ファッション

ドナータ・ヴェンダースがレッドカーペットで見せたVHSのアップサイクルドレスとクラフツマンシップ

写真家のドナータ・ヴェンダース(Donata Wenders)が制作に携わっている、ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督作品「パーフェクト・デイズ」が国際長編映画賞にノミネートされたため、夫婦揃って授賞式のレッドカーペットに登場した。その時にドナータが着用していたドレスに注目が集まっている。

レッドカーペットといえば、スターたちがビッグメゾンのオートクチュールやプレタポルテのドレスで華やかに登場するアカデミー賞のハイライト。ドナータが披露したドレスは、光沢素材で立体的に編み込まれたエレガントなイブニングドレスのように見えるが、実はヴィムが手掛けた3作品の映画のVHS(ビデオテープ)を解体し、縄のように編み上げて作られたドレスだ。

このユニークなドレスを制作したのは「クルーバ(CRUBA)」というベルリン拠点のインディペンデントブランドだ。ミラ・フォン・デア・オーステン(Mira von der Osten)「クルーバ」デザイナーは、NYとパリのパーソンズ美術大学でファッションを学んだのち、2009年に「クルーバ」を設立。ヨーロッパ国内から高品質な素材を厳選し、ベルリン近郊にある家族経営の小さな工場で生産を行い、環境に配慮したモノづくりをしており、良心的な価格帯も人気を集めている理由の一つだ。

近年、伝統的なドレスコードを覆す独創的なファッションが見られるようになったアカデミー賞授賞式だが、インディペンデントなブランドがラグジュアリーブランドと共にレッドカーペットで作品を披露することは稀だろう。そんなほんの一握りのチャンスを掴んだ経緯は何だったのだろうか?VHSテープからドレスが誕生した秘話やドナータが着用した経緯など、デザイナーのミラに尋ねた。

WWDJAPAN(以下、WWD):ドナータ・ヴェンダースのアカデミー賞の衣装を手がけることになった経緯は?

ミラ・フォン・デア・オーステン(以下、ミラ):「パーフェクト・デイズ」のストーリーにはカセットテープが登場しますが、まずそこに興味を持ちました。ヴィム・ヴェンダースがカセットテープの存在を物語に美しく織り込んでいて、素晴らしいと思いました。上映後にヴィムとドナータに会い、「クルーバ」でVHSをアップサイクリングしたプロジェクトを進めていることを軽く話しました。その時に冗談で「もし、アカデミー賞にノミネートされたら、衣装を作らせて欲しいという手紙を書くつもりだ」と伝えました。ランウエイにも登場しているヴィムは、きっと「ヨウジヤマモト」を着るだろうと思っていたので、私はドナータに尋ねました。その時、すでに彼女には「シャネル」から話が来ていたそうですが、私たちのVHSのアップサイクル作品を見に来てくれると言ってくれました。

WWD:VHSからドレスを作るというアイデアはどのようにして生まれた?

ミラ:私の名付け親がとても映画好きで、膨大な数のVHSを所有していて「廃棄するのではなく何かに再利用できないか?」とアイデアを求められたのがきっかけです。VHSのテープを「クルーバ」のスタジオに送り、解体してからマイラーテープ(アクリル系接着剤でコーティングされたポリエステル)を取り除き、編み込んだり、織り込んだりする実験を始めました。そこで、VHSテープの素材の耐久性に驚きました。洗濯機で洗っても形が崩れないんです。そこから毒性のあるPVCで作られたラインストーンの代替にできることを発見しました。最も驚いたことはVHSテープの光沢感で、これがアイデアの火付け役となりました。映画に携わるスターのドレスを映画のVHSテープから作るなんて素晴らしいことだと思いませんか?

WWD:制作過程で最も大変だった点は?

ミラ:ドレスを制作する時間に全く余裕がなかったことですね。VHSテープからドレスを作るには、7〜10日間連続で編み続ける必要がありました。その後、編み込んだVHSテープの下にシルクのガウンを縫い付けてドレスとして着れるようにしなければなりませんでした。6人の編み手が10日未満でドレスを完成させましたが、完成までにドナータは3回のフィッティングをしました。また、「パーフェクトデイズ」とのつながりを示すため、少し大きめのカセットテープの形をした3Dプリントのクラッチバッグも同時にデザインしました。これは生分解性プラスチックで作っています。

WWD:ドレスの素材となった映画作品は?

ミラ:ドナータのお気に入りの「Tokyo-Ga」「ベルリン・天使の唄(Wings of Desire)「パリ、テキサス」の3作品のVHSを提供してくれました。

WWD:実際に彼女がアカデミー賞の式典でそのドレスを着ているのを見て、どんな気持ちでしたか?

ミラ:ドナータがドレスを着用した姿を現地からビデオメッセージで送ってくれました。その時に、VHSテープを再生した時に生じるノイズ音を真似しながら「聞こえますか?今、アカデミー賞に向かっています」と言ったんです。それを聞いてとても感動し、現実に起こっていることだと信じることができませんでした。ドレスを着てレッドカーペットを歩くドナータの姿はとても優雅で、完璧に着こなしていて感激しました。ヴィムもその美しい姿に完全に魅了されていることがわかりました。

WWD:メディアからはどのような反響がありましたか?

ミラ:圧倒するほどの反響があり、自分でも驚いています。ドイツだけでなく、他のヨーロッパの国やアメリカ、日本のメディアが次々と取り上げてくれて、ベストドレッサーのリストにも掲載されました。ヴィムも「自分の映画のVHSテープを着るというアイデアに興奮している」とコメントしてくれました。アカデミー賞授賞式が終わった後にドレスをミュージアムで展示したいとオファーも受けましたので、日本やアメリカ、ベルリンでも発表したいと思っています。

WWD:サステナビリティについて思うことは?

ミラ:世界的なサステナビリティのムーブメントの中で、ファッション業界は真の目的を達成するにはまだ程遠い現状です。例えば、レッドカーペットは、著名人やセレブリティと契約している企業が権力を持っているため、革新的なアイデアを持つインディペンデントなブランドやサステナビリティを意識したブランドの作品が披露されることはめったにありません。私たちのようなブランドがセレブリティにドレスを提供する機会は極めて限られているんです。そういった現実でドナータはクラフツマンシップの重要性を信じ「クルーバ」のようなブランドを支援してくれています。今回は、アカデミー賞授賞式のレッドカーペットという貴重な場面を通してスローファッションを多くの人に知ってもらえたと思います。

WWD:ブランドを続ける上で最も重要だと思うことは?

ミラ:私たちは常にファッションを通じたコミュニケーションのために、業界の限界を広げるような新しい方法を模索しています。ファッションは文化と深く関わり、生活にも大きな影響を与えますので、責任のあるデザインを創造することが重要です。ブランドを続けていく中で、ドナータやヴィムのような人物と国境を越えてコラボレーションする機会を得たことはとても光栄なことです。

ドナータ・ヴェンダースが「クルーバ」を選んだ理由

WWD:アカデミー賞授賞式の衣装に「クルーバ」のドレスを選んだ理由は?

ドナータ・ヴェンダース(以下、ドナータ):ミラに会った時にVHSテープをアップサイクルして作るドレスのアイデアを聞きました。その後、彼女のスタジオに行き、解体されたVHSテープの素材の可能性に魅了されたのですが、その時すでに私の体型と個性に合ったドレスを作る準備ができていました。VHSはすでに時代遅れなフォーマットで、普通ならゴミになってしまうでしょう。しかし、ミラはそこからヴィム作品のVHSテープでドレスを作るという素晴らしいアイデアを生み出し提案してくれました。私はそのアイデアに夢中になって、すぐにヴィムの3作品のVHSを提供し、そこからドレスの制作がスタートしました。

WWD:衣服に用いられる生地とは異なり、VHSは硬い素材です。着用するのは大変だったのでは?

ドナータ:VHSテープは光沢があり、硬く見えるかもしれませんが、実際には柔らかくて非常に軽いんです。それに、VHSテープを編み込んだドレスには、形状を保つために重要な役割を果たしますためのアンダードレスが付いているので、着用していても快適に過ごせました。映画のイベントに常に着ていきたいくらいこのドレスが大好きで、一番のお気に入りのイベント用ドレスなりました。

WWD:「パーフェクト・デイズ」では、カセットテープが重要なアイテムとなり、「クルーバ」のドレスではVHSテープが重要な素材となりました。カセットテープのリバイバルやリサイクル、またはアップサイクルする最近のカルチャーについて思うことは?

ドナータ:カセットテープは素晴らしい媒体だと思っています。デジタル世代の若者たちがカセットテープに魅力を感じていることは理解できます。ただ、VHSテープは映画を観るには非常に不向きな素材ですので、ドレスとして使用する方が遥かに良い使い道です。

私は自分の服に手入れをすることが好きなので、デッドストックの生地を再利用したり、ブラウスやパンツ、靴下、ドレス、スカートを修理したりしています。自分たちの手でものを作る方法を知らない人が増えている今、アップサイクルの文化は消費主義社会でアナログとデジタルのバランスを保つために必要な存在です。日常生活でも手仕事は重要ですので、ごく自然に生まれた考え方だと思います。古い材料やものを再利用すれば、新しい価値とも触れ合うことができますので、私はそんな生き方にとても共感しています。

WWD:常にスタイリッシュですが、特にお気に入りのファッションブランドはありますか?また、ファッションでの自分のルールは?

ドナータ:ありがとうございます!嬉しいです。私はヴィムと一緒にいろんな場所を旅しながら仕事や生活をしています。そんな生活を何年も続けていると自分の服が家や隠れ家、そして、友人のような存在になっていることに気付きました。私にとって洋服は身近にある大切な存在です。お気に入りのデザイナーは、ヨウジヤマモトとポール・ハーデンです。そして、今回の「クルーバ」のドレスが私の愛する洋服に仲間入りしました。

インディペンデントなブランドでも世界の舞台に立てる未来に期待

ミラが語るように、今後も「クルーバ」のような小規模展開のブランドがレッドカーペットという晴れ舞台で日の目を浴びることに期待したい。また、各国のミュージアムで展示されることによって、VHSのアップサイクルという斬新なアイデアとクラフツマンシップの可能性が広がっていくことを願う。

「WWDJAPAN」5月27日号はサステナビリティ特集です。「アップサイクル」など、知っておくべき用語について解説しています。

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