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映像作家・空音央が初の長編劇映画「HAPPYEND」で見せたこだわりの演出術

PROFILE: 空音央/映像作家

空音央/映像作家
PROFILE: (そら・ねお)1991年アメリカで生まれ、日米で育つ。ニューヨークと東京をベースに映像作家、アーティスト、そして翻訳家として活動している。また個人での活動と並行してアーティストグループZakkubalanの1人として、写真と映画が交差するインスタレーションやビデオアート作品を制作。2020年、志賀直哉の短編小説をベースにした監督短編作品「The Chicken」が映画祭で上映される。Filmmaker Magazineで新進気鋭の映画人が選ばれる「25 New Faces of Independent Film」の1人に選出された。坂本龍一のコンサートドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto | Opus」(2024)は、世界中の映画祭で上映、絶賛された。「HAPPYEND」が長編劇映画デビュー作となる。

ニューヨークで生まれ育った映像作家、空音央(そら・ねお)。これまで実験的な映像作品で注目を集め、坂本龍一の演奏を記録したドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto | Opus」は大きな話題を呼んだ。そんな中、初めての長編劇映画「HAPPYEND」が10月4日に公開される。大好きな音楽のことだけ考えていたいユウタ(栗原颯人)。次第に政治的な問題に目覚めていく親友のコウ(日高由起刀)。2人の高校生の友情を軸に、近未来の日本を舞台にした「HAPPYEND」は、空監督がこれまでやりたかったことを全て詰め込んだ作品だという。映像作家としての新たな出発点ともいえる「HAPPYEND」を通じて、空監督の作品に対する向き合い方を探った。

「HAPPYEND」に込めた想い

——「HAPPYEND」は監督にとって初めてのフィクション長編ですね。これまで監督はドキュメンタリーやアート色の強い作品を撮られてきましたが、初のフィクション長編が青春映画というのが意外でした。

空音央(以下、空):この作品は映像作品を撮り始める前、2017年頃から構想を練っていたんです。この作品を撮りたかった理由はいくつかあるのですが、一番大きいのは、自分が大人になりかけていた頃の感情を鮮明に覚えているうちに形にしたいということでした。時間が経つにつれて当時の記憶が薄れてしまうので、緊急性が高かったんです。

——ユウタとコウを中心にしたメインキャラクターの5人に対する監督の眼差しがとても優しくて、監督の個人的な経験が反映されているのでは、と思っていました。

空:そうなんですよ(笑)。自分が高校や大学で経験したことが物語に反映されています。当時の友達との付き合いが今の自分を形成していると思っていて、自分にとって友達はとても大事な存在です。この物語では特に大学の頃に経験したことが反映されていて。友達が政治や社会問題に興味を持ったことで、関係を切られてしまったことがあったんです。逆に僕の方から違う友達との関係を切ったこともありました。だから切る方、切られる方、両方の気持ちがよく分かるんです。

——コウが政治に興味を持ったことで、大好きな音楽のことだけ考えていたいユウタとの友情に亀裂が入っていく、という物語は、監督自身が経験したことだったんですね。物語の舞台を近未来にしたのはどうしてですか?

空:関東大震災で起こった朝鮮人虐殺のことを調べたことがあったんです。なぜ、日本でこんなことが起きたんだろう?と思って。そしたら、調べていた時期に日本で大きなヘイトスピーチのデモがあったんですよ。それを知って、今でも差別が日本の社会に根強く残っていることを知りました。最近、南海トラフ地震が必ずくる、と言われているじゃないですか。そうなると、また朝鮮人虐殺のようなことが起こる可能性は大きいんじゃないかと思って、近未来の日本のことを想像するようになったんです。

——パンデミックのマスク不足や最近の米騒動など、いまだに人々の不安がパニックを生み出していますね。

空:人は目に見えない恐怖にあおられやすいんでしょうね。あと、経済が悪くなると自分の身の回りのことしか考えなくなってしまって、人間の本性——とは言いたくはないですけど、負の部分があぶり出されることになるんじゃないでしょうか。

——映画ではたびたび、地震が起こります。地震は「目に見えない恐怖」のメタファーなのでしょうか。

空:未来に対する不安や恐怖。友情の決裂。社会構造の崩壊。そういったさまざまなことのメタファーであると同時に、実際に起こる自然現象として描いています。地震で被害に遭われた方もいるので、単なるメタファーにはしたくないんですよ。それに僕は日本に来ている時に地震が起こると怖いんです。ニューヨークではほとんど地震が起きないので、震度1のレベルでみんな大騒ぎですから。

キャスティングと演出

——地震は日本人が抱えている潜在的な恐怖とも言えるかもしれませんね。今回、主要キャスト5人のうち4人がスクリーンデビューということもあって新鮮な顔ぶれでした。キャスティングで心掛けたことはありますか?

空:この映画で一番大切なのがキャスティングでした。これまで短編を撮ってきて、「自分の直感は当たるし大事だ」ということが分かったんです。だから、キャスティングは直感を大事にしました。オーディションで参加者が部屋に入って来た時、「多分、この人になるだろうな」と直感したことが、今回の主要キャストに関しては必ずあったんです。それで実際に演技をしてもらうと、みんなうまいし変なクセもついてない。そして、それぞれに話を聞くと、演じてもらった役にすごく近い背景や感性を持っているんです。それには驚きましたね。

——直感はもともと大切にする方ですか?

空:何に対してかにもよりますが、作品に関する決断は直感を大事にするようにしています。というのも以前、「いい感じなんだけど、どこか違和感あるな」と感じた時って、必ずその違和感が後々問題になったんです。

——今回のキャスティングに関しても直感が当たったんですね。役者に対するディレクションは細かくする方ですか?

空:撮影や編集など技術的なことはこれまでやって来たので大体分かるんですけど、演技の演出は経験不足だと思っていたので、いろんな方に相談しました。その1人が濱口竜介さん。濱口さんは「ハッピーアワー」で演技未経験の役者に演出をしているので、本作のことを話してアドバイスをしていただきました。その後も、いろんな方から話を伺った中で注目したのがマイズナー・メソッドという、サンフォード・マイズナー(Sanford Meisner)という演技の先生の演出法です。マイズナー・メソッドで大事なのは、想像上の設定の中でいかに自分らしくいられるか。演技をする時、共演者から投げかけられる感情に対して、感情を作らずに素直な自分を出す練習をするんです。マイズナー・メソッドを演出の指針にして、俳優たちにもそうするように伝えました。

——5人の自然な演技が良かったです。5人が一緒にいる時の親密な空気感も嘘がなくて、そこは本作の要ですね。

空:そうですね。マイズナー・メソッドでは自分自身を出す練習をしてもらうので、撮影に入る前に5人の関係性を築くというのがすごく大事でした。最初、彼らは緊張していたみたいですが、ワークショップをやっていくうちに何年も前からの友達みたいに関係性が深まっていった。ワークショップの後に、こちらが何も言わないのに一緒にご飯を食べにいったりして、すっかり仲良くなったんです。だから、撮影の初日から打ち解けていましたね。選んだ5人の相性が良かったのはラッキーでした。

——撮影に関して伺いたいのですが、「Ryuichi Sakamoto | Opus」でも撮影を担当していたカメラマンのビル・キルスタイン(Bill Kirstein)さんとは長い付き合いですね。本作の撮影にあたって、どんな話をされたのでしょう。

空:ビルとの間で共有していたのは、「映画を観終わったら、しばらく話してない友達に電話したくなるような気持ちになる作品にしよう」ということでした。そういう作品にするために、このシーンをどう見せるか。最初にシーンの核みたいなものを2人で考えて、それをショットに分解していきました。そして、カメラのポジションが大体決まったら、あとはほとんどビルに任せていましたね。そんな風に任せられるのは、彼とセンスやテイストが共有できているからなんです。好きな映画もよく似ているし。

——「Ryuichi Sakamoto | Opus」を観て、抑制されたカメラワークでありながらも感情が伝わってくる映像だと思いました。

空:ビルはとても詩的なことを考える人なんです。「Ryuichi Sakamoto | Opus」ではドリー(移動しながら撮影すること)を多用したんですけど、ビルに「どういう特機部(撮影用の特殊機械を操作するスタッフ)がいいの?」って聞いたら、「音楽を聴いて泣ける人」って言うんです。今回、『HAPPYEND』でお願いした特機部の方は「PERFECT DAYS」にも参加された感情を深く理解される人で、カメラの動きにも画にも感情が乗ったんです。

——では、サントラを手掛けられたリア・オユヤン・ルスリ(Lia Ouyang Rusli)さんには、どんなふうに発注されたんでしょうか?

空:彼は映画音楽のスコアをやりつつ、オユヤン(OHYUNG)というテクノ・アンビエントのソロプロジェクトもやっている人で、本作にはピッタリだと思いました。本作における音楽の使い方には、最初から方針があったんです。ユウタとコウが僕と同い年の33歳になって、自分の高校時代を思い出したらどういう感情になるんだろう?というのを想像して音楽を作ってもらったんです。近未来という設定なのに、どこか過去を思い出しているような。時制が交差しているような物語を、古典的なピアノにシンセを混ぜた音楽で表現してくれました。

——本作は脚本や演出はもとより、撮影や音楽など、隅々まで考え抜いて作られた作品なんですね。

:大学を卒業してからフリーランスで映像の仕事をやっていたんですけど、フリーランスだと、企画、脚本、監督、撮影、編集、サウンドデザインまで全部自分でやらなければいけない。僕は全工程が好きなんですけど、作品を作っていく中で「こういうことを試してみたい」という課題がいくつか出てきて。今回はそれを全部、作品にぶつけました。初めてのフィクション映画であり、ある意味、映画監督としてのデビュー作とも言える本作では、やってみたかったことを全部やってみたかったんです。

「エドワード・ヤン監督は永遠のアイドル」

——「HAPPYEND」を撮るにあたって、リファレンスとして観直した作品はありました?

空:作品を作る時に必ず観直すのは、エドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」です。あとはホウ・シャオシェンの「風櫃の少年」とかツァイ・ミンリャンの「青春神話」とか。

——台湾映画が続きますね。

空:台湾映画はすごく好きですね。あとファスビンダーの「マリア・ブラウンの結婚」。ジャック・タチやダグラス・サークの作品なんかも好きです。

——どの作品も素晴らしいですが、毎回、観直す「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」はどういうところに惹かれますか?



空:僕の中では、これ以上ないと思うくらい完璧な映画なんです。歴史のある瞬間を主題の一つとして描いているにもかかわらず、人物たちを中心に据えている。そのバランスが見事で、彼の全ての作品についてそう思うんですよね。だから、僕にとってエドワード・ヤンは永遠のアイドルなんです。

——エドワード・ヤンは緻密に計算してショットを積み重ねている気がしますが、そういうところは空監督にも通じるのでは?



空:確かにそうですね。エドワード・ヤンはもともとコンピューターのエンジニアだったんです。僕はエンジニアじゃないですけど、作り方がすごく構造的なんですよ。あまりバラしたくはないのですが(笑)、緻密に、構造的に作っていく。多分、天才と言われている監督は有機的にすごいものが撮れちゃう人もいると思うんですけど、僕はどうしてもパーツを組み立てるようにして作りたい、というか、作らざるをえない。そういう映画作りの究極の形をエドワード・ヤンが見せてくれている気がします。

——コウに影響を与えるフミとコウの関係とか、映像のタッチとか、「HAPPYEND」は「牯嶺街少年殺人事件」を思わせるところがありますね。

空:そういえば偶然なんですけど、 大学時代に「やっぱり、映画を作りたい!」って思わせてくれた映画の一つがヴェルナー・ヘルツォーク監督の「アギーレ/神の怒り」で。その後、エドワード・ヤンを好きになった時に彼のインタビュー読むと、彼もシアトルで「アギーレ/神の怒り」を観て、「映画ってこういうことができるんだ!」と思って映画作りを始めたそうなんです。それを知った時には親しみがわきましたね。

——「アギーレ/神の怒り」はアマゾンの奥地に向かったスペイン探検隊を描いた壮絶な物語でしたが、いつか「アギーレ/神の怒り」みたいな映画も撮ってみたいと思われます?

空:あれは僕にはちょっと(笑)。狂人にしか撮れない作品ですからね。次はエルンスト・ルビッチみたいなものを撮ってみたいです。ルビッチの「生活の設計」が大好きで。三角関係の話じゃないですか。ある意味、今回の映画も三角関係の話だから、欲望とか嫉妬の描き方を参考にさせてもらったんです。

PHOTOS:MASASHI URA

■「HAPPYEND」
10月4日から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
出演:栗原颯人、日高由起刀
林裕太、シナ・ペン、ARAZI、祷キララ
中島歩、矢作マサル、PUSHIM、渡辺真起子/佐野史郎
監督・脚本:空音央
撮影:ビル・キルスタイン
美術:安宅紀史
プロデューサー:アルバート・トーレン、増渕愛子、エリック・ニアリ、アレックス・ロー、アンソニー・チェン
製作・制作:ZAKKUBALAN、シネリック・クリエイティブ、Cinema Inutile
配給:ビターズ・エンド
日本・アメリカ/2024/カラー/DCP/113分/5.1ch/1.85:1
© 2024 Music Research Club LLC
https://www.bitters.co.jp/HAPPYEND/

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