ナンやカレーでおなじみのインド料理も、それ以外の魅力に触れたことのないという日本人は多いはず。東京・銀座の「スパイスラボトーキョー(SPICE LAB TOKYO)」はそんなインド料理の奥深さを堪能できるレストランだ。
インド出身のテジャス・ソヴァニ(Tejas Sovani)シェフは、コペンハーゲンのレストラン「ノーマ(NOMA)」で研修経験を持ち、ラグジュアリーホテル「オベロイ(OBEROI)」でモダンインド料理レストランの副総料理長兼レストラン料理長を務めた実力派。世界各地で培った柔軟な感性と、確かなスパイス技術を掛け合わせ、前衛的かつ繊細に再解釈したインド料理を提供する。
同店は8月1日、世界の調理技術や日本の食材を取り入れ、メニューをさらにアップデートしたという。試食会で念願の訪問を果たした筆者が、イノベーティブなモダンインド料理の魅力を余すところなくリポートする。同店のメニューにアラカルトはなく、ランチコースは4000〜9000円、ディナーコースは1万2000円〜1万6000円で、ベジタリアンのコースも用意。季節にあわせ、2〜3カ月ごとにメニューを変更する。
期待が高まるコースの始まり
全9品の“シェフズコース”(1万6000円)を試食した。前菜の“マンゴーとスパイスのチャート”は、マーブル模様のふた付きの器で登場。コロンとしたシルエットでマットな質感の器に見とれつつふたを開けると、マンゴーの上には食用花や海ブドウなどが飾られており華やかだ。サクサクとした揚げたシェルと、ねっとりと柔らかなマンゴーの食感のコントラストが印象に残る。続く“トウモロコシとバターミルク カンドヴィのスープ”のカンドヴィとは、ベサン粉(ひよこ豆粉)で作るロールパスタの一種。カンドヴィはむっちり滑らかな食感が特徴的で、ターメリックの効いたスパイシーなスープと合わさり、初めて口にするモダンインド料理の世界に心が躍った。
香りと食感のオーケストラ
クッションを模ったお皿で登場したのは、“インディアンアペタイザーズ”。中央の“ゴールガッパー”は、揚げた小麦のシェル、プーリの中にタマリンドとミント風味のジュースを入れた。そっと持ち上げて口に運び、そしゃくすると、クリスピーなシェルが砕け、爽やかなジュースが溢れ出す。左上の“パプリチャート”は、パプリと呼ばれる揚げた生地にトマトとゴマのチャツネ、キュウリ、ナスを合わせた。サクサクの食感にフレッシュな野菜とスパイスの風味が広がる。右上の“トバタ・マグロ・ドクラ”は、インドの蒸しパン、ドクラにタマリンドとコチュジャンで和えたマグロを添えた。ドクラはケーキのようにしっとりしており、どこか甘く香ばしい。マグロとの組み合わせが絶品だ。左下の“ベビーコーン65”は、赤唐辛子の衣をまとったベビーコーンのフライ。スパイシーな衣がベビーコーンのほのかな甘味とシャキシャキとした食感を引き立てる。右下の“チキンティッカサモサ”は、野菜と豆、チキンティッカを包んだ揚げパイ。小気味良いパイの食感と、鼻を抜ける豊かなスパイスの風味に、インドまで意識が飛んでいきそうになる。
ぜいたく感満載のメーン料理
まばゆい青のお皿で登場したのは、“ズワイガニのドーサと海老のギーロースト”。あまりにも繊細で高級なドーサ(穀物を発酵させた生地をクレープ状に焼いたもの)に圧倒されつつ一口食べてみると、地に足がついたおいしさに安心感を覚えた。続く“白身魚のソテーとマチェジョール”は、ふっくらとした白身魚のベンガル風カレー。プーリという揚げパンに付けていただく。次に登場したのは、インド料理圏では珍しいという生野菜を使ったサラダ“コサンバリ・サラダ”。仕上げのココナッツソルベが斬新だ。“タンドール窯で焼いたサーロイン”は、柔らかく口の中でとろける。タンドール窯とは、ナンを焼くときに使うつぼ型オーブンのこと。余分な油は下に落ち、旨みを閉じ込め、しっとりジューシーに仕上がっていた。グリルしたナスとジロール茸も名脇役だ。
そのおいしさをもう一度確かめに行きたい
料理のラストを飾るのは、“オックステールのハイダラバーディー・ビリヤニ”。ハイダラバードは、ビリヤニで知られるインド中南部の都市で、ハイドラバード風といえば、マリネした肉と米を一緒に炊くのが特徴だ。バスマティライスの驚くほどふわふわと軽やかな食感は、小麦粉を練った生地でふたを作り、しっかりと密閉状態で蒸し上げているからだろう。オックステールは口の中でホロホロとほどけ、華やかなスパイスの香りとともにバスマティライスと融合する。ダルカレーやライタをかけるとさらに奥行きが広がり、舌鼓を打った。これまでに食べたビリヤニの中で間違いなく1番おいしかった。
デザートは、“マンゴーシュリカンドのミルフィーユ”と“カボチャと味噌のアイスクリーム”。シュリカンドはインドの伝統的なデザートの1つで、水切りしたヨーグルトに砂糖を加え、カルダモンやサフランで香りを付けたもの。後者は、カボチャそのものの味わいを生かした繊細な甘みと、なめらかな口溶けが印象的だった。昨今、海外を中心に感度の高いレストランやカフェで味噌を使ったデザートや焼き菓子をよく見かける。味噌を加えることで、キレのある塩味と香ばしさが加わり、味に奥行きが出るので、個人的には注目している。
メニューだけじゃない、「行きたい」と思わせるコンセプト設計
インド料理のコースを食べたことがある人はあまり多くないと思うが、土着の調理法やスパイスで素材の魅力を引き出していく考え方はユニークで、なじみのあるイタリアンやフレンチなどのコースとはまた違う魅力があった。また筆者は、「スパイスラボトーキョー」のリニューアルをサポートしているトランジットジェネラルオフィス(以下、トランジット)のほかのレストランも、もともと“行きたいリスト”に入れていることが多い。きっとこれは偶然ではなく、「行きたい」「食べたい」と思わせるメニューや空間、コンセプトなどの設計がうまいのだろう。
店名に「ラボ」と入っている意味についてソヴァニ=シェフに聞くと、「イノベーティブな技術を取り入れてメニューを開発しており、常に実験を続けているから」とのこと。「世界各国のキッチンで、物事がどのように動いているかを学んだ。日本、特に東京の料理の基準はとても高いので、オファーをもらい、挑戦してみたいと思った」と続ける。
新しいメニューの着想源は、「季節と旅行。日本には明確な四季がある。ここ4年間は、四季を適切に理解することに費やした。そして、国内外問わず旅行先でレストランに行くと、その地特有の食材や調理法などからインスピレーションを受け、それを自分の料理でどのように生かせるかを考える」と語る。「ラッサムというトマトのスープは、昆布とウナギの骨を加えることで奥深さと旨みを増強した」といい、自国の料理に日本の食材や調理法を掛け合わせることで日本人の舌にもなじみやすく、かつインド料理に革命をもたらしている。
試食した“シェフズコース”では、5種の前菜を盛った印象的なクッションのお皿をはじめ、食器の選び方や盛り付け、お酒とのペアリング、ゆったりとした空間設計、インテリアなど、細部までこだわり抜いた食体験に拍手喝采を送りたくなった。今後も、トランジットが携わるレストランと、ソヴァニ=シェフが生み出す創作性に富んだメニューから目が離せない。