2017年1月11日、長澤まさみ主演のミュージカル「キャバレー」が開演する。
「キャバレー」は、1929年のドイツ・ベルリンのキャバレーで、ダンサーとして働く主人公サリーと、アメリカから来た駆け出しの作家クリフとの悲恋を描いた作品。66年のブロードウェイでの初演以降、米国や英国をはじめ多くの国で上演され、ロングランを記録した。72年にはライザ・ミネリ主演で映画化され、アカデミー賞8部門を受賞している。日本での初演は82年。2007年には今作と同じ松尾スズキが台本・演出を手掛け、松雪泰子が主演を務めた。歌や演技もさることながら、作品の見どころの一つは、当時の華やかさを伝える衣装の数々だ。16年夏に公開された長澤のビジュアルは、レースのビスチエに下着とガーターベルトという妖艶な装いで注目を集めた。衣装のデザイン・制作を手掛けたのはスタイリストの安野ともこ。自身初のミュージカル衣装だったという安野に話を聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):「キャバレー」の衣装を手掛けた経緯は?
安野ともこ(以下、安野):松尾スズキさんが2015年に「ジヌよさらば」という映画の脚本・監督・出演をされた際、その取材で着用する衣装を担当した。その時に「キャバレー」のお話をいただいた。衣装についてのリクエストは特になかったけれど、長澤さんが「何でもやります!」とおっしゃっていたので、なるべく彼女のきれいな身体のラインを生かすセクシーなスタイリングを意識した。
WWD:インパクトがあるビジュアルが印象的だった。特に意識したことは?
安野:当時のアーティストのエゴン・シーレやグスタフ・クリムトの雰囲気を入れたかった。あのこっくりした色合いを使うとそのままの世界観になってしまうので、ベージュや生成りで統一して、無彩色だけれどもドリーミーな世界観で統一した。セットの小物もすべて一から手作り。下に敷いた布も、ムラ染めをして何色か作ったものをコーディネートしている。
WWD:長澤さんがビジュアルで着用しているビスチエはビンテージ?
安野:もともと自分のコレクションとして持っていた1930~40年代頃のビスチエに、昔のレースを切って縫い付けたもの。昔から古いお店が大好きで、地方に行ったりしたときに古くからありそうな洋品店に飛び込んでは店頭に出ていないデッドストックの商品を見せてもらっていた。あのビスチエも、六本木の交差点の近くにあった下着屋さんで、店頭に出ていないものを購入したもの。実は「ブランキー・ジェット・シティ(以下、BJC)」の1994年のアルバム「幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする」のジャケット写真のスタイリングも手掛けたが、BJCの3人が着ている下着も同じ洋品店で購入した。古着屋さんではなくて、洋品店などでリアルに古いものを購入するのが好き。今はそういうお店もだいぶ減ってしまったけれど。
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WWD:今回衣装で意識したことは?
安野:10年前に松雪さん主演でやられた時は、衣装をかなり作りこんでいて全体的にもポップで面白い雰囲気だった。今回はどちらかというともう少しシンプル。役者さんたちをお茶目な人たちに見せたいなというのがあって、衣装を立たせるというよりは、彼らの演技と衣装がマッチすることを意識した。大きなオルゴールがあって、みんながそこを覗いているみたいな、そういうイメージの世界にできたらいいなと思っていた。
WWD:衣装はどのように揃えた?
安野:自分がコレクションしていた下着を多く使用している。それらも含めほとんど国内のもの。一部自分のブランド「アロマティック|カスカ」のレースの下着も使用している。あとは衣装用の生地を扱っている老舗や、神田の紳士服の生地屋に行って在庫を出してもらって作ったり。制作したのは生演奏のバンドの方々も含め35人分で、計100着近く。長澤さんの衣装も8~10着くらい。男性チームは1930~40年代の太いパンツに短めのジャケットというスタイリングをメーンにした。女性は、72年のライザ・ミネリの映画の「マインヘル」に出てくる、帽子にベストとタイトなショートパンツというスタイリングを意識した。やはりあの場面は、ライザを彷彿とさせる衣装にしたいなと思っていたので。
WWD:ジュエリーなどの小物もビンテージ?
安野:基本的には自分がコレクションしていたビンテージのジュエリー。長澤さんの衣装で使用しているパールはミリアム・ハスケルという作家のもので1930年代頃に作られたもの。彼女の作品が大好きで、今はとても高価でなかなか買えないが、昔自分が買ったものがあったのでそれを使用した。それ以外にも、20年以上前にもらってきたボタンを使用していたり。それも、お店をリニューアルするからというので処分品として箱積みになって置かれていたものをもらってきた。
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WWD:古いものの魅力は?
安野:トレンドを意識したり、ウケを狙っていない感じがいい。無意識に胸がときめくようなかわいさがある。作られた当時は他のものと同じようなデザインだったかもしれないが、売れ残ってしまって行き場もなくなってしまって。そういうものを救いあげて、また日の目を見させてあげられることができるのも嬉しい。
WWD:衣装について長澤さんからのコメントは?
安野:本番の衣装フィッティングはまだこれからだが、ビジュアルについては、周りからの評判が良くて嬉しいと言っていただけた。
WWD:衣装制作で一番難しかった部分は?
安野:動きを考えなければいけないところ。「キャバレー」はダンスの振りが激しくて、そこに耐えられる衣装にしなければいけなかった。あとは撮影であれば、角度的に見えなければ、ピンで打ってちょうど良くなるように見せることもできるけれど、舞台やミュージカルはどんな時でもどういうポーズをしていてもきれいに見えなくてはいけないので難しい。そこの部分はフィギュアの衣装を手掛けた経験が役に立っている。
WWD:浅田真央さんのソチ五輪の衣装を手掛けた。
安野:9年くらい前にCMの衣装を担当したのがきっかけで、それからいろいろなCMでのお仕事を経て、「競技の衣装も」ということでお願いされた。本来、競技の衣装というのは動きや採点なども熟知した専門的な職業の方がデザインされるので、依頼してくださって本当に光栄だった。オリンピックという晴れの舞台まで到達できたことも感慨深かった。
WWD:ジュエリーやランジェリーブランドも立ち上げられている。
安野:どちらも自分が欲しいものがないという思いから作ったもの。「カスカ」というジュエリーブランドは、自分がたまたま作ったジュエリーがドラマで女優さんに着用いただけたことがきっかけで人気になり、ブランド化した。素材も18金で、チェーンのカッティングにもこだわっている。そのチェーンが撮影用のライティングにあたったときにキラキラと光ったため、ドラマでも話題になったようだ。17年1月11日からは東京ミッドタウンの伊勢丹サローネでポップアップストアも展開する。ランジェリーは16年に立ち上げたばかり。もともと個人的にランジェリーが大好きだったが、デザインはすごく素敵でも、着用したときに美しく見えるものがなかなかなくて作ることにした。締め付けるのではなくて、その人の今の体つきを美しく見せるものが作りたいと思った。16年の春に展示会を行ったが、モデルさんや女優さんのオーダーも多かった。服を着たときにあたりが出ないので、スタイリストさんも購入される方が多かった。
WWD:今後やってみたいことは?
安野:今まで古いものをたくさん集めてきたので、目黒の自宅の1階のガレージを利用して古着屋さんをオープンする予定。最近近くにぽつぽつとお店ができ始めて、ファッションストリートになりつつあるのでおもしろいかなと。17年春くらいのオープンを目指している。
スタイリストの安野ともこ