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経産省を休職してパリの名門ビジネススクールで学び、名古屋スズサンへ 「日本の職人技を海外市場で横展開する」未来を描く 井上彩花

PROFILE: 井上彩花/スズサン営業、各種プロジェクト担当

井上彩花/スズサン営業、各種プロジェクト担当
PROFILE: 慶應義塾大学経済学部卒業後、2016年に経済産業省に入省。通商政策局などを経て、19年4月からファッション政策室、クールジャパン政策課。22年8月から、フランスのビジネススクールでラグジュアリーブランドマネジメントを学ぶ。24年8月から現職

経済産業省ファッション政策室を休職してパリの名門ビジネススクールに留学、帰国後は経産省に戻らずに有松鳴海絞りで知られるスズサンへ――ユニークなキャリアパスで日本の職人技の価値を創造し、世界に売り出そうと試みる井上彩花。新しい発想とそれを実現しようとする姿勢はイノベーターともいえるだろう。そんな彼女にパリで学び得た気づきや日本の産地の可能性とこれから実践していきたいことについて話を聞いた。

官と民の架け橋になることを目指して

WWD:経産省を休職してパリに留学した理由は?

井上彩花・スズサン営業、各種プロジェクト担当(以下、井上):経産省時代はクールジャパン政策課のチームにいて、その考え方のベースに官民が連携して海外に日本のいいものを高く売っていくことがあった。日本の人口減少や市場縮小、内需に偏重していた状況下で、海外市場で高い金額に納得して買ってもらえるかを検討するチームでキャリアを積むことができた。その中で「ファッション未来研究会」を担当させていただき、さまざまな主体の取り組みを知りその熱量を感じ、私も何かできないかと考え始めた。そして選んだのがパリのエセックビジネススクール(ESSEC business school)への留学だった。エセックは28~29年前、世界初のラグジュアリーブランドに特化したビジネススクール(大学院)のコースを設立したところ。クールジャパンが取り組んでいたことをすでに成功させたフランスのビジネススクールで何を学べるのかを経験したいと思った。

WWD:ビジネススクールやインターンをしたことで得た気づきは?

井上:学校は座学と約30のフランスブランドの本社や工房の訪問やインターン含めた実地研修があり、ブランドで働くマネジャーやディレクタークラスと話す機会も多く、ビジネスに入り込んで学べるのでさまざまな気づきが得られた。まず学ぶのはラグジュアリーの考え方について。「ティファニー(TIFFANY & CO.)」のハイジュエリーと木や動物の歯で作られた古代のネックレスを見せられて、両方ラグジュアリーだと学ぶ。そこからラグジュアリービジネスの成立過程、例えば“田舎の国”だったフランスがラグジュアリーブランドのイメージを作りだした経緯を学んだ。

ラグジュアリーが「普通の人の特別」になる経緯を体系的に学び、いろんな気づきや関心が生まれた。職人技の価値やコミュニケーションの重要性、スタッフ教育の重要性、オンラインでのマーケティングコミュニケーション、顧客情報の管理など、ビジネススクールで学ぶ要素を一つのテーマに沿って学ぶことができた。

WWD:その中で特に印象的だったことは?

井上:「エルメス(HERMES)」のナンバー2でエセックの卒業生であるギヨーム・ド・セインヌ(Guillaume de Seynes)=エルメス・エグゼクティブ・ヴァイスプレジデント・マニファクチャリング部門兼エクイティ投資に「クラフトマンシップとクリエイティビティ、どちらもラグジュアリーブランドにとって大切な要素。この二つの重要性やバランスはラグジュアリーにとって普遍/不変か」と投げかけた時の答えで、「『エルメス』のコアはクラフトマンシップとクリエイティビティ(職人とデザイナー)の折衷をすること」と言い切っていたこと。何がラグジュアリーなのかや、顧客が求めるものが変わっても、クラフトマンシップとクリエイティビティの折衷から生まれる価値が大切であることは変わらないと。クラフトマンシップの評価は多面的に強調していた。

WWD:帰国後は経産省でのキャリアではなく、スズサンを選んだ。スズサンだった理由は?

井上:クールジャパンに取り組んだときのアイデアや意識が軸にあったからこそ、パリでのいろんな経験を自分なりにかみ砕くことができ、人と話す機会や出会いを作ることができた。この領域で役に立ちたいと考えた。ビジネスサイドでできることの解像度を高めることができれば将来、いい形で官と民の架け橋のようになれるのではないか。そのための具体的な事業の経験をしたいと考えた。

スズサン(SUZUSAN)」はフランスで学んだラグジュアリーブランドの考え方と合致するところがありつつも、ラグジュアリーという言葉では説明できない日本のモノ作りの価値を兼ね備えたブランドであると思った。具体的には4つポイントがある。

1つ目は拠点が2カ所あること。ドイツ・デュッセルドルフで(CEO兼クリエイティブ・ディレクターの)村瀬率いる多国籍のデザインチームがデザインを手掛け、有松でモノ作りをするブランド運営である点。デザインと生産の場が別々の場所にあることで、クリエイティブとクラフトマンシップの折衷が社内で常時行われている。ビジネススクールで繰り返し指摘されているブランドのDNAやアイコンといった要素がスズサンには詰まっている。

有松では職人がインハウスで働いていて、この染めはこの人、この絞りはこの人というように顔が見える。その職人のほとんどが4代目から直接技術を学ぶ20~30代。日々切磋琢磨していて、その手の動きが美しく、絞りがデザインになり、絞り染めを施されたテキスタイルが干してある様子は感情を揺さぶる、訴えてくる美しさがある。有松に生産のコアがあり、そこに触れられることが価値である。

2つ目は村瀬というアイコンが存在していること。

3つ目はモノ作りの背景とストーリーがあること。ブランドのコアである有松鳴海絞りには400年の歴史があり、土地と深い関わりがある。有松の町は東海道が開通したタイミングの1608年、宿場町に挟まれた通過点で旅人たちに手ぬぐいを絞ってお土産品として販売したのが始まりで400年以上職人が絞り染めのビジネスを支えてきた。

4つ目は村瀬が考える「欧州は目の文化、日本は手の文化」という考え方に共感したこと。ブランドの中心にある有松鳴海絞りは国の指定伝統工芸品として指定されており、見せ方が無限大にあるのが面白いと感じる。加えて、いわゆる顧客の生活を彩るための製品をそろえるラグジュアリーブランドブランドとは異なるアプローチができる。「スズサン」は布を中心とした提案なので、生活を彩る全てを提供できない。つまり「スズサン」一色でなくてもよく、お客さまと関係性も“ゆるやか”に築ける。

“ゆるやか”というのは、「スズサン」の製品だけではなく「手仕事を提案する他の事業者」とお客さまがつながるきっかけとなり、横に広がりを作る余白があるということ。例えば2021年から3年間、村瀬が個人の仕事としてクリエイティブ・ディレクター兼事業統括コーディネーターとして参加した名古屋市主催のクリエイションダイアログの事業では、名古屋市の工芸を主体とする約10社の企業の欧州市場に向けた販路開拓を目的に、現地でのプレゼンからマッチングなど総合的に支援するもの。そういった企業が手仕事を提案する他の事業者例として挙げられる。

WWD:これからスズサンで取り組みたいことは?

井上:勉強させていただきながら2カ月が経った。1番はこれまで村瀬が個人として取り組んできた事業が組織化していくタイミングなので、民でできるクールジャパンの実践として強い想いで取り組みたい。留学中に展示会場を訪れたが、15年ビジネスをしてきた村瀬だからこそ、官では手が届かないところにまで道しるべを示すことができていると感じた。官は、一時的に伴走支援はできても長期的には限界がある。官を超えて少しずつでもやっていくことが実績になると感じている。「スズサン」のブランドビジネスでもビジネススクールで学んだことを実践していきたい。

伝統工芸がまだたくさんあり続いていることが大きな価値

WWD:現在の日本の産地における技法・技術継承や価値向上について、どのような課題や可能性があるとみているか?

井上:有松と有松鳴海絞りのように土地と密接に結びついた産地としてのストーリーを持つ地域は日本には多い。伝統工芸に指定されているものだけでも241ある。指定されていない工芸もたくさんあると考えると、今いろんな課題がありつつ危機を迎えているとしても、たくさんあり、それらが続いていることが大きな価値と考える。

有松では、最盛期には1万人いた職人が今では200人くらいとされる。昔は各家族が1技法ずつ受け継いできたが、最盛期に500あった技法も100程度が残るばかり。継承されず消えた技法は取り戻すことが非常に難しい。村瀬は2008年のブランド立ち上げ前に家業の職人とは違う道を志したが、他地域でも伝統工芸に関わる事業継承に多くの課題があると認識している。

他方で場所や見方を変えれば、自身の価値に気が付くこともある。村瀬はアートを学ぼうと留学したが、地元を離れてから有松絞りの技法の面白さやデザインの美しさに気づき、デュッセルドルフでスズサンを立ち上げた。これは他の工芸においても起こりうることであり、そういう流れが起こっていると感じる。どう異なる価値観や視点を取り入れていくかがポイントだ。外的な支援だけでなく、共創的な活動も増えている。組織自体に異なる考え方を取り入れながら強化していくことや変化を受け入れることとは痛み、覚悟を伴う。小規模ではあれど、大きなジャンプをしっかりしていくことが大きな可能性につながると思う。

世界で日本の職人技が注目される理由

WWD:フランス(の企業)にとって日本の職人技の何が価値創出の源になっているのか?工芸的なモノ作りにおける超絶技巧は他国にもあるが、なぜ日本にも注目しているのか?

井上:日本の職人技はビジネススクールでもたびたび例に挙がった。フランスで日本の職人技が評価されている点は、細かいところまで妥協がない点や品質を追求する姿勢、職人らしさを強調されていた。手仕事によるモノ作りが多くの産地に残っている。こういった真正性のあるモノ作りは、フランス、ヨーロッパで高く評価されていると思う。欧州では2000年前後に職人の手仕事の存続が危機的状況となり、「シャネル(CHANEL)」が複数の工房を傘下にして2002年からメティエダール・コレクションを始めるなど、ラグジュアリーブランドが主体となった職人への投資、育成が今も行われている。

WWD:日本の産地の多くは経済的課題に直面しており海外企業との連携は重要だといえる一方、寡占状態に陥るのは危険(提携解消により廃業に陥るなど、産地の自律性が失われかねない)だともいえる。寡占状態をかわすためにどのような対策がありうると考えられるのか?産地で生きる人の自律性をどのように維持することが望ましいのか?

井上:スズサンの例を挙げながら、規模が異なると状況が異なることは前提として紹介したい。ベースとして海外企業との連携は大切だと思う。技術革新のきっかけや、組織の意識改革、新規市場開拓、知見を広げるためにも新しい人と付き合うことは大切。新しいことに常に取り組み、現代性を意識しながら変わり続けることが大切だと学んだ。そのうえで依存しすぎないという意味では、狙うマーケットでビジネスパートナーを複数持つことが対策になる。スズサンは世界30カ国、80都市、120の店舗と取引をしている。似た価値基準の友達を増やす感覚に近いと感じていて、それがスズサンの共感する姿勢の一つ。得られることの一つの学びは深い付き合いの中で、濃度も密度も高いものになる。

自律性の面では、インターンシップでグローバル企業の立場から日本の企業に関わる経験をした。両面から見られたことが面白い経験だった。違う主体が協業する中で起こりやすいコミュニケーションの課題として、言語の壁や商習慣の不理解がある。

言葉の壁は、外国語能力が前提になると思う。流暢でなくとも、いい雰囲気で会談を終えられるような社長のコミュニケーション力や前向きさが、ブランディングの観点からも重要。これに加え、ビジネスのチームで英語でコミュニケーションする人材を雇い、育てることは必要だろう。商習慣の不理解についてはビジネスのスピード感など前提となる考え方が違う可能性があり、一つ一つコミュニケーションで解決するしかない。自律性を担保することと柔軟性を失うのは違うことで、組織だけではなく自分個人としても感じた点だ。

有松を起点に人の循環を生み出す

WWD:今回のWWDJAPAN SUSTAINABILITY SUMMITでは地方の産地の循環型、再生型のビジネスがテーマの一つだが、どのようなことが考えられると思うか?

井上:「スズサン」のブランドの存続意義がモノを作って技術を次世代につなげることがある。そして、循環を違う風にとらえると、有松を起点に人の循環を生み出していくことを通じて地域に裨益させていきたいと考えている。現在の売り上げの8割が海外で、次の15年は、お客さまに有松・鳴海に来てもらうことに取り組みたい。毎シーズン2500~3000点、1年で約5000点を職人が製作していて、15年間のブランド運営で駆け出しの5年間を抜いても5万点の商品を作ってきた。ほとんど受注生産を続けているような状態で、1人1品購入していただいたとしても5万人に届いてきたことを考えると小さくない数字だと考えている。

地域に技術のコアがあることを踏まえても、有松・鳴海に来てもらうことをかなえてもらうためにツーリズム事業を手掛け始めたところ。ブランドのコアに技術があること、地域との接続性が無視できない大切なところで存続意義がそこにある。私たちの取り組みで有松の町への効果が波及していくかをデザインしていくことを忘れてはならないと思っている。有松から各国の各地、他の地域からもローカルtoローカルズを横展開できるような未来を作っていきたい。

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