PROFILE: KNOWER(ノウワー)
ドラマー/プロデューサーのルイス・コール(Louis Cole)とボーカルのジェネヴィーヴ・アルターディ(Genevieve Artadi)によるLA発のポップ・ユニット、ノウワー(KNOWER)が6年ぶりの来日公演を行った。昨年の新作アルバム「KNOWER FOREVER」リリース後、初めてのツアーでもある。首を長くして待っていたリスナーも多かったようで、東京公演のチケットは即ソールドアウト、追加公演が決定するほどの盛況ぶりだった。
その追加公演として開催されたのが3月27日、神田スクエアホールでのライブ。これがツアーの初日となった。会場はホールの足元が見えないほど満員で、オープニングアクトを西口明宏、馬場智章、陸悠ら日本の気鋭サックス奏者3人をフロントに擁したテナーズ・イン・カオス(Tenors In Chaos)が務めると、続いてノウワーがルイスとジェネヴィーヴの他、ポール・コーニッシュ(key)、チキータ・マジック(イシス・ヒラルド/key)、サム・ウィルクス(b)、トム・ギル(g)を従えた計6人のバンド編成で登場した。オーディエンスを圧倒するエキサイティングな音楽は、ジャズ・ミュージシャンならではの超絶技巧に裏打ちされながらも、同時に、並外れたポップとも呼びたくなる強毒性のキャッチーさを備えたパフォーマンスでもあった。数曲で日本の気鋭ジャズ・ミュージシャンからなるホーンセクションとコラボレートしたことも来日公演だからこそ味わえる楽しみの1つだっただろう。
そんなノウワーの音楽をどう形容したらいいだろうかと考えていた時に頭をよぎったのが、2024年にグラミー賞で新設されたベスト・オルタナティブ・ジャズ・アルバム賞だった。映えある最優秀賞に選ばれたのはミシェル・ンデゲオチェロの「The Omnichord Real Book」(23)だったが、グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーによれば、オルタナティブ・ジャズとは「ジャズ(即興、相互作用、ハーモニー、リズム、アレンジメント、作曲、スタイル)と、R&B、ヒップホップ、クラシック、現代即興、実験、ポップ、ラップ、エレクトロ/ダンスミュージック、スポークンワードなど他のジャンルを混ぜ合わせた、ジャンルを超えたハイブリッドなもの」だと定義している*。
変化し続ける今のジャズを捉えるのにぴったりではないだろうか。そしてジャズが背景にありながら突き抜けたポップを聴かせるノウワーの音楽もまさしく、オルタナティブ・ジャズと呼ぶのがふさわしいのではないか。今回のインタビューでは、ツアー初日の公演を終えたばかりのルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディに、久しぶりの来日でのライブの手応えやステージ衣装へのこだわりの他、ノウワーというユニットとジャズそしてポップのつながりを伺った。
*「2024年開催の第66回グラミー賞に3つの新カテゴリーが追加」/「uDiscovermusic」日本版、2023年6月14日公開
https://udiscovermusic.jp/news/three-new-categories-added-grammy-awards
6年ぶり来日ツアー初日を終えて
——ジャパン・ツアー初日、大盛況でしたね。ノウワーとしては2018年以来6年ぶりの来日公演でもありますが、ライブの手応えはいかがでしたか?
ジェネヴィーヴ・アルターディ(以下、ジェネヴィーヴ):今回、初日ということもあり、ツアーをしている実感がすぐにはわかなかった。けれど演奏しているうちに「今、私はライブをやっているんだ」という思いが湧いてきて。特に何度も披露してきたおなじみの曲を歌った時はそう。もちろん、新しい曲を歌うのもとてもエキサイティングだった!
ルイス・コール(以下、ルイス):確かに信じられない気持ちだったね。アルバム(「KNOWER FOREVER」)を作るのもすごく長い時間をかけていて、今回はライブ・バンドでレコーディングしたんだけど、それを本当にライブでやっているという実感はやっぱりすぐには湧かなかった。まるで夢を見ているような、現実だとは思えない気分だったよ。
——昨年リリースされた新作「KNOWER FOREVER」には「ライブ・バンドでアルバムを作る」というコンセプトがありましたよね。それは、よりスムーズにライブを行うためでもあったそうですが、実際にアルバム完成後初めてのツアーを行って、スムーズにライブができたり、何か新たな発見があったりはしましたか?
ルイス:そう、アルバムそのものをライブ・バンドでレコーディングしたから、それをライブに移行することはこれまでよりもスムーズだった。でも一概に全てがスムーズになったわけじゃない。当然、難しいところもあったし、ライブをやることは常に挑戦なんだ。ただ「KNOWER FOREVER」はライブの時に劇的に変える必要がなかったから、基本的にはレコーディングした通りにライブでも演奏することができたかな。
ジェネヴィーヴ:そうね。
——新作の収録曲を中心に、過去アルバムの曲も演奏されていましたが、セットリストはあらかじめ決めていたのでしょうか? それともその場でやることを決めた曲もありましたか?
ルイス:セットリストは決めている。紙にプリントして置いていたわけじゃないけど、スマホに入れたのを見てたんだ。
——ライブではメトロノームを鳴らしていて、ジェネヴィーヴさんはヘッドセットを装着していましたね。演奏はクリックを聴きながら合わせていたのですか?
ジェネヴィーヴ:いや、私はクリックを聴いていたんじゃなくて、ヘッドセットを通して自分の声を聴いていたの。モニターから聴くと音量が大きくなりすぎてしまうから。で、どの曲も短いので、少しでも遅れると曲自体が台無しになる。だから遅れないよう正確に歌わなければいけなくて、自分の声を耳の中でじっくり聴きながら歌ってた。クリックは聴いてなかったけど、私にとってはバンド自体がメトロノームみたいな存在だった。とてもタイトな演奏をする人たちだから、リズムを完璧に保っていてくれたと思う。
ルイス:実は僕もメトロノームは聴いていなかったんだ。それよりもバンドが正しいスピードを保つことの方が僕の中では非常に大事で。そうでないと、演奏がノッてきて少しでも違うアレンジをしたら全てがおかしなことになってしまう。もし僕が速すぎたらみんなに迷惑がかかるからね(笑)。だから正しいスピードに設定したメトロノームを鳴らしてカウントオフしてから曲を始めていたんだ。
——ライブでは音源を忠実に再現することを重視していますか? それともライブならではの変化が起きることに重きを置いているのでしょうか?
ルイス:基本的にはアルバムの曲を忠実に再現しようと努めてる。特に音源の良い部分や僕が大好きな部分はライブでもたくさん演奏したいからね。でも同時にインプロヴィゼーションの余地も残しておきたい。ちょっとした瞬間にみんなが自由に変化をつけることもできるようにしたいんだ。だからそれらを混ぜていきたいと思ってるよ。
——そうした変化はバンド・メンバーによっても変わってきますよね。今回のツアー・メンバーは6年前の来日時とも、「KNOWER FOREVER」収録曲のメンバーとも若干違います。メンバーはどのように決めたのですか?
ルイス:みんな友人でありミュージシャンでもあり、もちろんミュージシャンとしても尊敬しているし、友人としても愛している人たちなんだ。ポール(・コーニッシュ/key)とサム(・ウィルクス/b)は僕らと同じLAに住んでいる。イシス(・ヒラルド/チキータ・マジック/key)は友人を通じて知り合って、最初は音楽をやるというより遊び仲間で、そこから一緒に音楽をやるようになっていった。トム(・ギル/g)は唯一、「KNOWER FOREVER」のレコーディングには参加していないメンバーで、演奏しているところを1回観ただけだったんだけど、その時に「この人はめちゃくちゃスペシャルなミュージシャンだ」と感動して。それから友人になって、今回のツアーでもお願いしたんだ。
——ノウワーのライブではファッションにもこだわりが感じられます。6年前の来日時はルイスさんがおなじみのスケルトンスーツも着用していましたが、今回はルイスさんがタンクトップ、ジェネヴィーヴさんはミニスカートで、お2人ともキャップをかぶったスポーティーな雰囲気がありました。ステージ衣装にはどのようなこだわりがありますか?
ルイス:基本的にはスーツケースいっぱいに思いつく限りの衣装を入れて持ってきて、その日のムードや気分で選ぶようにしてる。ステージの上に立った僕を見てほしいというよりも、音楽をじっくり聴いてほしいという思いの方が強いかな。だから音楽を聴いて楽しむのを邪魔しない衣装を心がけている。
ジェネヴィーヴ:私は普段はもっとガーリーな格好をしていて、ドレスやワンピースを着たり、ハイヒールを履いたりしてる。けどステージでは、特にノウワーの音楽はアスレチックなところがあるというか、ジャンプしたりもするので、そういう激しい運動ができる衣装を選んでいるかな。
——初日の公演ではスマホでステージを撮影するオーディエンスもたくさんいましたね。パフォーマンスを撮影したり、それをSNSにアップしたりすることについては、どのようなスタンスでいるのでしょうか?
ルイス:もはや世界がそうなっているので、どうしようもないと思ってる。でも何か新しいことを試す時は、これが撮られていると意識すると怖い部分も感じるかな。だから勇気を出さなくちゃならないけど、でも、もしもオーディエンスが撮影した動画があまり良くないサウンドだったとしたら、それは僕ら自身の責任だと思ってパフォーマンスしているね。
ノウワーというオルタナティブ・ジャズ
——ノウワーとジャズのつながりについて伺いたいのですが、ルイスさんは南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校で、ジェネヴィーヴさんはカリフォルニア州立大学ノースリッジ校で、お2人ともジャズを学ばれていますよね。具体的にはどのようなことを専門的に学ばれましたか?
ルイス:僕はドラムを専攻していたから、その技術的なレッスンが中心だった。でも大学でジャズを学ぶことにした一番の理由は、実は、他の若いミュージシャンたちに出会うためだったんだ。実際、そこで多くの素晴らしいミュージシャンと面識を得ることができた。例えば、サム・ゲンデルもそうだし、ピアニストのエルダー(・ジャンギロフ)やティグラン・ハマシアンもそう。他にもたくさんの、同じような考えを持った若いミュージシャンたちに出会うことができて、それは僕の人生で素晴らしい巡り合わせだった。
ジェネヴィーヴ:私の場合は少し違って、当時はまだ音楽を始めたばかりの初心者だった。だから、まずは音楽理論とか、インプロヴィゼーションのやり方、それに歌のハーモニーの作り方をたくさん学んだ。他のシンガーと一緒にボーカル・ジャズをたくさんやってみたりね。あとはビッグバンドの編曲や、クラシックのアナリーゼの授業もあった。学校はとても好きだったわ。勉強オタクみたいな感じで、たくさんのことを学ぶことができた。
——学生時代に特に研究したジャズ・ミュージシャンはいましたか?
ルイス:たくさんいる。本当に大好きなミュージシャンたち、例えばジャック・ディジョネットやトニー・ウィリアムス、キース・カーロック、それにネイト・ウッドといったドラマーたちに入れ込んだね。
ジェネヴィーヴ:私はマイルス・デイヴィスをたくさん聴いていた。他にもいろいろなサックス・プレイヤーたち、ジョー・ヘンダーソンとかソニー・ロリンズも聴き込んだわ。シンガーでいうとビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーンがやっぱり大好き。実際にソロ・パートを書き起こして譜面にして自分で歌ったりしていたの。とにかく全てを吸収して身体の中に取り入れるという勉強の仕方をしていた。
——ノウワーはいわゆるジャズではないですが、ライブではジャズ・ミュージシャンならではのインプロヴィゼーションの魅力もありました。お2人にとって、ノウワーにおいて、ジャズを学んだからこそできることはどのようなことだと思いますか?
ルイス:一番大きいのはさまざまな種類のハーモニーを使っているところかな。もちろん、ジャズが持つワイルドなエネルギーも出ていると思う。ライブだと特にそうだね。でも、ジャズの歴史をさかのぼっていくと、1920〜40年代に爆発的に流行ったころは、ダンス・ミュージックないしポップ・ミュージックのようなものだと思われていたと思うんだ。だからそれがなくなってしまう必要はない。ジャズは古い音楽である必要はないし、年寄りのための音楽である必要もない。それどころか、エキサイティングで新鮮なものになり得るし、そういった気持ちを盛り上げるためのツールだと思ってる。つまり、ジャズそれ自体にポップ・ソングとしての構造みたいなものがあると思うんだ。
ジェネヴィーヴ:そうね。もちろん、ジャズとポップは完全にイコールというわけじゃない。「ポップ」ということはもともと「人気がある(popular)」という意味だから、ジャズが流行ればそれはポップと呼べるけど。私にとってジャズとポップの違いは、音楽的に言うと、ポップにはないハーモニーやメロディー、リズムがジャズにあるという点。だから、そのバランスはとても大事にしている。かつ、やっぱりインプロヴィゼーションというポップにはあまりない手法を使っている。私たちがノウワーでやっていることは、ジャズの要素を取り入れながら、それをあくまでもポップの構造の中でやっていくということ。
例えば歌詞を大事にしているのもそうだし、ポップならではのメロディーもたくさん使っている。ジャズの奥深さを極めていきつつ、どんどん極めることで逆にシンプルにすることをやっていると言えばいいかしら。シンプルでありながら同時に深みがある音楽。ジャズの持つ奥深さを、理解しやすくてエキサイティングなフォーマットに持ち込みたい。
——いわゆるジャズではないものの、ジャズを抜きには語ることができないような音楽は、これまで取り扱いが難しいものでしたが、今年グラミー賞に新設されたベスト・オルタナティブ・ジャズ賞が、まさにそうしたある意味でカテゴライズ困難なジャズを拾い上げることを可能にしたと思うんです。
ルイス:確かに!
——ルイスさんのソロ・アルバム「Quality Over Opinion」(22)もノミネートされましたよね。ノウワーも同様に、グラミー賞のカテゴリーでいえば「オルタナティブ・ジャズ」と呼ぶのが相応しい音楽ではないでしょうか?
ルイス:うん、そうだと思う。
ジェネヴィーヴ:私もオルタナティブ・ジャズを選ぶわ。
——もしもベスト・オルタナティブ・ジャズ賞がもっと前に創設されていたとしたら、お2人はどんな作品がノミネートしたと思いますか?
ルイス:ニーボディの「Kneebody」(05)。僕は彼らのファースト・アルバムが大好きなんだ。それと、デヴィッド・ビニーはいくつかあるんだけど、「Anacapa」(14)とか、アンビエント寄りの「Where Infinity Begins」(22)とかね。
ジェネヴィーヴ:トム・ギルやチキータ・マジックのアルバムも。
ルイス:(近くに座っていたチキータ・マジックことイシス・ヒラルドに向けて)チキータ、君のアルバムでどれがお気に入り?
イシス・ヒラルド:(照れ笑いを浮かべながら)「Mexico Sexi Time」(22)!
ルイス:それだ!
ジェネヴィーヴ:うん、私も「Mexico Sexi Time」を推すわ。
ルイス:僕も本当に大好き。トム・ギルだったら「Such Is Your Triumph」(11)かな。
ジェネヴィーヴ:あとペドロ・マルチンス。「Rádio Mistério」(23)。
——今挙げていただいたさまざまなアルバムは、どれもサウンドは一括りにできないと思いますが、ノウワーとの共通点を感じることはありますか?
ルイス:そうだね、音楽性は違っているけれど、精神的なところで共通点があると感じる。やっぱり僕たちがこの世界で生きていく上でやりたいことは、こういうことなんだという精神。どれもクリエイティブなエネルギーは同じというか。そういったクリエイティブなエネルギーを生み出すことによって、実際の音楽のクオリティーの面でも、美しさのようなものを持つことができると思うんだ。
PHOTOS:TAKUROH TOYAMA