PROFILE: 井之脇海/俳優
子どもの頃からピアノを習っていたという俳優の井之脇海。映画「ピアニストを待ちながら」では主演を務め、実際に演奏したピアノの音も使われている。同作はもともと2021年に設立された早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)の開館記念として製作された作品で、新たに再編集し、10月12日から順次全国で公開される。
ストーリーは真夜中に大学の図書館で目を覚ました瞬介(井之脇)が、なぜかそこから出られないまま、大学の頃の演劇仲間と遭遇し、居合わせた中年男や謎の女性も交えながら、芝居の稽古を始めることになる——という、観客の想像力を刺激する不思議な物語だ。
脚本と監督を手掛けた七里圭の謎めいた世界に、どんな風に向き合ったのか。また演技で心掛けていることや劇中で演奏したピアノとの関係など、撮影が行われた村上春樹ライブラリーで井之脇に話を聞いた。
観る側がいろいろな受け取り方ができる作品
——「ピアニストを待ちながら」は不思議な映画でした。観る人によっていろんな解釈が生まれそうですが、井之脇さんは脚本を読んでどんな印象を持たれましたか?
井之脇海(井之脇):脚本をいただいた時に3回くらい繰り返して読んだんですけど、正直、難解だと思いました。でも、読むたびに印象が変わるんですよね。だから、映像化した時は、観る側がいろんな受け取り方ができる作品になるんじゃないかと思いました。でも、だからといって観客に全てを委ねているわけではないと思うんですよ。コロナ禍で撮影したこともあって、人がフィジカルに出会った時に生まれる疑問や戸惑いが物語のベースにあるんじゃないかな、と思いました。
——七里監督とは役柄についてディスカッションされたのでしょうか。
井之脇:リハーサルはかなりやりましたね。そこで七里さんと一緒に探っていったのですが、七里さんが求めているのは一つの角度で捉えられる人物ではないというのは伝わってきました。
——瞬介は気づいたら図書館にいる。自分がなぜそこにいるのか分からない。そういった状況は、正解を探しながら演技をしていた井之脇さんと重なるところがありますね。
井之脇:おっしゃる通りで、僕と瞬介は「何かを探している」という状況が重なっていたと思います。だから、等身大で悩みながら演じていました。
——図書館が不思議な空間になっていますね。そこから出られない、という状況はステイホームを強いられていたパンデミック期の日々を思わせますが、同時に別の空間とつながっているような節もある。
井之脇:図書館だから本がいっぱいあるじゃないですか。本に触れたら別の世界に行ってしまいそうな気がして、本に触れるのが怖かったりしました。現実の世界と地続きだけど少し違う。時間の流れも違う。でも、一つの世界として存在していて、本がその世界につなぎ止めるヒントになっているのかもしれない、と思っていたんです。
——普段、図書館に行かれることはありますか?
井之脇:よく行きます。近所に図書館があって用事のついでに寄るんです。本を探すというか、陳列されている本を片っ端から見ていって、気になったものを読んでみるんです。よく行く図書館にはブースがあって、そこで利用者がそれぞれの世界に向き合っている姿が良いなって思うんですよね。そこに自分も入っていって自分の世界に向き合う。
演技をする上で心掛けていること
——いくつもの世界がひしめいていると思うと、図書館は一つの宇宙のようでもありますね。また、この作品では図書館は劇場のようでもありました。劇中劇があるせいか、演出や演技に演劇的なテイストも感じました。監督の演出はどのようなものだったのでしょうか。
井之脇:七里さんには緻密な演出プランがあったと思います。でも、手の内は明かしてくれなくて、ヒントみたいなものは散りばめてくれる。こっちはそれを集めて自分なりに考えてやっていました。
——登場人物の1人で、劇中劇を演出する行人が「自分の中に劇場を持て!」と言いますが、井之脇さんは演技をする上で心掛けていることはありますか?
井之脇:どの役も自分の分身だと思っています。別の人間を演じながらも、自分だったらここでどんな反応をするのか。どう考えるのか、ということを意識して演じる。そうすることで、その役に血が通うと思うんです。
——100パーセント別人格にならず、そこに自分も混ぜていく。
井之脇:そうしないと僕が演じている意味がないと思うんですよね。自分の隣ではなく、自分の中に別人格を作るというか。いま(※取材時)、舞台(「ボクの穴、彼の穴。W」)の稽古をしているんですけど、大人計画の篠原悠伸さんとダブルキャストで同じ役をやっているんです。僕は篠原さんの稽古は見ていないのですが、スタッフの方に聞くと僕とは全然違うみたいで。それはつまり、この役を僕がやる意味があるということだと思うんですよ。その意味をどれだけ大きくできるかが、役者の仕事なんじゃないかなって思います。
ピアノとの関係
——今回、井之脇さんは劇中でピアノを弾きます。初主演作の「ミュジコフィリア」をはじめ、これまで出演された作品でもピアノを弾かれていましたが、映画のタイトルからして本作ではピアノは重要な役割を担っていますね。
井之脇:今回、初めて僕の生音を使っているんです。撮影するまでは緊張していましたが、いざ始まってしまうと楽しかったですね。とてもいい雰囲気の現場だったので、リラックスしながら瞬介として演奏を楽しむことができました。
——ピアノは子どもの頃から弾かれていたのですか?
井之脇:幼馴染がピアノを習い始めたのを知って、わけの分からない嫉妬を感じて自分もピアノをやり始めたんです。それ以来、人生にずっとピアノはありました。今、1Kのマンションで1人暮らしをしているんですけど、そこにも電子ピアノを置いています。現場に行くと精神がぐちゃぐちゃになってしまうことがあるんですけど、煮込み料理とかを作っている時とか、お酒を飲んでいる時とかにピアノを触ると、その時の自分の気分の音を奏でることができるし、懐かしさを感じてすごく安心できる。ピアノを弾くことで気持ちがリフレッシュされるんです。だからピアノは僕のメンタルを支えてくれる存在なんです。
——ピアノを弾くことで本来の自分を取り戻せる?
井之脇:山に登るのも好きで、それも自分を取り戻せる時間なんですけど、家にいる時はピアノですね。聴覚ってすごいと思うんですよ。子どもの頃に弾いていた曲を弾くと、その時の感覚がパッとよみがえる。それがある意味、自分に戻れる瞬間のような気がして。
——そういう人生に欠かせないものが、仕事に活かされるというのも良いですね。
井之脇:しばらくピアノを触っていない時期もあったんです。その時は映画ばかり観ていて、あまり弾いていなかった。そんな時に親戚の子がピアノを始めたいというので、僕の電子ピアノを譲ってあげたんです。そしたら1年も経たないうちに「ひよっこ」という朝ドラで音楽の先生の役をやることになって、家で練習するためにピアノを買い直したんですよ。その時に、ピアノとは切っても切れない関係なんだなって思いました。そしたら、数年後に「ミュジコフィリア」の話がきたんですよね。
——ピアノを買い直していてよかったですね。ピアノを弾くだけではなく、曲を書いてみようと思われませんか?
井之脇:書いてみたいとは思いますけど、作曲の才能は多分ないと思いますね。やってみないと分かんないですけど。でも、生音を使わせてもらうという願いが今回かなったので、ちょっとしたものでも曲を書いてみるのは面白いですね。曲を書くというのは良いアイデアだなって、いま思いました。
——ぜひ、井之脇さんが書いた曲を聴いてみたいです。曲も書けるようになったら、ますますピアノとの関係は深まりますね。
井之脇:ピアノが弾けるというのは、役者としての武器でもあると思うんですよね。実際に弾くと芝居の乗り方も変わってきますし。事前に録音したものに合わせて弾くにしても、その鍵盤を抑える指先の感覚が脳を通じて心にも伝わるので、絶対芝居は変わると思うんです。ほかの楽器を芝居で演奏することになった時も、なるべく自分で弾けるようにしたいと思っています。4年ぐらい前かな、ドラムを叩く役をやったんですけど、それもほぼ自分で叩いたんです。小さい頃の影響なのか、幸い音楽には苦手意識がないので、いろんな楽器に挑戦してみたいですね。
PHOTOS:TAKUROH TOYAMA
STYLING:SHINICHI SAKAGAMI(Shirayama Office)
HAIR&MAKEUP:TOSHIHIKO SHINGU
ビンテージ腕時計 96万8000円/ECW SHOTO(江口時計店 03-5422-3070)
■映画「ピアニストを待ちながら」
10月12日からシアター・イメージフォーラムで、11月2日からシネ・ヌーヴォほか全国順次公開
出演:井之脇海 木竜麻生 大友一生 澁谷麻美 斉藤陽一郎
監督・脚本:七里圭
プロデューサー:熊野雅恵
撮影:渡辺寿岳
編集:宮島竜治 山田佑介
制作・配給:合同会社インディペンデントフィルム
2024年/日本/カラー/61 分/ヨーロピアンビスタ/5.1ch /DCP
©️合同会社インディペンデントフィルム/早稲田大学国際文学館
https://keishichiri.com/pianist/