文筆家・つやちゃんがファッション&ビューティのトレンドをポップスターから紐解いていく本連載。第5回は「バレエコア」や「フェアリーコア」と並び、SNS発のトレンドの一つ「エンジェルコア」について、紹介していく。
2020~21年を起点に生まれ、ファッションや音楽、デザインといったさまざまな領域をシームレスに漂いながら、SNSによって加速された多数の「〇〇コア」なる潮流。当初は一過性のマイクロトレンドかと思われていたそれらの美学が、今多彩な実験と異種配合を経ることで文化領域に巨大な根を張り進化している。20年代も中盤に差し掛かった現在、この動きはここ10年の気分を決定づける潮流として揺るぎないものになってきたようだ。
「エンジェルコア」は、その代表的な一例であろう。20~21年に、天使の美しさと儚さを幻想的に描くことで勃興したエスセティック(美学、美意識)は、単なるパンデミックからの逃避として取るに足らない少女趣味のように思われていたかもしれない。18世紀のロココ様式から受けたインスピレーションと、複数の信仰体系から得た天使のイメージがキメラ化したそれは、元来は今よりもかわいらしいスタイルだった。例えば、21年に「エンジェルコア」についていち早くキャッチアップしていた米「NYLON」(※1)は、モデル/ダンサーのCamri Hewieのスタイリングを例に挙げながら、際立ってフェミニンな装いを紹介している。
※1https://www.nylon.com/fashion/angelcore-aesthetic-fashion
20年代「エンジェルコア」のプロトタイプを作ったとされている米アーティスト、メラニー・マルティネス(Melanie Martinez)のアルバムであり映像作品でもある「K-12」(2019)を観てみても、ピンクやパープルを多用したかわいらしいファッションが表現されている。ただ、ビビッドというよりは、どこか儚げで淡い色使いをしている点がポイントだ。クリエイターのイザベラ・リッチ(Isabella Ricci)は先の「NYLON」の記事で「『コテージコア』や『プリンセスコア』『ロイヤルコア』は、美しい建築物や庭園を見つけてくつろぐもの。一方で『エンジェルコア』は、雲の上に行きたいと思わせてくれるもの」といった旨を述べているが、まさしく、この「雲の上で浮遊する」という感覚が価値観の中心にある。ロココ様式を代表するフラゴナールの絵画「ぶらんこ」で描かれている通り、自由奔放で、どこか浮世離れしているかのようなふわふわした空気が、次第に「エンジェルコア」を変化へと導いていくことになるのだ。
「ポスト・エンジェルコア」の潮流
22~24年にかけて、「エンジェルコア」は隣接する美学と密接に影響を与え合うことで、「ポスト・エンジェルコア」ともいえるような形へ進化を見せた。まずは、「フェアリーコア」や「バレエコア」といった儚げでドリーミーな傾向との融合。さらに、神秘と退廃をあわせもったような新たな音楽の潮流――Spotifyの人気プレイリストの「Ethereal」や「Femme Fatale」が持つムード観——との共振。その過程で、カラーパレットは次第に白の配分を増やし、ますます透明感を携え、現世から浮遊するような発展を遂げていった。サウンドとしては、もともとあったアンビエントへの関心に加え、シューゲイザーやドリームポップの恍惚感、サッドコアやスロウコアの陰鬱さも内包しながら変容することに。そういった意味で、「ポスト・エンジェルコア」とは、哀しげで柔らかい質感を追求していくことにより、ルーツとして持っていた「天使」をより強く希求していったともいえよう。結果、“天使の羽根”といったシンボリックなアイテムを身に着けるような動きも広がっていった。「ファイナルファンタジー」など、一部ゲームからの影響を取り入れているケースもある。
※TikTokでの#angelcoreの投稿
https://www.tiktok.com/tag/angelcore
今、「ポスト・エンジェルコア」の美学を最も体現している人物といえばウィスプ(Wisp)だろう。米サンフランシスコ出身のアーティストである彼女はTikTokで22年にブレイクして以降、メタルやハードコアも経由したようなシューゲイズサウンドをDTM(デスクトップミュージック)で制作し、匿名性をまといながらデビューした。今年リリースした「Pandora」のMVでは天使の羽根を身につけ、ノイジーなカタルシスを鮮やかに描出してみせている。80年代後半~90年代のシューゲイザーというとガレージ&サイケな服装のプレーヤーが多かったが、それを全く異なるムードへと解釈してみせたのだ。
メラニー・マルティネスの「K-12」に出演していたElita(エマ・ハーベイ)も、「ポスト・エンジェルコア」として独自の感覚を表現している。ファンのことを“エンジェル”と呼び、「フェアリーコア」や「バレエコア」の要素も取り入れながら幅広い音楽性を打ち出している彼女の楽曲は、多くの「エンジェルコア」のプレイリストにキュレーションされている。
「エンジェルコア」が解釈を変え、隣接するさまざまなスタイルとの折衷を繰り返す中で、この美学は大きなライフスタイル概念へと変貌していった。それと同時に、さらなるルーツの掘り起こしも進んでいる。フェミニンなドレスから、シースルーのレイヤード、レース素材、さらに天使の羽根そのもの——もの憂げで柔らかなエッジのルーツをたどると、コクトー・ツインズ(Cocteau Twins)にまで行き当たる。82年にレーベル「4AD」からデビューした伝説のバンドは、確かに、今の気分に近いものを感じる。
また、大御所ポップ・スターの中では、ラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)の存在も避けて通れない。昨年リリースされヒットした「Say Yes To Heaven」は、その曲名や曲調も含めて「ポスト・エンジェルコア」の美学を象徴している。特にテンポを速めたSped UpバージョンがTikTokで広くバイラルしたが、彼女のボーカルがより一層高く浮遊しているように聴こえる点で、「エンジェルコア」の美学から大きな支持を得ているのも納得がいく。
日本での「エンジェルコア」のトレンド
そして日本でも、「天使界隈」といったキーワードや天使のモチーフが多用される昨今、やはり「エンジェルコア」と近い美意識が流通しているのは間違いない。国内の場合は独自のネットカルチャーやストリートカルチャーからの影響もあり、やや異なる文脈を持っているが、例えばTohji(トージ)やnyamura(にゃむら)がたびたび天使をモチーフにしてきた点は重要だろう。
筆者が過去に取材した際、nyamura本人は「自分のキャラデザインに天使の輪っかを入れているんですけど、それは、中1の時くらいから聖書がめちゃくちゃ好きなんですよ。何かを信じているわけではないんですけど、ずっと大好きで。天使の、何もしなくても人が集まってくるという形骸的なところが好きなんです」と語っていた(「rockin’on JAPAN」23年12月号)。冒頭で、「エンジェルコア」とはさまざまなインスピレーション源から得た天使のイメージがルーツになっていると述べたが、nyamuraの場合はそれが聖書だったということだ。
加えて、国内においては90年代後半~00年代のギャル文化やビジュアル系界隈でも天使の羽根が使われてきた歴史があるし、他にはthe brilliant green(ザ・ブリリアント・グリーン)の川瀬智子が07年に「Enemy」のMVで羽根をまとっていた事例もあった。もともと「天使のたまご」から「灰羽連盟」「Angel Beats!」と、いつの時代も天使をモチーフにしたアニメーション作品が作られてきた文脈も存在している。海外の「エンジェルコア」の解説サイト(※2)ではそれらインスパイア源が記されているケースがあり、この文化圏にジャパンカルチャーが大きな影響を与えているであろうことも推察される。
※2 https://aesthetics.fandom.com/wiki/Angelcore
「フェアリーコア」や「バレエコア」とのクロスオーバーと、ジャパンカルチャーからの影響によって、その美学の持つ定義が拡大していった「エンジェルコア」。ついには昨年あたりから、象徴的なアイテムとしての天使の羽根がより広範囲で観測されることも増えてきた。ル・セラフィム(LE SSERAFIM)の「UNFORGIVEN」のMVや、「ロエベ(LOEWE)」の23年秋冬メンズキャンペーンに起用された際の米津玄師などがその例だ。現世から浮遊したファンタジックな感覚を表現する際に参照される「エンジェルコア」の美学は、今後、対極にあるはずの「デビルコア」や「ウィッチコア」といったムードとも価値観を対比させながら、20年代後半へ向けてさらに形を変えていくかもしれない。