PROFILE: MIHO/ネイルアーティスト
WWD:ロサンゼルスでネイルアーティストとなったきっかけを教えてください。
MIHO:専門学校卒業後は東京のネイルサロンに勤めていたのですが、そのサロンの海外出店がきっかけです。元々、海外でネイルアーティストになるのを志していた訳ではないのですが、ロサンゼルス店の立ち上げメンバーに指名された時に勢いで挑戦することにしました。東京のサロンに勤めていて自分の伸びしろの限界を感じていたし、「ロサンゼルスでオープンって超未知じゃん!」と思って飛び込みました。その立ち上げたサロンが目立つストリートに出店したことや、当時日本のネイルアートが注目され始めていたことが追い風となって口コミが広がり、セレブリティーたちが来店してくれるようになりました。最初はケシャ(Ke$ha)やカイリー•ジェンナー(Kylie Jenner)等が来てくれたかな。そこで2年ほど働いた後に、「人生1回しかないし、自分の実力を試してみたい!」と思ってそのままロサンゼルスで独立したのですが、引き続き自分の店に来てくれるお客さまがいて嬉しかったのを覚えています。
ギャラ“0”から積み上げたキャリアでレディー•ガガのMV撮影に携わる
WWD:雑誌や広告撮影などの仕事にはどのように結びついていったのですか?
MIHO:最初、お金は出せないけれど雑誌の表紙撮影のネイルをやってくれないかと言われて、フリーで数をこなしていました。それをインスタグラムに投稿していったら、履歴が積み上がって、仕事が広がっていったという感じです。今では撮影で「MIHOに言ったらなんとかなる」っていうポジションになりつつあって、ありがたいことに「MIHOを呼ぼう」みたいな安心感を持ってもらっていると思います。
WWD:広告撮影の中で現場での印象的なエピソードはありますか?
MIHO:レディー•ガガ(Lady Gaga)とアリアナ・グランデ(Ariana Grande)がコラボした”rain on me”という曲があるんですけど、そのMV撮影ですね。衣装がピンクでガチャガチャして派手な感じだったんですけど、ネイルは黒でめっちゃシンプルがいいって言われてたんですよ。でも、「ゴリゴリだからゴリゴリじゃね? こんな派手な衣装なのにネイルが黒だけかよ!」と思ったので、3パターンぐらい作って「第一本命は派手なピンクのネイルなんだけど……」という感じで派手なネイルを見せると「これにする!」って一番ガチャガチャなネイルを選んでくれました。この衣装とセットと音楽だったらと思って提案したら、めちゃくちゃ映えてよかったこともありました。
セレブからリピートされるMIHOさんのクリエイティブのポイントはどこにあると思いますか。
MIHO:みんなに驚かれるのは、どんな撮影でもネイルを“現場”で作ることです。他のネイルアーティストは前もって準備していく人が多いんですけど、色や素材の見え方は現場でないと分からないし、何を使うかも当日に変わるので、撮影に行ったらまずスタイリストのところに行ってその日の衣装候補を見て、ヘアメイクにはどんな色が使われるのか確認します。現場でありったけのインプットをして、超スピーディーに作っています。そのほうがクリエイションの面で効率的だし、インスピレーションをそのまま落とし込んだフレッシュな作品を作れます。撮影は生ものなので臨機応変に対応できる能力と、瞬発的にデザインを起こせる能力が他の人よりも長けているのを評価されているのかもしれません。
目指してきたのは「ネイルアーティストの地位向上」
WWD:元々セレブリティーのネイルを担当する目標があったのですか?
MIHO:全然なかったです。むしろそういう海外セレブやアーティストに疎い方で。でも、海外でネイルアーティストとして活動するにあたって“ネイルアーティストの地位向上”を目標に仕事をしていたので、影響力が大きくて、評価が直結しやすい彼女たちに必要と思ってもらえる存在になればなるほど、必然的に目標になっていきました。彼女たちと関わることで、“ネイル”がかっこいい武器になるんだっていうのを見せることができると思っています。
WWD:ネイルアーティストの地位向上とは具体的にはどういうことですか?
MIHO:ネイル業界全体のボトムアップです。ネイルアーティストの収入やイメージを上げることで業界を変えたい。そのためのアイコンが必要なので自分がその役割を担おうと思いました。だから独立後は、お店に出向くレベルではないセレブ層に向けたネイルとより尖った表現が必要なことに気付きました。そのニーズを考えた時に、「今からネイルをしたい」というセレブたちの急なオーダーにも対応できるよう、時間をコントロールする必要がありました。いつでも対応可能な時間を確保する代わりに客単価を上げる方針に変えたんです。それがハマり、客層が変わっていきました。
WWD:撮影現場などで地位が向上したと感じることはありますか?
MIHO:元々アメリカのネイルサロンは爪を切るだけのような場所だったんです。それに、アメリカではネイルアーティストのことを、マニキュリストもしくはネイルテックって呼ぶんですよ。このネーミングが良くないって思って、当初から自分のことを「ジャパニーズネイルアーティスト」って呼んでいたんです。それを続けていたら定着してきて、今では撮影現場の表記が「ネイルアーティスト」に変わりました。この名前は私たちが作ったという自負があるほどです。
印象的なのは、レディー•ガガの「ドン・ペリニヨン(DOM PERIGNON)」のキャンペーン撮影です。YouTubeのメイキング動画で関わったヘアやメイクアップアーティストと共に自分のインタビュー動画も公開されました。それまで、ネイルアーティストが他のスタッフと横並びに語られることは少なかったと思うので、撮影現場でネイルアーティストの地位向上に貢献できて嬉しかったです。
他にも、かつて「マニキュアリスト」だけだった業界が「ネイルアーティスト」の世界になって、ネイルをかっこいいと思って憧れる子たちが増えてきました。ギャラについても有名なネイルアーティストと「うちらがギャラをあげなくてどうすんの!」って話をして、みんなで底上げしようと挑戦しています。アシスタントも潤うという目的を持って続けてきた結果、その輪が広がった感じがあります。この10年でアメリカでのネイルアーティストの地位を上げることができたと思っています。
世界で活躍するネイルアーティストが思う日本のネイル業界の問題点
WWD:MIHOさんからみた日本のネイル業界の課題は何ですか?
MIHO:日本を出て10年が経って、ネイル業界はあまり進化していないと感じます。むしろ価格競争が加速して、ネイルアーティストが以前よりも厳しい状況にあることに驚きました。私は海外でジャパニーズネイルアートが評価されていることや、日本人だから信用された点で得をしたことも多いので、日本のネイルアーティストがこんなに稼げてない状況に危機感を覚えました。客数には限りがあるので、低価格を競い合って……意味が分からない状態になっている。次は、ここから10年をかけて国内のネイルアーティストの地位を上げようと考えています。
WWD:たとえばどんなことを?
MIHO:まず、ネイルを継続する顧客を増やしたい。ヘアメイクは継続的に施術を受けるわりにネイルだけ続かないんです。爪が痛んだり、時間がかかったり、自分でネイルを落とすことが困難だったり。そんな悩みを解決するような商品を開発しています。溶剤にアセトンなどのケミカルな成分も使わず、爪の表面を削る必要もないので、通常30分程度かかってしまうネイルのオフを5分で終わらせることができて、なんなら自分でできるという商品です。
これで施術時間を短縮できて回転率を上げることが可能になります。ただ、ネイルアーティストは客数を増やすことよりも、高い技術を提供しているという自信を持って価格を上げてほしいです。日本のネイルアーティストは予約を埋めることにとらわれすぎていると思います。予約が埋まったからといって技術を評価してくれているわけでも、一人ひとりの悩みを解決しているわけでもない。客数が多いことだけの自己満足です。そういった課題を自分の活動を通して解決したいし、日本のネイル業界の改革につなげていきたいです。