PROFILE: ユン・ソンホ/脚本家、演出家、監督
第5次と呼ばれる韓流ブームが到来している。もはや韓流は一過性のブームではなくスタンダードであり、日本のZ世代の「韓国化」現象にも繋つながっているのは明白だ。その韓流ドラマ人気をけん引してきた1つが韓国ドラマ。本企画では有名韓国ドラマの作品の脚本家にスポットを当て、物語の背景やキャラクター、ファッション性に至るまでの知られざる話などを紹介する。
Vol.6は、ユン・ソンホ。代表作「こうなった以上、青瓦台に行く」(以下、「青瓦台に行く」)は政治を風刺したブラックコメディ。同作は2021年に韓国のVODストリーミングサービス「ウェーブ(waavve)」で公開され、シネ21誌で「今年を輝かせた作品」第1位に選ばれ、第58回百想芸術大賞では作品賞、演出賞、脚本賞、助演男優賞の4部門にノミネートされた。ユニークでありながらも、憎しみを生まない作風に定評があるソンホに、予想外な展開のモノ作りの裏話、風刺作品についてや影響を受けた日本の映画やドラマまでを尋ねた。
――脚本を書く際、現代社会の不安を煽るような言葉を避けるなど意識していることはありますか?
ユン・ソンホ (以下、ソンホ):誰かを傷つけるような作品にならないために意識していることの1つは、言葉の使い方に基準を設けることです。刺激的な表現を多用しないように気をつけています。
一方で、差別的な言葉や侮辱的な表現を意図的に使うことで、視聴者にそれ自体が問題であることを認識させるようにしています。問題意識を高め、差別的な表現が容認されるべきではないというメッセージを伝えられるからです。
例えば「青瓦台に行く」の中で、 ある男性が「ターモンヌンダ(따먹는다)」といういかがわしい言葉を女性にかけたとき、彼女は笑いながら「あなたは何様なの?」 と言い返すシーンがあります。下品な言葉を掛けられた人の抗う反応を描くことで、視聴者が同様の問題に直面した際にどのように対応すべきかを考える助けになると思います。
――「青瓦台に行く」で、政治家たちの会議は形式的で実質的な進展がない、まるでプロレスの試合のようだと表現していました。
ソンホ:その表現はネットの書き込みやコメントを参考にしました。中には私がドラマで作ったナレーションよりも、韓国の与党と野党がやり合っている状況を上手に言い表しているコメントがたくさんあります。例えば、「政治討論は本当の議論ではなく、形式的に会議をすすめているように見えるから『空手の組手』」と言う人もいました。韓国は政権が変わると社会も様変わりするので、世界的に見ても国民たちの政治への関心はとても高いですね。
――ネガティブなテーマを笑いに転換させるテクニックを教えてください。
ソンホ:まず、私は脚本と演出の両方を手がけているため作品のコントロールがしやすいことが前提ですが、ブラックコメディを作る上でセリフの意図やニュアンス、トーン、言い回しをしっかり俳優に伝え、お互いに確認しながら進めることが重要です。
あとは個人的な感情と一定の距離を置くことですね。政治、仕事、男女関係などあらゆるテーマをブラックコメディとして扱えますが、主題から離れた客観的な視点を持つからこそ、物事を別の視点から考察する様子が描けると思います。
――影響を受けた作品はなんですか?
ソンホ:国内外の作品から影響を受けています。例えば、日本の作品はシリアスなテーマを扱いつつも、 意図的ではない絶妙な間で笑いの要素を入れているところにおもしろさを感じます。特に今村昌平監督の「楢山節考」にブラックコメディの要素を感じますね。人間関係の本質を追求したシリアスな作品ですが、登場人物を俯瞰して見るような描き方に学ぶものが多くありました。この作品は、すごくリアルに人間の生きる姿を描いているものの、状況を大袈裟に描いたり、残酷な姿や苦しんでいる表情をクローズアップしません。全体を見渡すことで、あらゆる感情が交差しているように感じられる素晴らしい作品だと思います。
――最近の作品ではどうでしょうか?
ソンホ:坂元裕二さんが脚本を担当した「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう(以下、いつ恋)」や「最高の離婚」がとてもおもしろかったです。自分も「いつ恋」の現実的で不穏な雰囲気と昔の日本のドラマ「ロングバケーション」の楽観性を掛け合わせたような作品をいつか作りたいですね。余談ですが、韓国のロマンティックコメディを作る脚本家たちは、1990年代の日本のドラマから影響を受けている人が多いと思います。
――韓国のドラマや映画の中で食事をしているシーンに特にエネルギーを感じます。過去に作ったモバイルドラマシリーズでは、日本の「食」に影響を受けたそうですね。
ソンホ:世界には、シェフやレストランをテーマにした作品はとても多いですが、これまで日本の食を取り上げた作品の多くは料理人よりも日常の食卓やリアルな食事風景を描いてきたと思います。
日本の脚本家は、日常の何気ない瞬間を描くのがとても上手ですよね。例えば、買い物から料理、食事に至るまでのプロセスをエネルギッシュに描き、その後のシーンで「今日も1日終わりだね」と締めくくることで、どこかホッとするような楽観的なシーンが多いように感じます。しかし、私がもし脚本を描くなら、食事が終わった後に「おなかはいっぱいになったけど、まだ解決しない問題が残っている。それでも、今日はこのまま終わっていくんだ」と描くと思います。日常で解決できない問題や悩みがあっても、それを抱えながら過ごしていくというリアルな一面を表現したいからです。
――韓国のドラマや映画は世界に広く普及していますが、今後のキャリアをどのように考えていますか?
ソンホ:脚本も演出もやっているため、今は現場で監督と呼ばれることが多いんですが、今日の取材で脚本家と呼ばれることがとても嬉しいです。今後は、演出よりも脚本を書くことに専念していきたいですね。
体力的な理由もありますが、世界で起こっている戦争や環境問題、災害など複雑な問題を違った側面から描きたいからです。現在のドラマや映画の多くは、これらの問題を極端に表現するか、全く反映させないかに分かれているように感じます。アポカリプスやディストピアの物語が人気の一方で複雑な問題の中でもささやかな日々の楽しさを描く物語、「ホープパンク」の精神で希望を描きたいですね。
TRANSLATION:HWANG RIE
COOPERATION:HANKYOREH21,CINE21, CUON