美術館や博物館の展示物をどう見せるかをデザインする「展示デザイナー(EXHIBITION DESIGNER)」について、実は日本では美術館関係者の間でも知る人は決して多くはない。展覧会によっては建築デザイナーやインテリアデザイナーがその役割を果たすこともある。ただ、世界の有力美術館・博物館の大規模展覧会にもなれば、展示構成などの見せ方・見え方で、展覧会自体の評価も大きく変わる。非常に重要や役割を担っているのだ。アドリアン・ガルデール氏は、この分野の世界的な第一人者で、建築家の妹島和世氏が手掛けたルーヴル美術館ランス別館を筆頭に、美術館・博物館大国のフランスやイギリス、イタリア、米国に加え、日本や中国など世界中の有力な博物館・美術館、研究機関、キュレーター、建築家とタッグを組んで仕事を行ってきた。美術館・博物館関係者であれば、ガルデール氏の運営するスタジオの「仕事一覧」を見れば、数々の有力展覧会にその名を刻んでいることに驚愕するはずだ。そんなガルデール氏は、須藤玲子氏の国内外の展覧会の強力なパートナーの一人なのだ。連載の特別編として、ライターの鈴木里子によるアドリアン・ガルデール氏へのインタビューをお届けする。
PROFILE: アドリアン・ガルデール/展示デザイナー
「展示デザイナー」の仕事の内容は?
フランスを拠点に活動する展示デザイナー、アドリアン・ガルデール氏。世界中の美術館および博物館での企画展と常設展、そのいずれも手がける彼は独自の世界観でいきいきとした展示をつくり出す。水戸芸術館のテキスタイルデザイナー・須藤玲子氏の展覧会「須藤玲子:NUNOの布づくり」にも関わったガルデール氏が、来日。展示デザイナーという仕事の役割をはじめ、印象深いプロジェクトや今後の活動について聞いた。
ー展示デザイナーという仕事は、日本ではまだあまりなじみがありません。どんなことをしているのでしょうか。
アドリアン・ガルデール(以下、ガルデール):比喩的な表現をすれば、物語の織り手です。キュレーターや考古学者や美術史家、そしてアーティストが伝えたい内容を、空間に織り込んでいくのが私の役割です。美術館とそれを設計した建築家とキュレーターの間に立ち、展示デザインを行います。また私は、振付師のようなものでもあります。来館者が展示空間においてどう振る舞うかをデザインするのです。展示物を軽やかなステップで鑑賞し続けられるようにするのが大切ですね。展示物と来場者が、いかに楽しくダンスするか。
ー手がける展覧会の分野は決まっているのですか。
ガルデール:分野で狭めることはありません。イスラム美術、ローマ美術、中世、現代、なんでもやります。もちろんテキスタイルも。
須藤玲子氏と関わるきっかけ
ー須藤さんのテキスタイルの展示デザインを行うようになったきっかけは?
ガルデール:米国ワシントンのジョン・F・ケネディー舞台美術センター(The John F. Kennedy Center for the Performing Arts)で行った展覧会「ジャパン!カルチャー+ハイパーカルチャー」(2008年)です。2005年から私は、同センターの国際フェスティバルの展示デザインとアートディレクションを務めています。数週間単位で展示が入れ替わる、スピード感あふれるなかで、玲子さんと彼女が手がけるテキスタイルに出会いました。テキスタイルの展示はそのほかのオブジェクトと性質が異なり、「動的」であることが求められます。いきいきと動いてこそ、テキスタイルの本質が見えてくる。止まっていたら、そこはテキスタイルの「墓場」となってしまう。特に玲子さんのテキスタイルはとてもダイナミックですから、その躍動感を伝えるための展示手法を探りました。
玲子さんと共に、日本の伝統的なテキスタイルの使われ方をリサーチする工程で、鯉のぼりに出合いました。風にたなびく鯉、ピッタリではありませんか!試作を始めて、垂直に吊るしていた玲子さんの案を横にして、群れになって泳いだり飛んだりしている動きを加えて、ヒレなどはなくしてプリミティブなフォルムにして……。そうやって、玲子さんのテキスタイルに命を吹き込んでいきました。
ー鯉のぼりはその後、世界を旅しましたね。
ガルデール:そうです。フランス・パリの国立ギメ東洋美術館(2014年)、東京・六本木の国立新美術館(2018)年、大分県立美術館(2018年)。香港のCHAT(2019年)からは展示の一部となります。そして今回の水戸芸術館。展示空間は会場ごとに異なりますが、鯉の群れが動くという構成はそのままに、新たな鯉が増えたりしています。水戸芸術館では外部空間にも展示があり、鯉が噴水と戯れています。
ー鯉のぼりというオブジェクトによって、テキスタイルにぐっと入り込める。
ガルデール:そうです。私の役割のひとつに、ものの潜在能力を引き出すことが挙げられます。美術館をレストランに見立てると、キュレーターがシェフで、アートワークは食べもの、展示デザイナーはテーブルをセッティングする人ですね。お客である来場者が「ここにいていいんだ」と思いながら、存分に味わってもらうためになにが必要か。それを考えるのが大きな肝です。残念ながら、「ここは自分の場所ではない」と思わせるような美術館も存在します。かと言って「わからないでしょ?」とばかりに大人にベビーフードを与えるのはもっと失礼ですよ。
建築の設計段階から関わることも。「展示デザイナー」という仕事の醍醐味
ー建築の設計段階から、展示空間に関わることもあるのでしょうか?
ガルデール:数多くありますが、妹島和世さんと西沢立衛さんの建築家ユニットSANAAがコンペティションで勝ち取ったルーヴル美術館ランス別館のことを話しましょう。コンペ獲得後の彼らから直接連絡をもらい、美術館すべての展示デザインを任されました。常設展と、ふたつの開館記念特別展です。本館であるパリのルーヴルは、言うなれば百科事典のような存在で、ジャンルごとに分かれて展示されています。対するランス別館は、コレクションの全体を時間軸で切り取るという違いが前提としてありました。また常設展示棟は、奥行き125メートル、幅25メートルという規格外のスケールです。このプロポーションを最大限に際立たせるべく、壁には一切展示をしていません。来場者はこの開かれた空間に足を踏み入れた途端に、5千年に及ぶ美術史が自分を待っていることを察します。来場者が自分で理解する自由、回遊する自由を、私はデザインしました。展示する美術品の配置はもちろんのこと、動線や照明などすべてを俯瞰してデザインすることで、来場者は自分だけの「歴史の織物」を織るに至るのです。このような展示手法はそれまで例がなく、世界の美術館や博物館の展示に大きな影響を与えました。
ー展示デザイナーという立場だからこそ得られる醍醐味ですね。
ガルデール:著名な建築家ノーマン・フォスター氏の率いる建築設計事務所「フォスター+パートナーズ(Foster + Partners)」とは、コンペティションの案から一緒に練り上げました。フランス南西部のナルボンヌに2021年に開館した古代ローマ美術の美術館「Narbo Via」です。長さ76メートル、高さが10メートルあるグリッド状の収納棚をつくり、そこに古代のレリーフを展示しています。レリーフは800近くあり、随時入れ替えが可能です。レリーフによって収納棚は「歴史の壁」と化し、来場者を古へと誘います。壮大な歴史をどう伝えるか、レリーフと対峙して、創造したプロジェクトです。独自のマルチメディアシステムも開発しました。
ー展示デザイナーとして、常に心がけていることは?
ガルデール:美術館や博物館においてもトレンドがあり、10年、20年という単位でそれは変わっていきます。だからこそ、根源的な「要」となるものをつくらないといけない。そこに私的な好みは反映されるべきではないし、それを超えた思考が必要です。また、対象となる素材の性質を知り抜いた上でデザインすることも大事ですね。
ー日本でのプロジェクトはありますか?
ガルデール:「カルティエと日本 半世紀のあゆみ 『結 MUSUBI』展」です(6月12日〜7月28日 東京国立博物館 表慶館)。カルティエと日本、カルティエ現代美術財団と日本のアーティストというふたつの絆をひもとくもので、アートと宝飾を同時に見せました。日本での活動は今後もっと活発にしていきたいと願っています。