ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回はビジネススーツの市場を検証する。コロナを経て職場のカジュアル化がますます加速しているが、大規模なリストラを断行した青山商事とAOKIホールディングスの復活が伝えられている。両者の決算データをもとに細かく分析してみた。
今春の賃上げが33年ぶりの高水準となって6月の実質賃金もボーナス効果で27カ月ぶりにプラスに転じ、コロナでダメージを受けた紳士スーツ需要も復活が伝えられるが、果たしてスーツ需要は本当に復活しているのだろうか。青山商事のビジネスウエア事業とAOKIホールディングスのファッション事業を軸に検証してみた。
販売着数の減少は止まっていない
青山商事のビジネスウエア事業の2024年3月期売上高は前期から4.7%、AOKIのファッション事業も同5.8%、スーツ売上高も前者は6.6%、後者も4.8%伸びたが、一着単価が前者は31764円と10.3%、後者も27800円と7.3%上昇したゆえで、販売着数は前者が117.4万着と3.3%、後者も85.3万着と2.4%減少している。コロナ前の19年3月期比では、青山商事のビジネスウエア事業の売上高は69.6%、AOKIのファッション事業の売上高は89.8%、スーツ売上高も前者は66.5%、後者も74.6%にとどまり、販売着数は前者で57.3%、後者も68.4%にとどまるから到底、復活と言える勢いではない。
直近の25年3月期1Q(4〜6月)も、青山商事のビジネスウエア事業の売上高は前年同期から横ばい、AOKIのファッション事業の売上高は3.3%伸びているが、スーツ売上高は前者で5.8%、後者でも2.1%減少している。一着単価は前者で3万3436円と6.8%、後者も3万100円と2.7%上昇し、販売着数は前者で21.9万着と11.8%、後者も14.9万着と4.7%減少しているから、「紳士スーツが復活している」と言える状況には程遠い。
家計消費に見るビジネスウエア(紳士スーツ、ワイシャツ、ネクタイ)支出も23年は21年の大底から22.2%回復したものの、19年比では73.9%、00年比では33.3%と凋落が激しい。23年のスーツ(背広)購入金額は19年の81.4%、単価は3万8680円と20年の大底から9.2%上昇して19年からも2.7%上昇しているから購入数量は19年の8掛け弱(勤労世帯で78.6%)になったが、青山商事のビジネスウエア事業はもちろんAOKIのファッション事業もその水準をかなり下回る。
23年の業界の推計販売着数は19年の69%ほどに落ち込んでいるから、家計消費の背広購入着数の19年比8掛け弱という水準とは乖離がある。その差は紳士服業界と消費者の「スーツ」認識のギャップに起因しているのではないか。
青山商事のビジネスウエア事業もAOKIのファッション事業も「スーツ」と規定しているのは既製テーラードスーツであり、近年急増しているアクティブスーツ(機能性合繊のビジネスセットアップ)は「軽衣料」(カジュアル)に分類しているが、家計調査ではアクティブスーツも少なからず「スーツ」と認識されていると推察される。「伝統的なテーラリングこそビジネススーツの本道であり、カジュアルの生産ラインで量産されるアクティブスーツはトラックスーツ(ジャージの上下)と大差ないカジュアル商品」という紳士服業界の認識は消費者の認識とはかけ離れているのではないか。
紳士向け既製スーツ市場の実勢
紳士向け既製スーツの供給量は財務省貿易統計の輸入数量と経済産業省工業統計の国内生産数量から統計的に掌握できるが(輸出量は皆無に近い)、販売数量は小売各社の分類基準や集計・推測方法によって幅があり、大枠の推移しかつかめない。以下は業界の断片的なデータから私が推計した推移であり、当たらずとも遠からずと受け止めていただきたい。
紳士既製スーツの販売着数ピークは1992年の1350万着だった(供給総量は1937.2万着)と言われるが、バブル崩壊以降は年々減少し、リーマンショック以降は700万着を割り込んだ。景気が上向いて回復する年があっても長期的な減少基調は変わらず、コロナ前19年は消費税増税で500万着を割り込み(推計480万着)、コロナに直撃された21年は320万着(供給数量は545.4万着)まで落ち込んだと推計される。スーツ売上高は多少回復しても一着単価が上昇しているから販売着数の回復はわずかで、23年も330万着程度(供給数量は710.7万着)にとどまったと推察される。
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