PROFILE: 佐久間宣行/テレビプロデューサー、ディレクター、演出家、ラジオパーソナリティー、作家
テレビプロデューサー佐久間宣行の新刊「ごきげんになる技術 キャリアも人間関係も好転する、ブレないメンタルの整え方」(集英社)には、仕事や人間関係の悩みにどう向き合えばよいのか、その対処法がロジカルかつ親身に書かれている。前職テレビ東京の社員時代には「毎日のように相談を受けていた」という佐久間は、多忙を極めるテレビ業界に身を置きながら、いかにして心身の健康を保つことができたのか。また、佐久間自身の仕事論についても掘り下げる。
——本書では数々の具体的な悩み相談に応えていますね。
佐久間宣行(以下、佐久間):この10年くらい、本当にメンタルと人間関係の相談を受けることが多くて。それに応え続けていくうちに、自分の中である程度、分類や傾向も含め、回答が言語化できるようになり、かつ実際に役に立ったと言われるものがわかってきたので、それを広く共有できたら助かる人が多いだろうなと思い、本という形でまとめました。
——悩み相談の相手として選ばれるのは、ご自身のどういった面に適性があると思いますか。
佐久間:何に対してもまず言語化して考えるタイプだからでしょうね。僕は最初から感性で動いたりしないので。ロジカルに考えるだけ考えたあと、最後に感性に従うタイプ。あとは僕自身が48歳になって、加齢に伴う悩みにも実感を持つようになってきたし、それなりに仕事のキャリアや人間関係を築いてきたことで、いろんな人も見てきたし、経験値も増えたってことだと思います。
——悩みを相談されることが多くなったのは、会社を辞めてフリーになってから?
佐久間:いや、むしろ会社員時代なんて毎日ですよ。30代は特に、メンタルを壊したディレクターがみんな僕のところに悩み相談に来ていました。
——相談に応えるときに、心がけていることはありますか。
佐久間:根底にあるのは、相手のことを分かった気にならない、ってことですね。悩み相談と一口に言っても、当然いろんなパターンがあるわけで。ものすごく深刻な場合もあれば、それほど悩んでいるわけじゃなく、ただ愚痴を聞いてほしいだけの場合もある。それを見極めるのも大事かなと思います。そのうえで、愚痴の場合は解決方法があるわけではないので、ひたすら聞くだけ。深刻な場合は、なるべくロジカルに、感情的にならないように言語化して、具体的な解決方法を探る。
——悩みの種類としては、どんなものが多いなどの傾向はありますか。
佐久間:結局のところ、人間関係が多いですね。嫌なやつがいる、みたいなレベルのものから、自分の能力が発揮できない、努力を認めてもらえない、といったものまで。僕がテレビ局のADだった頃の定番、寝れない、帰れない、殴られる、キツすぎる、といった時代からは大きく変わりました。むしろ今の時代は、ADは働き方改革で守られているけど、ディレクターは自分の裁量でどうにかしないといけないので、ディレクターの方が徹夜したり、キツい働き方をしてますよ。だから悩み相談もADよりディレクターの方が多いくらい。
——中間管理職ならではの悩みですね。
佐久間:リアルでしょ。一方の若いADからの悩みは、同世代の20代がYouTubeとかTikTokで活躍しているのに、自分はまだ雑用みたいな仕事しかやらせてもらえない、みたいなタイプの相談が多い。これはテレビ業界に限らず、どの業界でもある、今の時代っぽい悩みですよね。若い人ほど、早く結果を欲しがるし、自分がみじめな気持ちになると心が折れがち。SNSで加工されたきらびやかな情報がどんどん入ってくるので、そこと比べちゃって、自分のみっともないところを認められない傾向があるのかなと思います。
SNSでのジャッジは人生の限られた大事なリソースを失っている
——今の時代っぽいということでは、本書の中で印象的だったのが「世間も友人のこともつい批判的に見て、結果自己嫌悪する自分がいます」というお悩み。
佐久間:批判グセのある人からの相談ですね。人間が1日に何かをジャッジするには限界があるんだから、そのエネルギーを自分のことに使いましょうって答えました。SNS でニュースや投稿にコメントをつけたり、コメントはつけずとも、いちいちジャッジするクセがついてる人は多いと思いますけど、あれは人生の限られた大事なリソースをだいぶ失ってますよ。
——佐久間さんは、自分の名前や番組名でのエゴサーチはしない?
佐久間:番組名はします。でもそれで一喜一憂することはなくて、反響や手応えを確かめるため、というか。番組を観てわざわざSNSに感想を書くって、だいぶ限られた人たちの行動ですよね。一言「おもしろかった」とか「つまんなかった」ならまだしも、長文の感想ってなると、かなり一部の意見ですから。
そもそも、不特定多数の人たちに届けるということは、誤解されることが前提なので、そこに振りまわされるよりは、原点に立ち返って、半径数メートルの人たちに親切に接することの方が今は大事かなと思っています。
——裏方の制作者ではなく、出演者としてメディアに出たときも、SNSの反響は気にしない?
佐久間:そこまで気にしないですね。自分が出演する場合は、基本的に職能を求められて呼ばれた場合に引き受けていたんです。テレビについて解説したり、おすすめのエンタメを紹介したり。
ただ、ここ何年かは、直接的には職能じゃない役割でオファーが来ることもあって、分かりやすいところだと「オールナイトフジコ」(フジテレビ)のMCですよね。でもそれだって、当たり前ですが、芸人のように場をおもしろく盛り上げることなんて自分にはできないので、MCという立場ではありながら、目線はディレクターだったりプロデューサーのつもりで、出演するフジコーズたちのいいところや伸びしろを見つける役割、というふうに考えるようにしています。そう考えると腑に落ちるから。自分の中で腑に落ちないと仕事は進まないですよ。
——一方で、演出やプロデューサーなど制作者としてのオファーが来た場合、受ける受けないの基準はあるのでしょうか。
佐久間:自分のタイプとして、ユーザーとしての体験がないと、芯をくったものは作れないと思っているので、あまりにも自分が接していないメディアや分野の仕事は、積極的にはやらないようにしています。マーケティングとかで理論武装することはできるけれど、プラスで愛着なり思い入れがないと、ちゃんとしたものは作れないかな。
めっちゃ機嫌がいいときと、めっちゃ機嫌が悪いときは、人と会わない
——佐久間さんが誰かに悩みを相談することは?
佐久間:一切ないですね。誰にも相談しません。会社を辞めるときでさえ、自分で決めてから「辞めようと思います」って、周りに言いましたから。あ、でも強いて言えば、解決のために相談のフリをすることはあります。上司なり決定権を持っている上の人に、ここをこうしたいんですけど、どうにかならないですかね……みたいな。その時点でもう答えは見えていて、解決のために、悩み相談という形で話を持ちかけることがベストだな、という判断です。
——本書には、体調やメンタルが不調になりそうなタイミングを客観視できるように、「スケジュール帳に簡単なメモ程度の日記をつける」と書かれています。
佐久間:メモ程度の日記をつけ始めたきっかけは、新卒でテレビ局に入社して激務をこなす中で、「これはメンタル折れる」って実感したときに、自分自身の傾向を知らないと対策も打てないな、と思ったんです。そのために、起きたことや感情が動いた出来事くらいはメモしておこうと。
メモがあると、だいたいの傾向が分かるし、もし何かあった時の証拠にもなる。特に20代は、そのメモがすごく役に立ちました。それで自分の傾向がある程度分かったあと、30代の中盤くらいからは、企画とかのアイデアをメモするときに、軽く日記的なものを書くぐらいになって。「LIGHTHOUSE」(Netflix)で若林(正恭)君と星野(源)さんが書いていた「1行日記」の企画は、ここが元ネタです。
——対人関係において、ご自身で気をつけているところはありますか。
佐久間:めっちゃ機嫌がいいときと、めっちゃ機嫌が悪いときは、人と会わないようにしています。そこは徹底して。あまりに機嫌いいときに人と会うと、調子に乗って自慢話とかしちゃいそうなので。それって機嫌が悪くて八つ当たりしちゃうのと同じくらい害悪でしょう。
あと僕の場合、何でもロジカルに考えるので、注意したりするときも、感情的に怒ったりはしないのですが、そのせいでズバッと言ってしまうことがある。そこは常に気をつけてます。いくらロジカルといっても、人に説教をするときの快楽っていうのはどうしてもある気がするので、注意するときはなるべく短い時間で的確に、大勢の前では避ける、笑いになりそうな伝え方にする、もし長くなりそうだったらメールなどの文面で伝える。文面で伝えるっていうのは、相手にとってわかりやすく、ということだけじゃなく、自分へのリスクヘッジでもあるんですよ。コピペされて拡散されても大丈夫な伝え方にするっていう。
——管理職、向いてますよ。
佐久間:正直、向いてると思います。ただ、さっき話題に上がった、ジャッジには限界があるという話にも通じますが、会社員で管理職をやっていると、管理業務のジャッジだけで限界がきちゃうので、自分が担当する制作の方まで頭が回らない。自分の希望として、クリエイティブなものづくりは続けたかったので、管理職に就く前に会社を辞めたんです。
ハラスメントをしないことを“我慢”だと思っている人は危ない
——40歳を過ぎた“中年”が抱える諸問題についても、本書には対策が書かれています。
佐久間:中年の問題は切実ですよ。実際に僕の周りでも、職を失っている人、いますからね。誰しも中年ゆえの悩みや問題は発生するんだけど、それに対処できる人とできない人の差が激しいんだと思います。対処以前に、中年だからこその有害性、自分のハラスメント気質とかに気づいてない人も多いですし。
——問題に気づいていない、というのはかなり厄介ですね。
佐久間:自らの有害性に気づいていない中年の特徴の一つに、「なんで自分がこんなに我慢しなきゃいけないんだ」と感じている、というのがあります。セクハラにしてもパワハラにしても、ハラスメントをしないことを“我慢”だと思っている。部下や後輩を怒鳴らないことも“我慢”だし、人に気を遣ったり丁寧に接することも“我慢”だと。
そう思っちゃっている人は、目上の人やクライアントとかの前では“我慢”しているけど、目の届かないところでは普通にハラスメントをしがち。でもそういう情報って結局は伝わってくるので、まぁ雇えないですよね。
——本書では「中年を救うのは『教養と人柄』」と書かれていました。
佐久間:センスだけで勝負して、ひたすらヒットを飛ばし続けられるのは、天才だけですから。僕が「教養と人柄」が備わっていると感じるのは、伊集院(光)さんと東野(幸治)さんかな。
あと、具体例で分かりやすいのはバカリズム。いまや脚本家として立派な功績を残しているけど、あの手法はベテランの経験値や技術があってこそ。笑いの筋力はどうしたって加齢とともに衰えていくんだけど、それまでに培った経験値や技術を別のジャンルで発揮すると、すごく新鮮に映る、という。お笑いの最前線ではなく、ドラマという別ジャンルだからこそ光る笑いの技術を、バカリズムは見せてくれました。男性と女性のセリフをわざとらしく書き分けたりしない、というのも発明ですよね。
世の中に面白いものが増えてほしいだけ
——今振り返って、これほど長く仕事を続けられた要因はどこにあると思いますか。
佐久間:一つあるのは、自分が若かった頃に、まだそれほど売れていなかったバナナマンや劇団ひとり、おぎやはぎやバカリズムといった人たちの企画を出し続けていたから、というのがすごく大きいです。オードリーや千鳥の冠番組を企画したのもそうだし。
もしあの頃、すでに人気もあって、第一線で活躍している人の企画ばっかり出していたら、こうはなってない。旬な人に憧れたり、一緒に仕事をしたいと思う人が多いのは分かるんだけど、よっぽど特異点がないと、そこに継続性はあんまりないんじゃないかな。
——若い頃と比べて、モチベーションも失われていないですか?
佐久間:40代も半ばを過ぎて、この先も仕事を続けていくことのモチベーションがどこにあるか、っていうのを改めて考えたときに、もう業界で有名になりたいとか活躍したいとか、なんなら、面白いものをつくりたいですらなく、自分が面白いと思うものが世の中に増えれば楽しいじゃん、っていうところに行き着いたんですよ。そのくらいのモチベーションじゃないと頑張れない。
だから、自分が関わるどの番組でも、根っこにあるテーマは、世の中にある面白いものや人を紹介すること。それは自分が楽しく人生を送るためでもある。なので、紹介された方は恩義を感じたりしないでほしいんです。紹介することで、世の中に面白いものが増えてほしいだけなので。恩を感じられると、かえって仕事を頼みづらくなっちゃうし。
——この超情報化社会、あらゆるジャンルにおいて、コアなファンはどんどんマニアックになっていき、よりハイコンテクストなコンテンツを求める傾向があると思うのですが、そのあたりはどう向き合っていますか。
佐久間:お笑いやバラエティー番組の場合、何かをフリにしても、そのフリ自体が笑いになってしまうんですよね。お笑いをフリにしてお笑いをつくるって、すごく狭い世界に閉じこもるというか、どんどん自家中毒っぽくなっていくんですよ。自家中毒のまま、いい番組をたくさんつくるのは、よっぽどのカリスマ性がないと続けられないでしょうね。
それに、自分の年齢を考えたときに、今でもお笑いは大好きですが、その最前線で常にフレッシュなものをつくり続けるのはかなり厳しい。それだったら、知見や経験を生かした50代にしかできないやり方を模索した方が、自分としても楽しい、というのはあります。
分断が進み、マルチユースが通用しない時代に
——佐久間さんが手掛ける数々のコンテンツにおける、ファンや視聴者の重なり、あるいは分散については、どう見ていますか。
佐久間:一部重なる部分もありますが、全体としては、それぞれでまったく違う、と言った方がいいでしょうね。YouTubeだけを見ても、「佐久間宣行のNOBROCK TV」とサブチャンネルでは視聴者層がまるで違う。サブチャンネルは僕自身がメインで出演しているので、そこが「佐久間宣行のオールナイトニッポン0」と一部重なる部分です。
あとは、例えば「ゴッドタン」のファンが「NOBROCK TV」も観ていると、よく勘違いされるのですが、実態はそうではない。YouTubeのアナリティクスを見ると、この90日間で「NOBROCK TV」が観られた地域の1位が大阪で、2位が北海道でした。
もちろん、出演者や企画によって変動はしますが、「ゴッドタン」の視聴者が東京を中心とした関東圏であることを考えると、「ゴッドタン」と「NOBROCK TV」の視聴者層は違うんですよ。
とはいえ、YouTubeは人気や傾向のタームがどんどん変わっていくので、そこに追いつくのはかなり大変ですけどね。
——直近でいうと、どういった傾向があるのでしょうか。
佐久間:一つ前のタームでは、毎日更新するくらいの頻度が求められ、習慣化とファンダムを形成することが大事でしたが、ここ最近は、質の低いコンテンツを次々にアップするくらいなら、頻度を下げて質の高さを求めた方がいい、という傾向になっています。2回連続でつまらないと思われたら、視聴数が7割減とかになってしまうので。あとは、毎日更新を課したゆえの事故や事件も多くなり、そのリスクとダメージがあまりにも大きい。
——一定の知名度さえ獲得すれば、複数のメディアやプロジェクトにまたがっても、ある程度の人気は確保できる、ということが難しい時代になりましたよね。
佐久間:一昔前なら成功していたマルチユースみたいなことは、もう通じなくなりましたね。どのメディア間でも分断が進んでいる。なので、今はそれぞれのメディアやプラットフォームにあわせて、一つひとつロジックや戦略を組み立てる必要があり、その手間はだいぶ増えました。
“人気”ということについても、企画や内容の面白さが支持されているのか、それとも、出演者の人間に魅力を感じているのか、それによって数字の出方も変わってきますから。要は、企画で勝負しているコンテンツは、企画ごとに数字のばらつきがあるけれど、その人自身にファンがついている場合は、あまり内容に左右されず、一定の数字を得やすい、とか。
——この先、一緒に仕事をしたいのは、どういう人でしょう。
佐久間:まだ見せてない武器を持ってる人、ですかね。本当はいいものを持っているのに、ちゃんと出せていないような人に、一緒に仕事をすることで発揮してもらいたい。その武器を見つけて、うまく生かしてあげるのが僕の仕事ですから。別の角度でいうと、常に変わり続けている人。キャリアを重ねていく中で、最初に出てきた時のキャラクターや作品とは違うところへどんどん変わっていく人とは仕事したいですね。
POTOS:TAMEKI OSHIRO
「ごきげんになる技術 キャリアも人間関係も好転する、ブレないメンタルの整え方」
著者:佐久間宣行
2024年7月26日発売
価格:1540円
装丁:四六判/192ページ
出版社:集英社
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-788099-1