リード エグジビション ジャパンは11月7~9日、国内最大のファッション見本市「第7回 ファッション ワールド 東京」を東京ビッグサイトで開催した。期間中には、業界の活性化と若手応援を目的としたセミナーが開かれ、28人の経営者、デザイナー、編集者らが登壇した。その中でも申し込みが殺到し、立ち見客も出るほどの盛況ぶりだった音楽プロデューサーの藤原ヒロシの講演の一部を紹介する。
講演のテーマは「ファッションとカルチャー」。20年以上にわたり日本のファッション・音楽業界に影響を与えてきたその視点から、ファッションの楽しさやジレンマ、SPA(製造小売業)やネットがもたらした変化、そして業界のあるべき姿について語った
カルチャーの起源を語るには、われわれがまだサルだった頃にまでさかのぼらないといけません。四足歩行だったサルがある時二本足で立つようになり、類人猿に進化していくわけですが、枝を切ったり食べ物を獲ったりするために、手を使うようになったことで脳が発達したといわれています。これが700万年ぐらい前のことです。サルって、植物を食べるイメージがありますが、1970年代にエチオピアで発掘されたアウストラロピテクス“ルーシー”の化石からなんと、類人猿が肉を食べていたことが分かりました。グルメだったんですね。ここからは僕の推測ですが、吸収・消化に時間がかかる菜食生活から一転、肉を食べるようになったことで、‟ヒマな時間”ができたのではないでしょうか。さらに手を使うようになって脳が進化し、人間に近づいたのだと思います。時代が下ると今度は土地を耕し、そこで食物を育てるようになりますが、この“耕す”という意味を持つラテン語の“コレレ”が、カルチャーの語源とされています。生活を“耕す”ことで生まれるカルチャーですから、ファッションも心を“耕す”ものとして考える必要があると思います。
こう前置きした上で、90年代以降、急速に発展した「ユニクロ」「ギャップ」をはじめとするSPAがいかに現代のファッションのあり方を変えたかを説明した。
SPAは東京の街の景色を大きく変えました。僕が70年代の終わりに上京した頃は、奇抜でかっこいい人と、「ファッションとは無縁……」といった感じの人たちのギャップが大きかったのですが、SPAブランドの浸透に伴い、街に“そこそこオシャレ”な人が増えました。ただ、極めてスタンダードなんです。スタンダードは悪いことではありませんが、「いかに多くの人に、多くのモノを売るか」というSPAの企業魂は、心を‟耕す”性質を持つ、本来の意味でのファッションとはちょっと違うんじゃないかな、と思います。
消費者のカルチャーにまつわる情報の仕入れ方も当時から大きく変わったという。リアルなコミュニケーションの重要性を強調した。
僕は若い頃、ショップに行って店の人と話すことが好きでした。当時、ショップは消費者を教育する場だったんです。レコード屋や服屋に通って色んな人と話し、たくさん勉強しました。今はネットで何でも調べられますが、人との会話を通して学ぶのとは、やはり違いますよね。特に地方のショップにとって、店側が顧客を引き寄せることができる魅力や知識を持っていることは大切なのでは。
さらに、現代のファッション業界人の働き方についても言及。
長時間労働や深夜残業が問題になっています。強制されて仕事しているなら問題ですが、本人が好きで仕事している分には、多少変わったスケジュールでも構わないのではないか、と思います。僕は18歳で東京に出てきてから、ずっと音楽とファッション業界で仕事をしてきました。初めの頃は、午前2時にマガジンハウスに行って仕事をしたり、ショーの前日に音楽を用意して徹夜でリハーサルしたり。そんな生活が楽しくて仕方なかった。ファッションは楽しくないと意味がありません。楽しめないのであれば、別の仕事を探した方がいいでしょう。
上司から直線的に命令が下っていく、命令系統が縦型の企業は現代に通用しないという。
上司や先輩が下に対して何かを言う時、きちんと内容があり、愛があればいいのですが。先輩は、もっと部下の話を聞いた方がいいと思います。あと、若い人たちはたくさんおごってもらってください。若い頃って自分のお金で食事をすることなんか考えなくていいんです(笑)。先輩の皆さんはぜひ、おごってあげて、若い人の話に耳を傾けてください。きっと有意義なアイデアや視点が得られるはずです。ファッション業界って、そういうところなのではないでしょうか。
ファッションとトレンドが抱えるジレンマについて回想しながら。
子どもの頃に見た映画「さらば青春の光」の中に、僕が初めてファッションについて考えさせられたシーンがありました。モッズの主人公ジミーが、ライダースを着て髪を立てたロッカーのスタイルをバカにすると、「モッズもロッカーも同じようなものだろう」と言われるんです。そこでジミーは「人と同じはイヤ。だから俺はモッズなんだ」と答えるんですが、これを見ていて、子どもながらに矛盾を感じました。人と同じは嫌なはずなのに、モッズたちは皆同じアウターを着て、同じスクーターに乗っているのです。僕も学生の時、「人とカブりたくない」なんて言いながら、パンクをマネた格好していましたが。
藤原率いる「フラグメント(FRAGMENT DESIGN)」が手掛けるコラボ商品は毎回、熱狂的な人気を博す。7月に「ルイ・ヴィトン」のキム・ジョーンズ=メンズ・コレクション アーティスティック・ディレクターと共に制作した限定商品発売の際には、伊勢丹新宿店の前に約4000人以上が行列を作った。ブランドの限定品を目当てにファンがショップ前に並ぶ姿は、90年代には裏原の名物にまでなったが、藤原は当時を振り返り、希少性を演出することは特に意識していなかったと話す。
あれは、特に戦略的なものだったというわけではなく、ただ単に量を生産するお金がなかったんです。むしろこだわったのは“他にはないもの”を作ることでした。街を歩いていて自分と同じTシャツを着ている人と出会うのはいいですが、それが5人、10人ともなると、ちょっと違う気がしますよね。生産と販売を管理するビジネス側のさじ加減が大変重要になってきます。「売れるからたくさん作ろう」ではなく、どう売るかは考えるべきだと思います。
ゲストとの質疑応答で、音楽とファッションの関係性について聞かれると。
音楽とファッションが深く関わり合っていた時代は90年代に終わったんじゃないかな。50年代のロカビリー、60年代のサイケ、70年代のパンクと、音楽とファッションは密接につながっていて、パンクのコンサートにはパンクなファッションで行くのが当たり前でした。でも、ヒップホップあたりからその傾向は薄れ、僕が2000年代前半にクラブでDJをしていた頃にはすでに、みんな思い思いの格好をしていた。「この音楽を聴いているからこの格好」というのはもうありませんでしたね。
「モノを売るだけでなく、カルチャーを発信するためにどうしたら良いか」という問いに対して。
結局のところ、重要なのは人間力。人を通して、雰囲気や世界感を伝えていってほしい。ただ、何でもカルチャーと絡めれば深みが増すというわけではないので、気を付ける必要があります。
藤原自身はどのような人に“人間力”を感じるのか。
僕は若い頃からこんな感じで、わりと誰とでも話せたが、当時の大人たちからしたら生意気な奴だったと思います。それでも笑って付き合ってくれた方、良くしてくれた方を見て、自分もそうなりたいと感じていました。
講演の締めくくりはこの言葉。
ファッションは楽しいです。だから皆さん、楽しく仕事しましょう!