洋服の展示会に行くと「素敵」とか「う〜ん着るのが難しそう」とか、すぐに感想が出るものですが、最近の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の展示会は違い、最初は無言になります。無言で淡々と服を見ている私の顔を、プレスの方が“大丈夫?”と心配そうに覗き込むのですが、それでもイマイチ反応できず。なぜなら、ハンガーにかかっている服には、見るだけではわからない、着てみて初めてわかる、予想の斜め45度上をいくアイデアがたくさん詰まっているからです。思わず、真剣な観察モードに入るわけです。新種の昆虫を発見した研究者はこんな感じでしょうか?未知の生物を前に興奮はするけれど、“こいつ、どういう動きをするのだ?”と数歩下がって慎重に観察する感じです。
デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia )=アーティスティック・ディレクターが手掛ける「バレンシアガ」は、言わばファッション界における新種の生物であり、魅力的です。両者の出会いは成功だと改めて思います。今季は、ショーと展示会に加えて開催中の「バレンシアガ」展を見たことで、メゾンとデザイナーの間に良い相互作用が働いているかを知りました。
展覧会「Balenciaga,L’ouvre au noir〜バレンシアガ、黒の作品」はこんな感じです。
会場はモンパルナス地区のブールデル美術館で、3月7日からスタート。同美術館は、彫刻家アントワーヌ・ブールデル(Antoine Bourdelle)のアトリエ兼住居を改装したもので、無数の彫刻の合間に、クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balanciaga)が手掛けた黒の服を展示しています。彫刻と「バレンシアガ」の造形は驚くほど呼応しており、歩くと3つのことを体感します。
1.オートクチュールと聞くと上品でエレガントな服を連想するが、当時の「バレンシアガ」は上品なだけではなく、非常に挑戦的で個性的であったこと
2.建築的アプローチの服は個性的であると同時に、着る人の動きに自由を与えること
3.彫刻家が人間の感情や個性を引き出し、造形するように、クリストバルも着る人の姿勢や態度を引き出し反映する服を作っていたということ
高度な素材の知識と縫製技術を操るファッションデザイナーの仕事とはこういうことを言うのだな、と知る展示会です。洋服をデザインするって、(私にはできないけれど)本当に奥が深くて面白い仕事なんですね。
さて、同美術館から徒歩15分ほどの展示会場で、最新の「バレンシアガ」を見ると、デムナは上記のクリストバルの視点を、プレタポルテの中できっちり引き継いでいることがわかります。デムナの「バレンシアガ」は、大きくは4つのポイントがあると思います。共通しているのは、「視点を変える」「必ず着られる=ショーピースで終わらせない」発想であり、デムナの前の職場である「マルタン マルジェラ(MARTIN MARGIELA)」の精神に通じるものがあります。
(1)日常:日常生活で目にするモノを再解釈する
今季は“車”が題材に。カーマット(運転席の足元にあるアレです)風パネルがブラウスにドッキングしたり、スカートになっています。スペアタイヤ入れはバックに化けました。いずれも“ナニコレ!?”な発想だけど、不思議とリアルクローズとしての魅力があります。カーマットのスカートなら堅くて冷たい椅子にも安心して座れそう(笑)。
(2)ドッキング:既存のものを複数組み合わせて新しさを生む
このコートはブランケット付きで、内側にはスカートも付いています。シンプルなコートとしても、セットアップのようにも着られます。バッグが2つも3つもついたバッグや、ソールが3重のスニーカーも登場。これまた、“ナニコレ!?”ですが、手に取ってみたら使い勝手も良さそうでした。
(3)サイズを遊ぶ:特に大きなサイズを遊ぶ
(2)のスカートの写真をご覧ください。ウエスト周り1メートルはありそうなブカブカのスカートをジャストサイズにアレンジ。単純なタイトスカートに遊びが加わり、ブカブカなハズなのに、エレガントです。
(4)笑いを入れる
“ナニコレ”と突っ込まずにはいられない、オカシな要素が随所に入っています。が、ベースがいたって真面目なデザインであるため、単なるお遊びには終わりません。こちらはサイドミラーのバッグです。手鏡としても優秀ですね。
今年は「バレンシアガ」創業100周年ということもあり、ショーの最後はオートクチュールのドレスの再解釈で締めくくられました。展覧会を見てからこのルッックをみると感慨深いです。
長くなりましたが、ショーと展示会と展覧会を通じて感じたことをまとめてみました。とにかく、ルック写真を見るだけではわからない、着てみないとわからない魅力が多いことは確かです。それにしてもこれは、販売員さんは説明が大変だ!