PROFILE: 石橋寧/マーケティングアドバイザー
――:Vol.2でメイクアップカテゴリーの重要性を語られましたが、このところメイクアップアーティストを「クリエイティブディレクター」や「アーティスティックディレクター」に立てることをやめるブランドが増えているのが気になります。ブランドのキャラクターを作るには欠かせない存在だと思うのですが。
石橋寧(以下、石橋):確かに時代が変わってきて、クリエイティブディレクターとかアーティストの時代ではなくなってきてますね。「RMK」が誕生した90年代は「ボビイ ブラウン(BOBBI BROWN)」や「ローラ メルシエ(LAURA MERCIER)」、「ナーズ(NARS)」といった、いわゆるアーティストコスメ全盛期でした。それが今どうなったかというと、クリエイターがいない、もしくはいても表に出てこない内製化の時代に入っている。その結果は? 個性がなくなり、面白くない商品ばかりですね。
――:まったく同感です。伝説のアーティストたちがバトンをつないできた「インウイ(INOUI)」はブランド復活と同時にアーティストの起用をやめ、最近でも「スリー(THREE)」、「セルヴォーク(CELVOKE)」と続いています。
石橋:クリエイティブディレクターにはクリエイティブディレクターの、アーティストにはアーティストの役割、存在感があり、だからそういう人を使う。でもそれを内製化したら、僕に言わせればマーケティングに商品のどれほどのことが分かるんだ、と。例えば広告代理店などのトレンド予測サービスが“今年の流行色”をその1年くらい前に出して、それをベースに商品を作るから、皆さん似たような色を出されるわけですよね、情報源が同じだから。一方アーティストブランドは、季節に関係なくまったく異なる提案をしてくる。そこが面白いんですよ。RUMIKOさんなんかまさにそうだったけど、昔、「RMK」で秋にピンクだけ出したことがあってそれが大ヒットした。秋だったらワイン系、ブラウン系、ベージュ系が定番じゃないですか。それが、9.11の翌年の秋だったんですよね。アメリカ同時多発テロで世の中が落ち込んでいるからハッピーにしたいということで、全てのアイテムをピンクで出してきた。他のブランドと傾向がまるで違う。それがクリエイティブディレクター、アーティストがいるブランドの強みなわけです。当たり外れはある。毎回当たるわけではない。でも野球選手だって4割バッターはいないんだから。よくて3割。10回プロモーション打ったうちの3回当たればいいと思わないと。必要か必要じゃないかと言われれば、僕はそういう人の能力を高く評価します。
――:トレンドは時代のムードだから、それが投影されてこそワクワクするものが生まれる。アーティストは撮影やショーの現場を踏んでいるから、そういう意味でも強いですよね。
石橋:10年ほど前にピーター・フィリップスが「シャネル(CHANEL)」から「ディオール(DIOR)」に移りましたよね。その時僕は、数年後に「ディオール」の時代がやってくるんだろうなあと思った。お会いしたこともないけれど(笑)。一方「RMK」も「アディクション(ADDICTION)」も昔に比べてクリエイターの存在感が薄いですよね、露出が少ないし。「スック(SUQQU)」も田中宥久子さん以降は表に出していない。時代の流れもあるけれど、結局は経営陣がその人の持っている能力をどう評価するかということですね。
――:日本でアーティストを立てない傾向にあるのは、評価できる経営陣がそもそも少ない?
石橋:何千万円も契約金を払うんだったらやめちまえ、という発想になる。わがまま言うし(笑)。ブランドが大きくなるとクリエイターが自分のブランドだと勘違いしてくることもある。それはそれでいいところもあるんだけれど、経営陣にしてみればわがままでうっとうしく感じるうえ、契約金も跳ね上がるから、以前は10年あたりを節目に変えることが多かったですね。やはり経営陣がクリエイティブディレクターをよく理解し、うまくコミュニケーションを取り続けることが大切になってきます。
――:そういう点では石橋さんはうまくやっていたということですね。
石橋:普通は同じクリエイターを二度も起用することはないからね。世間はどう思われたか分からないけれど、僕が「アンプリチュード(AMPLITUDE)」を立ち上げる時、高品質のかっこいいブランドを日本のブランドとして作りたかったわけですよ。当時ディオールやシャネルが急成長していて、そこで闘えるブランドを作ろうと思った。じゃあそれを誰にやらせよう、誰に関わってもらおうかと考えた時の答えがRUMIKOさんだった。かっこよくて高品質、そして日本のブランドだからどこかに日本を感じるものがなければいけないよ、と。そうして日本の藍色としての“ブラックネイビー”とジパングの“ゴールド”を使った「アンプリチュード」が生まれたわけです。
――:石橋さんはスキンケアにもクリエイティブディレクター的な立場の方を置いていましたよね?
石橋:「スリー(THREE)」も「イトリン(ITRIM)」も同じ女性にお願いしていましたが、通常は自社の研究所なりが作った商品であって、スキンケアのクリエイティブディレクターというのはほぼいません。そういう人だからこそ、今までにない新しい発想の商品ができてくるわけです。僕がブランドビジョンを感覚的に伝え、彼女がそれを具体的に、科学的に商品に落とし込む。作る商品の目的をきちんと話すと、彼女は持てうる知識で提案してくる。そして全国各地の農家や農協に会いに、一緒にいっぱい旅をしましたね。オタクといえばオタクだったけれど、僕にとってのブレーンとしてしっかりと役割を果たしてくれました。
――:「スリー」のメイクアップラインにはRIEさんの感性と哲学が生き生きと表れていたので、今後の展開がどうなるのか非常に気になるところです。
石橋:かねてから難しいなあと思っていたのは、私だけじゃなくていずれはみんないなくなる。その後どうなるの? 僕は自ら海外にも出かけてやってきた。でも同じことを次の人ができるとは限らない。だからACROの経営陣には、せめて年に1回は海外の代理店に挨拶もイベントも含めて絶対に行くように言いましたね。自分がオーナーだったら死ぬまで影響力を与えられるけど、雇われマダムだから(笑)、変わっていくのは仕方がない。自分のコピーはできないけれど、後を託した人には僕が弱かった部分をちゃんとやってもらって、その人ができないことは他にできる人を作ればいいわけで。そういう体制を作り切れるかどうか。商品に詳しい人を外部からでもいいから引っ張ってきて担当にするとか、強いチームでやっていくことが大切だと思いますね。