氏に寄稿してもらった。コロナ禍以降“熱い”と言われるランニング市場は、果たして本当に熱いのか。

コロナを機に市場は拡大

コロナ禍で運動不足の危機感が広がり、手軽に試せるランニングが人気を集めた。国内最大手のアシックスは、2022年12月期と23年12月期に2期連続で最高売り上げを記録。けん引したのは“パフォーマンスランニング”と呼ぶランニングカテゴリーだ。「ミズノ」は23年3月期にランニングカテゴリーの売上高が20%以上伸びた。「ナイキ」「アディダス」「プーマ」などの大手海外メーカーは、ランニングを軸とした新規出店や独自レースの開催、駅伝に向けた限定商品開発などに力を注ぐ。日本最大規模のスポーツ小売店であるアルペングループは、19年6月期の売上高2282億円から、20年は2179億円まで落ちたが、23年に2445億円まで伸長した。カテゴリー別売上高は非公表ながら、ランニング部門は「競技スポーツの中で好調」(広報)だ。

大会の復活と多様化

大会の復活もランナーのモチベーションを刺激する。大会へのエントリーなどをサポートするプラットフォーム「RUNNET」は、23年の新規登録者数が過去最多の31万を記録し、合計登録者数は404万に到達。同プラットフォームを運営するアールビーズの黒崎悠社長は、「大会に出場したいと考えている人は確実に増えている」と語る。同社が実施する「日本マラソンランキング」によれば、国内のフルマラソン完走者数は18年度に過去最高の約38万人を記録。大会の中止や延期が余儀なくされた20年度は約1.1万人まで激減したが、22年度には約26万人まで戻った。

趣向性のあるイベントも増えている。「トラック記録会や山手線1周ラン、パン屋をめぐるランニング、綺麗な景色を求めたイベントなど、催しの種類が多様化している。コロナ禍を経て、ランニングの選択肢が広がったと感じる」と黒崎社長は話す。また、ロードレースに比べて密のリスクも少ないトレイルレースは、「大会復活が早く、大会数も増えた」という。

一方で、課題もある。エントリー費が高騰し、定員割れする大会も見られるようになった。「RUNNET」を経由した参加料平均単価は「19年が6424円で、23年は7987円まで高騰した。コロナ検査のほか、物価上昇の影響も大きい」。ボランティアなど大会の担い手不足の問題もある。ニーズを踏まえて、必要な大会に選択と集中をすることも、一つの手段だろう。

インバウンドの波

インバウンドの復活も著しい。東京マラソン財団の早野忠昭理事長兼レースディレクターは、「東京マラソンの外国人参加者数は前回が約1万2000人で、今回(3月3日)はさらに増える見込み」と話す。アルペングループ最大の旗艦店「アルペントーキョー」にも訪日外国人が押し寄せる。同店の国松君祥ランニングシニアアドバイザーは、「最近は7割ぐらいがインバウンドのお客さま。観光バスの発着点が近いこともあり、空港からダイレクトで来られる方もいる」という。同店では、幅広いニーズに合わせて、常時200~250モデルのランニングシューズを販売し、「ナイキ」「アシックス」「オン」「ホカ」が人気だ。「『オン』と『ホカ』はファッションアイテムとして購入する方も多い。『オン』はタイの、『アシックス』は米中のお客さまがよく買っていく」(国松氏)。なお、アールビーズが実施する「ランナー世論調査2023」によると、市民ランナーが履いているメーカーTOP10(複数回答可)は、1位「アシックス」55%、2位「ナイキ」34%、3位「アディダス」21%、4位「ホカ」17%、5位「ニューバランス」14%、6位「ミズノ」13%、7位「オン」8%、8位「ワークマン」3%、9位「ブルックス」3%、同率9位「プーマ」3%だ。

箱根駅伝を攻略せよ

スポーツ各社のマーケティングにおいて、箱根駅伝は大きな訴求力を持つ。2日間にわたり全国放送されるレースは国内外でも珍しく、グローバルのランニングマーケターに“EKIDEN”の名を知らないものはいない。アルペントーキョーの国松氏は「箱根のシューズシェアは、店舗の売り上げにも大きく影響する」と話す。
 かつて箱根の定番は「アシックス」と「ミズノ」だった。16年のシューズ着用者は、「ミズノ」が75人(35.7%)、「アシックス」が60人(28.6%)とツートップで、「ナイキ」は38人(18.1%)、「アディダス」は34人(16.2%)だった。しかし5年後の21年には「ナイキ」201人(95.7%)、「アディダス」4人(1.9%)、「ミズノ」3人(1.4%)、「アシックス」0人になった。

背景には、「ナイキ」によるゲームチェンジがある。ランニングシューズはかつて“薄底”が定石だった。軽量化のためいかにソールを薄くし、クッション性を最低限保つかが争点だった。しかし17年に「ナイキ」は、従来と真逆のシューズ“ズーム ヴェイパーフライ 4%”を発売。反発力を重視し、弾力のあるカーボン製のプレートを分厚いソールに組み込んだ設計のシューズが、メジャーレースを席巻した19年10月に同シューズをはいたケニアのエリウド・キプチョゲ選手が非公式レースで人類初のフルマラソン2時間切りを達成し、その後箱根駅伝にも厚底旋風が吹いた。

他社も黙ってはいない。着用者ゼロの屈辱を味わった「アシックス」は、21年に社長直轄の開発プロジェクトを始動し、エリートランナー向けの“メタスピード”を発売。走法に合わせて選べる機能性を武器に再び存在感を高めている。「プーマ」は22年から駅伝に向けた限定モデルを発売し、キャンペーンビジュアルを制作するなどマーケティングにも力を入れる。

国内外のメーカーが“厚底”の開発合戦を繰り広げた結果、「ナイキ」一強だった箱根駅伝のシューズシェアは徐々に混戦の様相を呈している。100回目の開催を記念した今年は全230人が出場。「ナイキ」は98人(42.6%)でトップを守ったものの、「アシックス」57人(24.8%)、「アディダス」42人(18.3%)、「プーマ」20人(8.7%)、「ミズノ」5人(2.2%)、「オン」3人(1.3%)、「ホカ」2人(0.9%)、「ニューバランス」「アンダーアーマー」「ブルックス」が各1人(0.4%)と、シューズの多様化が見られた。「アディダス」は女子マラソンで世界記録を打ち立てた8万円超えの“アディゼロ アディオス プロ エヴォ1”が箱根でも話題を呼んだ。3区を爆走した太田蒼生選手(青山学院大)は「重みがまったく気にならない。沈んだ分、反発が強く返ってくる。凄いペースで入っても、後半にも足の余力があったのは、シューズのおかげだと思う」と機能性を語る。「プーマ」は昨年12月に発売した“ファスト-アール ニトロ エリート 2”の着用者が目立ち、公式サイトで完売した。「ブルックス」は“ハイペリオン エリート フォー”を履いた新山舜心選手(駿河台大)が花の2区を駆け抜けた。

それでも、「ナイキ」の支持は厚い。今年の区間賞は10人中7人が「ナイキ」のシューズを着用し、最新作“アルファフライ 3”のほか、過去モデルの着用者もいた。

スポーツメーカー新たな打ち手

メーカー各社は、ランナーの購買意欲を刺激する“体験づくり”も重視している。「ナイキ」は昨年12月、皇居に近い銀座エリアに、ラン拠点も備えた旗艦店「ナイキ 銀座」をオープン。アプリ会員を対象にしたランニング教室やイベント、シューズの試し履きなどを実施している。「アディダス」は昨年から、ミニレース「東京シティーラン」を開催。昨年は5kmと10kmの2コースを用意し、約450人が参加した。今年は1800人まで参加枠を広げた。「ニューバランス」は22年に、2週間限定のサウナ付きランニングステーションを企画。ラン後にサウナで汗を流し、“ととのう”までの体験をパッケージ化した。「ホカ」は2月22日に、明治神宮前交差点に直営店をオープン。1階を物販、2階をコミュニティースペースと位置付けて、ランイベントの拠点などに活用する。すぐに実売に貢献するのか、未知数の施策も多い。それでも、スポーツメーカーが足を止めずにチャレンジするからこそ、ランニング市場の活況は続くのだろう。

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