ファッション
特集 東コレ2024-25年秋冬

「ミスターイット」の愛ときどき“こじらせ”服 王道ショーで覚醒する

ミスターイット(MISTER IT.)」初のショー形式の発表は、いろいろな意味で想像を超えるスケールの大きさだった。同ブランドのクリエイションの源泉は、砂川(いさがわ)卓也デザイナーの大切な友人たち。ゆえに、限りなくパーソナルで愛情深いクリエイションが特徴だ。「ミスターイット」の真髄は発想力豊かなディテールにあり――そう思い込んだまま、15日に披露した2024-25年秋冬コレクションのショーを眺めていると、登場したのは予想を裏切る振り切ったスタイルの数々だった。

日常着にクチュール技術を

コレクションは、ベーシックな日常着にクチュール仕込みのテクニックを盛り込み、脱構築する姿勢が見られた。例えばファーストルックに登場したクラシックなテーラードジャケットは、ケープを重ねた二重仕立て。続くシャツドレスやスカート、ニットウエア、コートも二重構造だ。ほとんどのルックの胸元にはコレクションテーマ“COUTURE RHYTHM”と描いたバンドを付け、日常着のバランスを心地良くツイストさせる。脇下から覗くロンググローブだったり、ハンガーをモチーフにしたユニークバッグだったり、シグネチャーアイテムのキャップを多用したりし、スタイリングにさらなるリズム感を加えた。

振り切ったスタイルに安定感をもたらしたのは、軽やかで品のいい素材の数々。きれいなウールのスカートにはオーガンジーを重ね、シャツからなびいたシアーなリボンやアウターから伸びたトレーンがランウエイに余韻を残す。協和ホールディングスが立ち上げたファブリックブランド「デコン ファブ(DECON FAB)」と協業し、デッドストック生地を最新技術で加工したシャツや、シルク着物を綿に戻して糸にし、オーガニックコットンと織り交ぜたデニムなどを開発。新たな素材への探求心が奏功し、コレクションに厚みを与えた。

愛に満ち溢れたディテール

「ミスターイット」の真骨頂である、大切な人に思いをはせたディテールも豊富だ。ビンテージスカーフを使ったワンピースやテーラードジャケットの繊細なニュアンスや、裾部分をつまんで膨らませた不思議なシルエットのジーンズ、シャツに糸部分が盛り上がるほどたっぷり刺しゅうした“IT”の文字など、細部に宿したデザイナーの“愛”は、重ねれば重ねるほど世界観という面になっていく。そしてショーで連続して見せることで徐々にストーリー性を帯びていき、クリエイションのスケールを拡大させていった。ラストを飾ったのは、パリの生地屋で見つけたというハートモチーフが連なるドレス。文字通り“愛”を連続させる締めくくりだった。

モデル25人は、パリを拠点に活動するシュアブ・アリフ(Chouaib Arif)=キャスティング・ディレクターが選んだ。パリらしいシックな空気感を意識しながら、1970〜80年代の映画の世界観をイメージしたという。砂川デザイナーがパリの街で録音したという生活音が場内を満たす中、フロントローのゲストはフィナーレを除けばショー中にスマートフォンをほとんど掲げておらず、まるで映画を観るようにモデル一人一人に視線を向けている。ゲストを「ミスターイット」ワールドに引き込んでいた。

王道ショーを選んだ理由

砂川デザイナーが、「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」のメインコレクションと、オートクチュールにあたる“アーティザナル”コレクションチーム在籍時に磨き上げた技術とアイデアは、直球のランウエイショーという王道の発表形式によって覚醒した。今回のショーは、東京都と日本ファッション・ウィーク推進機構(JFWO)主催の「東京ファッションアワード 2024(TOKYO FASHION AWARD 2024)」受賞によるサポートを受けて開催している。ただしサポートとはいうものの、実情は渋谷ヒカリエの無料使用と数十万円のサポートで、演出費やモデル費などはブランド負担。発展途上のデザイナーにとっては、こだわればこだわるほど想像を絶する大金に膨れ上がる。それでも、砂川デザイナーには挑戦したい理由があった。「まず海外にも届けたくて、これまで続けてきたことをさらに思い切ってやろうと考えていた。“変化球のブランド”というイメージもあるが、僕が洋服作りで大切にしているのは、真ん中をしっかり押さえながら、それをどうズラしていくかということ。ランウエイショーでもそういう見せ方がしたくて、自分自身にとって大きなチャレンジだった」。

大舞台を終えた砂川デザイナーの表情は充実していた。「15年にブランドを立ち上げてから楽しく服作りを続けてきたので、その様子を世界中の人に見てほしかった。その思いだけ。だからショー前からめちゃくちゃ楽しみで、緊張も全然なかった」。現在の卸先は国内が20店舗で、海外はゼロ。ブランドとしてはまだ決して大きくない規模でありながら、海外進出の足がかりのために協賛を得て、多額の資金を投じ、直球勝負に挑んだ。結果、スマートフォンのシャッター音さえほとんど許さない、見事な完封勝利だった――と、締めくくりたかったのだが、大阪出身の“こじらせた”男はやはり変化球も忘れなかった。ショーの招待状として事前に届いたのは“ミスター”チルドレンの“Tommorow never knows”の8cmシングルだし、ショー会場には本物のアメフト選手4人をセキュリティースタッフのように配置する謎の演出だったし、ショーBGMはカタコトで「ミスターイットノハジメテノショーデス」という笑っていいのかギリギリのラインだし。「やっぱり、そういうのも入れていかないとと思って」。

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