PROFILE: シルヴィ・ルガストゥロワ/「シャネル」パッケージ・グラフィックデザイン制作責任者
「シャネル(CHANEL)」の化粧品といえば、光沢のあるブラックのケースにゴールドのリングが輝くリップスティック“ルージュ ココ”や、直線的なラインのボトルに白いラベルと宝石のようなカッティングを施したストッパーが特徴のフレグランス“シャネル N゜5”、手のひらに収まる卵形のフォルムが話題を呼んだハンドクリーム“ラ クレーム マン”など、洗練されたパッケージとグラフィックデザインが思い浮かぶ。そんなパッケージ・グラフィックデザインの制作責任者を務めるシルヴィ・ルガストゥロワ(Sylvie Legastelois)が来日した。ルガストゥロワは9月に入社40年を迎え、「自分の中に、ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)=創業者の魂が宿っている」と語る。メゾンのスタイルとコードを継承しながら、新たな美を追求し続けるルガストゥロワに、デザインのプロセスやこだわり、環境に配慮したデザイン設計について聞いた。
シャネルのアパルトマンはインスピレーションの宝庫
WWD:新商品のパッケージ・グラフィックデザインを考えるときのプロセスは?
シルヴィ・ルガストゥロワ「シャネル」パッケージ・グラフィックデザイン制作責任者(以下、ルガストゥロワ):まずは自分の中でアイデアを探す。長く勤めてきたので、「シャネル」のヘリテージは自分の中に染み込んでいるわ。自分の中にシャネルが宿っているようなものなの。絶対にしないことは、すぐにシャネルのアパルトマンを見に行くことや、ほかのメゾンをリサーチすることね。「シャネル」のパッケージには一貫性があり、ほかのパッケージが新たなアイデアに影響を与えることもある。顧客のニーズとメゾンのコードの両方をリスペクトして、新しいストーリーを紡ぐことを大切にしているわ。
WWD:「シャネル」の多くのクリエイターが訪れるシャネルのアパルトマンはどのような場所?
ルガストゥロワ:アパルトマンは、インスピレーションの宝庫ね。シャネルは前衛的なクリエイターで、多くの象徴的な出来事や出会いを経験した。彼女のアパルトマンは、シンボリックなオブジェで溢れているわ。「シャネル」の香水や化粧品、宝飾品、ファッション......全てがアパルトマンから、つまりはシャネルというクリエイターからインスピレーションを受けている。
WWD:パッケージを制作する上でのこだわりは?
ルガストゥロワ:簡単なことではないけれど、五感の全てにおいて完璧を目指しているわ。視覚はもちろんのこと、ワンタッチ式リップスティックのクリック音など、聴覚も大切。触れたときの質感や、手で握ったときの収まり方など触感にもこだわっている。「シャネル」が生み出した最初のビューティが“シャネル N゜5”だったのだから、嗅覚にこだわっていることは明らかね。味覚はあまりイメージが湧かないかもしれないけれど、リップスティックを唇に乗せたときの快感などをラボで追求している。
WWD:肌をクールダウンしながらマッサージできる回転式アプリケーターを備えた目元用美容液“アイセラム N゜1 ドゥ シャネル”(15mL、1万2980円/レフィル、1万890円)などから、触感を追求している姿勢を感じ取ることができる。
ルガストゥロワ:スキンケアでは、持ったときや肌に乗せたときに注意力が研ぎ澄まされる感覚を特に重視している。もちろん処方が最優先だが、“アイセラム N゜1 ドゥ シャネル”においてはアプリケーターに冷たい感触を与えるメタルを採用し、マッサージできる回転式のデザインにすることで処方の効能をさらに高めようと試みた。リップであれば、チップの素材や形状など、人間の身体工学を考慮して開発している。
WWD:アイパレットやチークの型押しがかわいすぎて、「もったいなくて使えない!」というファンが多いことは、どう考えている(笑)?
ルガストゥロワ:実は私も使えないのよ(笑)。ツイードや花模様など、パウダーに施すデザインは「コメット コレクティヴ(COMETES COLLECTIVE)」やシャネル メークアップ クリエイティブ ストゥディオが手掛けている。美しい彫刻が削れてくると、悲しくなるわよね。保存用を別で買うという声も聞くわ。
“トランテアン ル ルージュ”では鏡張りの階段をガラスのケースで表現
WWD:昨年10月に発売した“トランテアン ル ルージュ”(全12色、各2万5300円/レフィル、各1万1550円)は、ガラスのケースが印象的だ。
ルガストゥロワ:まるで宝飾品のような、最高にラグジュアリーなオブジェを作りたいと思ったの。環境を配慮したデザイン設計で、かつジュエリーのように継承できるから長く使えるという意味でもサステナブル。シャネルのアパルトマンにある鏡張りのらせん階段を着想源に、日本のガラス職人と制作した。
WWD:制作する上での困難は?
ルガストゥロワ:薄くて丈夫なガラスの開発には4年ほど費やしたわ。といっても、“ロー オードゥ トワレット”(50mL、1万6500円/100mL、2万3100円)という新作を発売するフレグランス“ガブリエル シャネル”のボトルの開発には7年かけたから、それほど長くは感じなかったわ(笑)。リップを格納する金属は、最初はゴールドと考えていたが、階段の反射を表現するため最終的にはシルバーを採用した。キャップは、フレグランスのボトルと同じようにマグネット式で、カチッと閉まる快感と音もとことん追求した。マグネット式にすることで、ダブルCのロゴが必ず正面を向くようになっているの。エレガントなデザインで、レフィルの付け替えも簡単。デッサンを描いて終わりではなく、サンプルを作って、実際に手で持ってみて、角やカーブなど細部まで調整を重ねる。「完璧」に限りなく近づけるための時間は惜しまないわ。私たちの周りには「シャネル時間」が流れていると考えているの。
ラグジュアリーな体験とサステナブルなデザインは両立し得る
WWD:パッケージ・グラフィックデザインでは、どのようにサステナビリティに取り組んでいる?
ルガストゥロワ:“トランテアン ル ルージュ”は、リップを格納する部分を金属の単一素材にすることで、リサイクル可能になった。また、“N゜1 ドゥ シャネル”は全ラインの中で特にサステナビリティを意識しており、ボトルのキャップは天然素材で作っている。処方に用いるカメリアオイルの抽出後に残る殻を粉砕してキャップの素材に利用するなど、できるだけ廃棄物を減らすデザインを実践している。
WWD:ラグジュアリーな体験とサステナブルなデザインの両立における困難は?
ルガストゥロワ:多くの挑戦があるけれど、受け身になって「(サステナブルなコンセプトを)仕方なく導入する」というのは私のモットーに反するわ。たとえば20年前にできなかったことを、今どのように実現できるかを考えるのはワクワクする。“N゜1 ドゥ シャネル”では、キャップのダブルCロゴをエンボス加工にすることでインク使用量を削減した。エンボスするときはロゴを少し大きくし、円形のキャップ自体を丸い線として活用するという工夫を思い付いた。“ガブリエル シャネル”のフレグランスは、ボトルに沿った緩衝材を作ることで資源を削減した。シャネルは「必ず前を向いて仕事をする」と言って、競争相手を見るのではなく、未来を見て仕事をするフィロソフィーを伝授してくれた。常に、何か新しいことに挑戦できないだろうかと前向きに取り組んでいるわ。