文筆家・つやちゃんがファッション&ビューティのトレンドをポップスターから紐解いていく本連載。第2回は2024年を代表するポップスター、タイラ(Tyla)をフィーチャー。タイラは02年1月30日生まれの南アフリカはヨハネスブルク育ちのアーティストで、今年3月にデビューアルバム「TYLA」をリリース。「サマーソニック 2024」で初来日も決まっていて、今最注目のシンガーだ。今回は、タイラの魅力をファッションの視点から分析していく。
世界中がタイラの虜になっている。昨年「Water」の大ヒットで火がつき、第66回グラミー賞では「最優秀アフリカン音楽パフォーマンス賞」を受賞。さらに今年に入って届けられたファーストアルバム「TYLA」で、人気は不動のものになったと言えよう。南アフリカ生まれのダンス・ミュージック“アマピアノ”にアフロビーツやR&Bをミックスした音楽性が新たな風を感じさせるが、本人が「私の表現は音楽だけでなくファッションにも反映されている」と語る通り、そのたたずまいとビジュアルも新たな時代のムードを映し出している。本稿では、“Tyla Vibes(タイラ・バイブス)”とも形容されるその魅力について紐解いていきたい。
“タイラ・バイブス”を作っている人物として、スタイリストのケイティ・キアン(Katie Qian)とリー・トリッグ(Lee Trigg)は重要な存在だろう。中国系アメリカ人のケイティ・キアンは、88risingの面々をはじめとしてサブリナ・クラウディオやティナーシェを担当してきた。特に、「コーチェラフェスティバル 2022」でのコナン・グレイのヴィヴィッドなスタイリングは話題を呼んだ。一方、リー・トリッグはカナダ出身で、シャイガールやクク・クロエといったアーティストを手掛けてきた。両者ともにエッジィでユニークな色・形状使いを得意としており、そういった面ではマキシマリズムな作風は共通しているとも言える。タイラ自身はあくまでエフォートレスで快適なスタイルが好みと語っており、ボディーラインははっきりとしているがそれぞれパーツごとのユニークさが光るスタイリングは、スタイリストの腕と本人の好みがうまくミックスされているように思う。
また、タイラはできるだけ母国の伝統を自身のファッションに取り入れようというスタンスを大切にしている。「私はどこに行くにもアフリカのデザイナーの服を着ることで、母国に力を与えたい。わずかなディテールにも、これは南アフリカのチームなんだと思えるようにね」と語り、同郷の世界的ファッションデザイナーであるテベ・マググを支持。近年はナイジェリアのアイラ・スター(Ayra Starr)やテムズ(Tems)など世界的に支持を集めているアフリカ人ポップスターが増えており、彼女たちのアフリカンな衣装は表現の魅力を構成する1つになっているが、タイラも同様だ。
以上を前提としながら、タイラのビジュアル面におけるどのような点が魅力的なのか、以下に挙げる3つの観点から紐解いていきたい。
1.ボーダーレスなY2K感覚
まず興味深いのは、タイラのファッションがアフリカという出自を起点としつつも、英米や日韓といったさまざまな国の文脈をも感じさせるということだ。加えて2000年前後のフィーリングも取り入れており、そのさじ加減が絶妙。クロップトップ&オーバーサイズボトムス、大ぶりなアクセサリー&チェーンベルトといったコーディネートに、ビヨンセやリアーナに夢中になってきたであろう彼女の嗜好が表れている。さらにはマイクロミニスカートに、グロッシーでみずみずしいツヤ感やカラフルさ・ラメ感が施されたメイクなど、2000年代前半の安室奈美恵を彷彿とさせるようなヘルシー&平成ギャルなY2Kテイストも。TikTokではK-POPのアイリット(ILLIT)の曲に合わせて歌う様子を公開しており、さまざまな国の文化をボーダーレスに取り入れるスタンスがタイラならではだ。そして、そういったY2Kのポップさが、キュートであどけないドール顔の魅力を引き立ててもいる。
2.偶像的なビーナス・イメージ
偶像的なビーナス・イメージは昨今のファッショントレンドをけん引する大きな潮流だが、タイラはその役割を一手に引き受けているような印象がある。まず何よりも、アルバム「TYLA」のアートワークで見せたアーチド・バックな姿が思い浮ぶ。他にもシューティングでは度々官能的なポージングを見せ、往年のビヨンセを想起させるような頭の後ろで手を組む仕草がアイコニック。もちろん、くびれが強調されるダンスも魅力的だ。衣装においても、ボディーを神秘的に包み込むドレープやフリンジ、シアーなアイテムを多用し、女神のようなムードを醸し出す。「メットガラ2024」ではゴールド~ブロンズの色味で構成されたメイクアップも注目を集めたが、そういった高貴なイメージがタイラの偶像的美しさを作っている。さらに、楽曲におけるR&Bのルーツを感じさせる歌唱法も、そのようなイメージを増幅させる。
平たく言ってしまえば、「ボーダレスなY2K感覚」と「偶像的なビーナス・イメージ」は、キュート&カジュアルとエレガント&フェミニン、とも形容できるだろう。つまり、本来なら相反しがちな両者が同居しているのがタイラの魅力であり、しかもそれらがアンビバレントにならずトータルで見事にまとまっているのがさすがだ。
3.軽やかさ、エモーションをかき立てる儚さ
キュート&カジュアルでありながらエレガント&フェミニンでもある——しかし、タイラの魅力はそれだけではない。「Water」を筆頭にすでに昨年からクラブフロアを揺らしているナンバーの数々は、ベッドルームで聴いても気持ちよい清涼感と軽快さを備えている。そして、その心地よさは、同時にどこか儚さすらも感じさせる。ログドラムとコーラスの間をたゆたいながら、物憂げに歌うタイラの歌はエモーションをかき立て、ふわふわした浮遊感を生むのだ。ピンクパンサレス(PINKPANTHERESS)やエリカ・デ・カシエール(Erika De Casier)など、アンニュイで儚さを喚起するサウンドがトレンドをけん引している20年代の音楽シーンにおいて、ジャンルは違えど、タイラも近いムードを感じさせる。
そして、その儚さはビジュアル面にも表れている。アートワークで度々使われる海や水といったみずみずしいイメージ、水が滴るような透明感をたたえるツヤ感いっぱいのメイク。極めつきは、「メットガラ2024」で話題をさらった「バルマン(BALMAIN)」の“砂のドレス”だろう。クリスタルを混ぜた3種の砂で覆われた衣装は、肩にも砂をあしらっていた。その色合いとテクスチャーはタイラのヘルシーでオーガニックな魅力を引き立て、今年のメットガラで最大の賛辞を呼んだ。
水と砂。それらは、儚さの象徴だ。2000年前後のノスタルジーと接続されることで、儚さはより一層の言葉にならない感傷を引き起こす。タイラの表現は、ボーダレスなY2K感覚による親近感、偶像的イメージによる象徴性、それらが衝突しながらも違和感なく同居する中で、儚さを漂わせつつ消えてゆく刹那の1ページを描いている。“タイラ・バイブス”とは、一回性と喪失感が詰まった、私たちが夏に対して抱くような魅力そのものなのだ。