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「第96回アカデミー賞」の見どころは? 「オッペンハイマー」や「哀れなるものたち」「バービー」など傑作がノミネート

「夢を諦めないでください」と力強く訴えるキー・ホイ・クァンのスピーチが涙を誘った“エブエブ旋風”からはや1年。映画界最大の祝祭、「第96回アカデミー賞」が日本時間の3月11日(現地時間3月10日)にアメリカ・ロサンゼルスで開催される。

作品賞の受賞候補は?

今回、作品賞にノミネートされている10作品は例年以上に傑作ぞろいであるが、受賞予想という点ではこれほど悩まない年はない。作品賞受賞が確実視されているのは、英国アカデミー賞やSAG賞をはじめ前哨戦を席巻しているクリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」。原爆開発プロジェクトを成功させ、世界を決定的に変えてしまった天才物理学者ロバート・オッペンハイマーの生涯を辿る伝記映画である。時間を自由自在に操るノーラン節は今作でも健在。画角とカラー/モノクロ映像のスイッチで時空を軽快に行き交い、人生の分岐点を探りながらオッペンハイマーの内面深くに潜り込んでいく。本作のために65mmカメラ用のモノクロフィルムを開発したというのだから驚きだ。難解で重厚な題材ながら、映画としての表現を突き詰めた結果か、伝記映画としては「ボヘミアン・ラプソディ」(2018)を抜き歴代最高興行収入の大ヒット。芸術性を追求しながら商業的に大成功も収めた、文句なしのフロントランナーである。

そこに追随するのが11部門にノミネートされたギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督作「哀れなるものたち」。胎児の脳を移植された女性が大陸横断の旅をしながらゼロから自己を獲得していく冒険譚で、第80回ベネチア国際映画祭では最高賞となる「金獅子賞」を受賞。赤子から大人への精神的成熟を身体一つで表現した主演のエマ・ストーンが絶賛されている。

だが主演女優賞の座に最も近いのは、10部門にノミネートされたマーティン・スコセッシ監督作「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」のリリー・グラッドストーンだろう。アメリカの先住民女性が主演女優賞にノミネートされるのは今回が初の快挙だ。これまでの米映画界での先住民冷遇を顕著に示すのは第45回アカデミー賞(1973年)の出来事。活動家としても知られるマーロン・ブランドが、映画業界での先住民への不当な扱いに抗議し「ゴッド・ファーザー」(1972)での主演男優賞受賞を拒否した。代理で先住民(彼女の出自については疑惑の声も上がっているが)の女優のサチーン・リトルフェザーがスピーチを行なうも、その結果得たのはブーイングの嵐と俳優人生の終焉。2022年に映画芸術科学アカデミーはリトルフェザーに当時の不当な扱いを謝罪して、彼女は謝罪を受け入れた。今回、グラッドストーンが主演女優賞を受賞すれば、リトルフェザーが願い続けた先住民俳優活躍の大きなマイルストーンとなることだろう。

ノミネート発表後、最も大きな話題となったのは昨年最大のブロックバスター「バービー」の冷遇だった。興行的に大成功を収めただけでなく、ポップなルックに秘められた今日的なテーマが批評家からも支持を受け、見事に作品賞を含む7部門8ノミネートを果たした……が、そこにグレタ・ガーウィグ監督と主演マーゴット・ロビーの名前はなかった。ガーウィグは「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」(2019)の際にも監督賞ノミネートを逃し、ガラスの天井を指摘されていた。今回の監督賞候補の顔ぶれを見ると落選も仕方ないと思いつつ、これまで監督賞に2人以上女性がノミネートされたことがないという事実は明らかなジェンダー不均衡を示しているので、批判されるのもやむなしか。

一方、作品賞に「バービー」を含む女性監督映画が3作品ノミネートされているというのは過去最多である。10作中3作が最多というのは寂しい数字にも思えるが、これまで作品賞にノミネートされたのは全601作品中、女性監督作品はたったの22作。約3.7%である。それを考えると10作中3作ノミネートというのはまだ道半ばではあるものの、才能ある女性作家の作品が正当に評価される土壌がようやく作られてきているとも考えられる。

「バービー」の他に女性監督作で作品賞にノミネートされているのが「落下の解剖学」と「パスト ライブス/再会」。カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドール賞を受賞した「落下の解剖学」は、夫の不審死を起点にあつれきの生じた夫婦関係を法廷で解体していくフランス映画。メガホンをとったジュスティーヌ・トリエは監督賞にもノミネートされている。「パスト ライブス/再会」は韓国系移民である監督の体験に着想を得たニューヨークが舞台のラブロマンス。驚くことにセリーヌ・ソン監督は今作が初の長編作品。この2作品の共通点として、非英語が用いられる字幕付き映画ということも挙げられる。

2015年に「白すぎるオスカー」が問題視されて以降、米映画芸術科学アカデミーは非白人や女性、米国外の会員数を大幅に増員。2020年に多様性と包括性を反映することを目的とした作品賞選定の新基準を発表し、今年から適用を開始した。その影響もありアカデミー賞はここ数年で大きな変容を見せている。その一つが先に述べた字幕付き作品の増加。転換点となったのが韓国映画「パラサイト 半地下の家族」(2020)の作品賞受賞であるが、今年は「落下の解剖学」、「パスト ライブス/再会」に加え、ホロコーストをかつてない角度から描く「関心領域」と3作もの字幕作品がノミネートされている。これは会員の裾野の広がりに加え、Netflixなどの動画配信サービスやSNSで字幕に触れることが増えたことも要因と考えられる。

邦画3作品の評価は?

また、今年は「PERFECT DAYS」、「君たちはどう生きるか」、「ゴジラ -1.0」と邦画が3作もノミネートするという快挙を成し遂げ、主要部門以外にも注目が集まっている。ノミネート部門は異なるが、共通しているのはそれぞれ受賞の射程圏内にいつつも、ゴリアテのごとき強大なライバルが立ちはだかっているということ。

国際長編映画賞ノミネートのヴィム・ヴェンダース監督作「PERFECT DAYS」は「パラサイト」も扱った気鋭の配給会社NEONが北米配給を行っており、批評家・観客双方から好評を博している。だが作品賞含む5部門にノミネートされているイギリス代表「関心領域」があまりに手強い。宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」は北米で商業的に大成功しており、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞でも長編アニメ賞を獲得している。しかしアニメ表現の新境地を拓いた「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」が直近でアニー賞を受賞するなど勢いを増しており、激しいつばぜり合いが行われている。

邦画で最も受賞に近いのが視覚効果賞にノミネートされている「ゴジラ -1.0」だろう。通常であれば“VFX業界のアカデミー賞”と呼ばれる第22回VESアワードで大賞を獲得している「ザ・クリエイター/創造者」が第1候補であるが、「ゴジラ -1.0」は北米で非英語作品の歴代第3位の興行収入を稼ぎ出す大ヒットを果たしており勢いはピカイチ。ギャレス・エドワーズやスティーブン・スピルバーグなどハリウッドのトップクリエイターからの賞賛や、桁違いの低予算という話題性も追い風となって、昨年歌曲賞にノミネートされた「RRR」(2022)のような応援ムードが漂っている。山崎隆監督が同賞を受賞すれば「2001年宇宙の旅」(1969)の巨匠スタンリー・キューブリック以来の、監督が視覚効果賞を受賞した作品となる。

受賞結果以外にも、受賞者のスピーチや歌曲賞のパフォーマンス(ライアン・ゴズリングに注目!)など見どころは盛りだくさんのアカデミー賞。一体今年はどんなサプライズが飛び出すのか。期待して当日を待ちたい。

■「第96回アカデミー賞」作品賞ノミネート作品
・「アメリカン・フィクション」(監督:コード・ジェファーソン)/原題「AMERICAN FICTION」
・「落下の解剖学」(監督:ジュスティーヌ・トリエ)/原題「ANATOMY OF A FALL」
・「バービー」(監督:グレタ・ガーウィグ)/原題「BARBIE」
・「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」(監督:アレクサンダー・ペイン)/原題「THE HOLDOVERS」
・「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」(監督:マーティン・スコセッシ)/原題「KILLERS OF THE FLOWER MOON」
・「マエストロ その音楽と愛と」(監督:ブラッドリー・クーパー)/原題「MAESTRO」
・「オッペンハイマー」(監督:クリストファー・ノーラン)/原題「OPPENHEIMER」
・「パスト ライブス/再会」(監督:セリーヌ・ソン)/原題「PAST LIVES」
・「哀れなるものたち」(監督:ヨルゴス・ランティモス)/原題「POOR THINGS」
・「関心領域」(監督:ジョナサン・グレイザー)/原題「THE ZONE OF INTEREST」

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