ネット通販やライブコマース、スマホ決済、ゲームなど、次々と世界最先端のテクノロジーやサービスが生まれている中国。中国専門ジャーナリストの高口康太さんが、最新事情をファッション&ビューティと小売りの視点で分かりやすくお届けします。今回は、「新しいトレンドと広告のゆくえ」です。2021年から続く不動産市場の低迷が続き、いまだに底が見えない。小売りは総額で見ると堅調だが、耐久消費財など高額商品の売れ行きは鈍っているという。そして、年が明けてからは株式市場の下落が加速し話題となっている。中国の現状について、今年1月まで中国に駐在し、日系企業などの広告を手掛けてきた電通の藤井直毅ストラテジストに聞いた。この記事は「WWDJAPAN」2024年2月19日号の転載です)
PROFILE: 藤井直毅/電通 ストラテジスト
―ゼロコロナ政策が終わってV字回復も期待された2023年、予想に反して中国経済は落ち込みました。
藤井直毅電通ストラテジスト(以下、藤井):今振り返ると、中国経済の好調期はコロナ前には終わっていました。その時点では短期的な不調との理解でしたし、その後はコロナだからと受け止めていたのですが、ゼロコロナ対策解除後の23年3月以降になって、以前のような高成長には戻らないという現実を突きつけられました。それで過度な悲観から負の連鎖が起きているのが今の状況です。日本のバブル崩壊になぞらえる人もいるようですが、土地価格の急落や金融機関の破綻は起きていません。成長減速という現実に向き合うまでに少し時間はかかりそうですが。
―中国での販売戦略に変化はあるのでしょうか?
藤井:駐在を始めた15年ごろは投資資金があり余っている時期でした。金はいくらかけてもいいから潜在的な顧客を開拓し、最速でシェアを高めることだけに振り切っていました。広告戦略と価格戦略でひたすら顧客を集めることに専念する、と。これからは新たな顧客を獲得するだけではなく、「一度つかまえた顧客を離さない」「競合から奪う」といった、日本のような成熟市場と同じマーケティングに移行するのではないでしょうか。顧客をキープするためには軽視されてきたブランド構築も必要になるでしょう。ゲームのルールが大きく転換します。
―広告にも違いは出ていますか?
藤井:23年は高額消費が伸び悩みました。消費者サイドで言うと、衝動買いせずによく考えて必要なものだけを買うようになったとなるのですが、広告サイドから言うと、顧客が広告に接触してから購入に至るまでのカスタマージャーニーが伸びて、今までと同じ広告ではなかなか買ってもらえないという、困った事態に陥ります。解決策は2つ。第一に単純に広告の投下量を増やす。何度も広告を「当てる」ことで購買を促すというものです。確実ですが、コストはかかるので、不景気の中では難しい。もう一つのアプローチがより刺激の強いクリエイティブな広告を展開することです。
―「より強い」とは?
藤井:購買を促す力が強い広告です。タイムセールや先着限定、あるいは商品名をひたすら連呼するようなダイレクトレスポンス広告も「強い」クリエイティブですが、それだけではありません。「街歩き」や「村BA」が典型です。長生きするバズワードにはそれに絡めた広告キャンペーンが展開され、さらに影響力を拡大していきます。バズのきっかけがマーケティング由来か自然発生かは特定できませんが、「強い」クリエイティブを必要としたマーケティングが発信力のあるバズワードを探し当て、育てたのではないでしょうか。
―そうした中国人に刺さるバズワードを外国人が見つけるのは大変そうです。
藤井:日本にはアドバンテージがあると考えています。日本人はバブル崩壊を契機に経済成長のステージががらりと変わる経験をしています。当時の経済成長鈍化による不安、人生は金だけではないという価値観の転換、これは今の中国を理解する参考になります。バブル崩壊から10年間ぐらいにあった日本の流行、それと似たものが中国ではやりつつあると見ています。昨年は「宇宙探索編集部」という映画がヒットしましたが、主役はUFO雑誌の編集長です。オカルトや都市伝説はバブル崩壊後のトレンドでした。ジュリアナ東京もバブル崩壊後の流行ですが、中国でもクラブブームが広がりつつあります。野外フェス、ゆるキャラなどもそうです。日本と完全に同じことが起きるわけではないでしょうが、参考があるという強みは活用すべきでしょう。
広告費は2022年で約34兆円に
テレビを抜き、デジタルが首位に中国の広告費は2022年、1兆7156億元(約34兆円)に達した。日本のおよそ6倍の規模となる。国土が広いこともあって屋外広告シェアの高さが目につく他、新聞・雑誌の広告費が合わせて71億元(約1420億円)と極端に少ないことが特徴的だ。新聞の多くは中国共産党の機関紙。商用プリントメディアが育つ前にデジタル化の波が到来したことが大きい。デジタルは22年にテレビを抜きトップに。この統計に含まれていないインフルエンサー広告も加味すると、実際の存在感はさらに大きい。
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