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「ナミビアの砂漠」「Cloud クラウド」の音楽を手掛けた渡邊琢磨が語る「映画音楽の魅力」

PROFILE: 渡邊琢磨/音楽家

PROFILE: (わたなべ・たくま)宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。帰国後、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーへの参加など国内外のアーティストと多岐にわたり活動。自身の活動と並行して映画音楽も手掛ける。近年の作品には、染谷将太監督「まだここにいる」(19)、岨手由貴子監督「あのこは貴族」(21)、黒沢清監督「Chime」(24)、山中瑶子監督「ナミビアの砂漠」(24)、黒沢清監督「Cloud クラウド」(24)などがある。

近年、映画音楽の作曲家以外に、さまざまなミュージシャンがサントラを手掛けるようになった。渡邊琢磨もその一人。かつてキップ・ハンラハン、デヴィッド・シルヴィアンなど伝説的なミュージシャンとコラボレートし、映画音楽を手掛けるようになったのは2000年代に入ってから。近年は「いとみち」(横浜聡子監督、21年)、「はい、泳げません」(渡辺健作監督、22年)、「鯨の骨」(大江崇允監督、23年)などさまざまなタイプの作品のサントラを手掛けてきた。そんな中、今年は「Chime」「ナミビアの砂漠」「Cloud クラウド」という話題作3本に携わり、まったく違ったアプローチでユニークなサントラをつくり上げた。映画界で注目を集めているに、「ナミビアの砂漠」「Cloud クラウド」を中心に映画音楽について話を聞いた。

「ナミビアの砂漠」の電子音

——まず、「ナミビアの砂漠」について伺いたいのですが、どういう経緯で参加することになったのでしょうか。

渡邊琢磨(以下、渡邊):山中さんから映画のプロデューサーを介して連絡がありました。僕が音楽を担当したほかの映画作品を山中さんがご覧になったことがきっかけでお声掛けいただきました。オファーを受けた段階で映画の編集はセミオールくらいまで固まっていて、音楽だけが要不要含めて保留状態でした。そのあとオフラインを拝見したのですが、音楽は最小限もしくはなくてもよいのではと思い、その感想を山中さんと制作部にお伝えしたのですが、監督も当初音楽なしの案も考えていたそうで、音楽を当てるとしても4シーンくらいではないかとのことでした。

——映画に対しては、どんな感想を持たれました?

渡邊:主人公のカナ(河合優実)が、家の近所を無目的に歩くシーンが大変印象に残りました。その不安げで寄るべない散歩を見ているうちに、各シーンの出来事が何かしらの事実に帰結するのではなく、主人公に収れんしていくような映画ではないかと思い始めました。劇伴も主題を変奏する演出ではなく、主人公の空虚さや躍動を音にするのはどうかなと。

——山中監督のほうで、音楽をつけるのであればこういうものがいい、というイメージはあったのでしょうか。

渡邊:電子音という案が出たような気もしますが、ひとまず作業を進めて具体的な音のスケッチをお送りすることになりました。オフラインを観ながら起点となる音素材や音色を探す中で、電子音によるモチーフができたので、そちらを山中さんにお送りしたところ「こういう方向性も面白いですね」というような折り返しがありましたが、音楽の開始位置や音量に関しては改めて検討することになりました。

——「ナミビアの砂漠」で電子音が流れたとき、最初に連想したのがサファディ兄弟の監督作「神様なんてくそくらえ」(14年)でした。青春映画にひと昔前の冨田勲やタンジェリン・ドリームのシンセサイザー・ミュージックを使っているのが面白かったのですが、渡邊さんは「ナミビアの砂漠」のどういったところが電子音と合っていると思われたのでしょうか。

渡邊:山中さんの演出と撮影の米倉(伸)さんによる映像から着想を得たところが大きいと思います。メインテーマがあるようなスコアではなく、サウンドデザインや音響操作に近い音楽が適当ではないかと。

——確かにビートもメロディーもない音響的なサントラでしたね。この映画は、ヒロインのカナの内面についてあまり説明しません。カナ本人も自分が抱えている虚しさや葛藤を自覚していない。そんなカナが抱えている砂漠のような内面を、アブストラクトな電子音が表現しているような気がしました。

渡邊:電子音でビートや拍節感を出さないようにしたのは、ご指摘のとおり主人公に焦点を置いたような音楽の構想もあったからですが、そのような演出は映像に干渉しすぎる懸念もあり判断が難しいところでした。

「ナミビアの砂漠」の音づくり

——サントラはラッシュを見ながら即興で作っていったそうですね。そういう手法を取られたのはどうしてですか?

渡邊:先ほどの話と重なりますが、「ナミビアの砂漠」では様式にとらわれず音楽をつくってみようと思い、モニターでオフラインを観ながら即興演奏をいくつか録音してみました。

——映像を見ながら即興でサントラを作る、というのは、マイルス・デイヴィスが「死刑台のエレベーター」(57年)のサントラをそうやって作ったという伝説を思い出します。

渡邊:ただ今回は録音した演奏をそのまま使うのではなく、即興でつくった素材を電子音に変換したり、原音が分からなくなるまで加工するなどの調整をしています。

——即興のときはどんな楽器を使ったのですか?

渡邊:ピアノやエレキベース、あとはフィールドレコーディングの素材です。カナが街中を走るシーンに、疾走感がありつつ拍節感はない音楽を当ててみようと思い、かなりの速さと音数で即興演奏したピアノから、ダイナミクスだけを抽出して電子音に変換してみたところ、粗粗しく無機的な粒子状の音響形態ができたので、その素材で2曲つくって監督と検討していきました。

——山中監督とのやり取りを通じて、監督の映画音楽に対する考え方やこだわりを感じたりはしました?

渡邊:「ナミビアの砂漠」で音楽が当たっているシーンは少なくて、それも前半から中盤のシーンに集中しています。カナとハヤシ(金子大地)の生活が始まって以降はエンドロールまで音楽がありません。音楽表を拝見した段階ではその構成の偏りに懸念もあったのですが、映画を通しで観ると中盤から音楽が退場することに違和感がなく驚きました。映画音楽を過不足なく当てる必要はありませんが、今回の音楽構成はイレギュラーだったので、山中さんの形式にとらわれない音楽演出は一つ発見でした。それから、全ての劇伴にはアレンジが微妙に異なるバージョンがいくつかあり、それらのリテイクは監督の修正案をもとにつくられていて、山中さんは音の細部や質感に鋭敏な方だと思いました。

——渡邊さんご自身は完成したサントラに対して、どんな感想を持たれましたか?

渡邊:感想……難しいですね。映画音楽の仕事は半ば締め切りによって完結することもありますし、サントラの印象に関しては宙に浮いたままです。「ナミビアの砂漠」では音楽が雰囲気をつくるというより、シーンによっては映像と音楽が拮抗することで、シーンにゆがみができればという構想はありました。しかし、野生動物が砂漠で水を飲んでいるエンドクレジットは難しかったです。エンド曲は3バージョンほどつくりましたが、山中さんとテイクの選定に当たって長考した覚えがあります。なので、映画完成後も少し不安がありました。

——自己評価が厳しいですね(笑)。個人的には合っていたと思いますし、新鮮さもありました。

渡邊:どんな音楽であれ映像に当ててみるとそれが最善に見えたり、何かしらの演出意図に思えてしまうのが、映画音楽の難しいところです。なのでつくった音楽に確信を持ちたいという気持ちに騙されないよう用心しています。

黒沢清監督との仕事

——その音楽が合っているかどうかは、最終的には監督の判断に委ねられるわけですね。では黒沢清監督の作品について伺いたいのですが、初めて黒沢作品を手掛けたのは「Chime」(24年)ですか?

渡邊:そうです。プロデューサーから送られてきた企画書をもとに、自分のオリジナル曲をいくつか選んで黒沢さんにお送りしたところ、そのうちの1曲があるシーンの音のイメージに近いということでオファーを頂きました。

——ということは、作曲に入る前にサントラの方向性はつかめていたわけですね。

渡邊:大まかにはそうですね。「Chime」で音楽を当てたシーンはラストとエンドロールの2カ所だけで、音楽の入りも演出も明快だったので作業は簡潔でした。

——そして、「Chime」の縁で「Cloud クラウド」につながったわけですね。黒沢監督は音楽の使い方には一貫したところがありますが、音楽に関してイメージを持たれている方なのでしょうか。

渡邊:僕が携わった映画に関しては、古典的な管弦楽を基調とした音色や響きが黒沢さんの念頭にあったと思います。それも漠然としたイメージではなく「木管楽器を使うのはどうでしょう」というように、音色や質感についても具体的なお話しがありました。併せてバーナード・ハーマンの音楽や、ジョン・ウィリアムズが音楽を手掛けた「宇宙戦争」(05年)のサウンドトラックなども参照されていたので、音楽の方向性はすぐに定まりました。

——黒沢監督のサントラはオーケストラ・サウンドを使った伝統的な映画音楽をもとにしたものが多いですが、「Cloud クラウド」もそうでしたね。

渡邊:シンフォニックな響きではありますが、それはクラシックというより、やはり映画から派生した音楽が起点となっているので、その点は「Cloud」でも踏まえました。ただ、音楽の主題に関しては悩みました。

——主題というのは、メインテーマの旋律をどうするか、ということですか?

渡邊:そうです。「Cloud」で最初に音楽が当たるシーンは、主人公の吉井(菅田将暉)が転売サイトで「まぼろしの健康器具」という謎の商品が完売するのを見届けて安堵するあたりですが、演出の方向性はつかんでいたものの、自分がしっくりくる音楽がなかなかつくれなくて。黒沢さんに完成した曲をお送りした直後にまた別のテイクをつくり出すこともありました。どうにも好奇心がわくというか、ほかの可能性を探りたくなる。締め切りを気にしつつペンを置くことが難しい映画でした。

——映像がそうさせるのでしょうか? だとしたら、渡邊さんは作曲する際に映像のどういったところにインスパイアされるのでしょうか。

渡邊:フレームの外にある見えない何かが喚起される映像といいますか……。何か見落としている気がするので、刺激というか凝視したくなります。蜃気楼のように近づくと遠ざかっていくので、その実体を見に行きたくなるのかもしれません。

「Cloud クラウド」での音づくり

——渡邊さんが「Cloud クラウド」の音楽をつくる上で手掛かりにしたものは、映像以外に何かありますか?

渡邊:音楽打ち合わせのときに、黒沢さんから「宿命」や「運命的」という主題が挙がりました。あと「地獄」というキーワードも出ましたが、黒沢さんは「Chime」のときも「地獄」に言及されましたので、こちらは何となくイメージできましたが、「宿命」や「運命」を念頭に作曲したことがなかったので、いろいろと試行錯誤しました。

——「Cloud クラウド」のサントラを改めて聴き直したとき感じたのは悲劇性でした。それはある意味、運命的ともいえるかもしれませんね。

渡邊:そうですね。難しかったのは、音楽でその待ち受ける出来事を先取りしてしまうと、映画の構造が破綻してしまうということです。しかし「運命」や「宿命」を演出する限りその音楽は予兆的でもあるので、そのパラドックスをどうやって解決すればいいのか悩みました。不穏な音楽で何かが起きることを暗示するホラーの演出でもなく、その「悲劇性」に寄せてマイナーの響きにするでもなし。楽器編成や音色は古典的ですが、旋律や響きのあんばいが難しかったです。アクションシーンも、弦を小刻みに演奏したり打楽器でアクセントをつくる感じでもなく。

——「Cloud クラウド」は優れたアクション映画でもありましたね。特にクライマックス。日本では嘘っぽくなる銃撃シーンに工夫を凝らしてリアルに演出しているのが分かりました。

渡邊:銃撃シーンが始まってしばらくの間、主人公の吉井は事態が飲み込めず、アシスタントの佐野(奥平大兼)から銃を手渡されてもどうしていいか分からない。そのあとの吉井と佐野が走り出すシーンで一瞬だけ音楽が使われていますが、当初この並走にも音楽を当てる予定はなくて、ダビング当日急きょほかのシーンに当たっていた音楽をアレンジして転用しました。黒沢さんから「今回のアクションシーンでは音楽をなるべく使わない方向で」と、打ち合わせ当初から伺っていましたし、あの銃撃シーン独特の緊張感は、乾いた銃声や息づかいなどの現実音や効果音によってつくり出された部分も多くあると思います。

「映画音楽にはルールがない」

——ジャンル映画のサントラは形式的なところがありますが、そこに独自のアプローチを加えることで化学変化を起こすことがある。それが映画音楽の醍醐味だと思うのですが、例えばサスペンス映画のフォーマットを作ったとも言われているマイケル・スモールが手掛けた「パララックス・ヴュー」(74年)のサントラも、映画から切り離して聴くとジャンルがわからない不思議な魅力がある。

渡邊:「パララックス・ヴュー」のサントラを採譜したことがありますが、あのマイケル・スモールの劇伴は、ほとんど発明に近いと思います。管弦楽法による音響像でもなくリファレンスもあまりない。マイケル・スモールとアラン・J・パクラ監督は、映画と音楽が拮抗しつつ一体化しているような独特の緊張関係をつくり上げたと思います。映画音楽史を調べていくと、トーキーが登場して以降、時代ごとに革新的な音楽が生まれていますが、おそらく直近でも転換点になるような音楽がつくられている気がします。例えば、ヨハン・ヨハンソンが手掛けた「ボーダーライン」(15年)のコントラバスのグリッサンド音ですとか。映画音楽は多分に派生的ですが、その典拠は時間がたってみないと分からないことが多いですね。

——トレント・レズナーの音響的なサントラもそうですね。レズナーもヨハンソンもロックのフィールドで活動していたミュージシャンですが、最近ではレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドやミカ・レヴィのように、映画音楽の作曲家以外のミュージシャンがサントラを手掛けるようになりました。渡邊さんもその1人ですが、そういった動きが映画音楽の世界に与える影響は大きいのではないでしょうか。

渡邊:映画音楽には定まった方法がありませんし、近年は音楽性がより多彩になってきたと思います。明確な主題があって口ずさめるような映画音楽もあれば、サウンドデザインや音響効果に近いサウンドトラックも多く、まさに映画音楽の変革期なのかもしれません。ただ、古典的なフィルムスコアリングの方法を引き継いでいくことも重要だと思います。個人的に文脈は大事ですし、過去作品に取り組むことで自分なりの方向性を見出すこともできます。「Cloud」の作曲に入る前には、ジョン・フリン監督の「組織」の音楽を手掛けたジェリー・フィールディングや、バーナード・ハーマンを聴いて「Cloud」のオーケストレーションなどを検討していました。

——そうやって文脈を見直しながら更新していくのは他のジャンルの音楽にもいえることですね。個人的にはミカ・レヴィと渡邊さんは通じるところがあるような気がします。両者とも専門的な音楽教育を受けていて、エレクトロニックな音楽からオーケストラ・サウンドまで手掛けることができるところとか、

渡邊:ミカ・レヴィの映画音楽にはいつも驚きと発見があります。ジョナサン・グレイザー監督の「アンダー・ザ・スキン」(13年)のサントラでは、木魚のような音が間を置きながら、「コツン、コツン」と鳴るのですが、その曇った打音と歪んだシンセサイザーの音がなんとも不気味で素晴らしく、人間とエイリアンの世界に溶け込んでいきます。「MONOS」(19年)でも笛のような音とティンパニーのロール音をうまく対比させるなど、音色や楽器の組み合わせも独創的で謎に満ちています。

——日本の映画界も、坂本龍一、細野晴臣、鈴木慶一といったベテラン、最近では石橋英子、岡田拓郎など、さまざまなミュージシャンが映画音楽を手掛けています。映画監督の音楽に対する意識も変化してきているのかもしれませんね。

渡邊:映画監督と音楽家の共同作業では、思いがけない発見や着想を得ることも多くありますね。映画の完成に際して、プリミックスから立ち会いをすることもありますが、映画監督の効果音に関するアイデアや判断は勉強になります。台詞や効果は映画内の音ですが、スタジオに立ち会っている自分からは気づけない細かな音にまで注意が行き届いていて、映画は音の情報が錯綜するので、音楽とのバランスを考える上で参考になります。それから、音楽は言語化することが難しくお互い専門知識も異なるので、演出の方向性をやりとりする上で難渋することもありますが、その際の互いの語彙というか、ひねり出される考えが逆に面白く着想につながることもあります。そういう解決困難なやり取りを経て、思いがけない音楽が引き出されます。

——監督とミュージシャンが共同でつくり上げていくという点でも映画音楽は独特ですね。だからこそ、面白いものが生まれる。

渡邊:僕は映画音楽の仕事と何にも付帯しない自分の音楽を分けて考えていません。映画音楽には時間などの制約もありますが、自分がベストと思えるぎりぎり手前の段階で音楽が手を離れたときの不条理な余白は、映画にあって手法や趣向を飛び越えた音に変化するような気もします。「ナミビアの砂漠」の即興をベースにした曲づくりも、「Cloud」の主題も半ば偶発的に着想しているので気がかりではありますが、それは常套(じょうとう)や習慣から逸脱した作業だからではないかと。個人的に作曲の仕事は漠然とした不安がある中で続けていることが多いです。

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