「フェンディ(FENDI)」の創業家に生まれ、現在その3代目としてカール・ラガーフェルドと共にクリエイティブ・ディレクターを務めるシルヴィア・フェンディ(Silvia Fendi)が、表参道店のオープンに合わせて来日した。ぜいたくなファーがルーツの同ブランドだが、近年はアイキャッチなアクセサリーがヒットし、支持層を広げている。そのユニークなアイデアの源泉をひもとく。
WWDジャパン(以下、WWD):ここ数年、“バッグ バグズ(BAG BUGS)”などのファーチャームや、バッグの付け替えストラップ“ストラップ ユー(STRAP YOU)”いった新しいアイテムの提案を続けているが、どんなところからそのアイデアが浮かんでくるのか?
シルヴィア・フェンディ「フェンディ」クリエイティブ・ディレクター(以下、シルヴィア):私は、常にこの世に存在しないようなものを作りたいと思っています。大事にしているのは、機能性、もしくは単純に“楽しい”ということ。例えば、“バッグ バグズ”は、「フェンディ」のDNAであるファーを使って機能はなくてもただ楽しいものを作りたかったんです。「フェンディ」らしいものが欲しいといっても、今は必ずしも皆がファーコートを着たいというわけではないし、買えるわけではないですよね。だから、所有者のベストフレンドになるようなものにしようを考えました。そして、クリスマス休暇にブラジルに行ったときに、友人の家で色鮮やかな鳥たちを見て、デザインをひらめきました。一方、“ストラップ ユー”誕生の背景には、自分好みにアレンジすることで、同じバッグを長く愛用してもらいたいという思いがありました。「フェンディ」のバッグは決して安くはありません。だから、気分やシーズンによって自分でアレンジできることは、バッグに長い命を与えるという意味で大切ではないでしょうか。新たに提案している“キャナイ(KAN I)”にはいくつもメタルリングが付いていて、いろいろとカスタマイズを楽しめるデザインになっていますよ。
WWD:そういったカスタマイズの流れは、マーケット全体に波及している。
シルヴィア:「フェンディ」にとって“持つ人に選択肢を与える”というコンセプトが生まれたのは、1990年代にアイコンバッグの“バゲット(BAGUETTE)”が生まれたときにまで遡ります。“バゲット”では個性の尊重という意味で、数多くの限定デザインをリリースしてきました。今のカスタマイズは、その考えが発展したものです。
WWD:アイキャッチなアクセサリーは、ミレニアル世代をはじめ若い顧客の獲得にもつながっているようだが?
シルヴィア:もちろんファーコートよりも安価ですからね。ただ、それだけでなく、私たちは“セレリア(SELLERIA)”のような卓越した職人技とぜいたくな素材を生かした伝統的なアイテムの提案も続けていきます。幅広い提案でさまざまな趣向を持った人々にアピールしていくのは、とてもデモクラティックなことだと考えていますから。それに年齢というのは、パスポートに記されている以外には、もはや意味のないものだと思います。
WWD:“楽しさ”はラグジュアリーに必要か?
シルヴィア:全てのラグジュアリー・ブランドに必要不可欠なものではないですが、「フェンディ」にとってはそれがアイデンティティーなのです。1970年代にカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)は、富の象徴であり、クラシックで重々しいファーの概念をモダンに変えるため、「FUN FUR」を意味する“ダブルF”のマークを生み出し、コートのライニングに採用しました。その後、それはキャンバスのバッグなどにも使われるようになりました。そのときからずっと“楽しさ”や“アイロニー(ユーモアを含んだ皮肉)”は、「フェンディ」精神になっています。
WWD:コレクション制作において最も大切なことは?
シルヴィア:自分自身が誇りに思えることでしょうか。もちろん私の祖母が手掛けていたことから常に高品質であることは重要ですし、独自の視点を生かして新しいモノを提案するということもクリエイションで“正しく”競い合う中では大切です。そんなことを考えて生まれたコレクションを、私はいつも胸を張ってランウエイに送り出すようにしています。
WWD:ブランド創業の地であり現在も本社を構えるローマとは?
シルヴィア:「フェンディ」は、ローマで今なお活動を続ける最も古いのブランドの一つです。そして、とても美しいローマは、ブランドのDNAの一部であるだけでなく、インスピレーションの宝庫でもあります。コロッセオから教会のフレスコ画まで、長い歴史の中で人々が成し遂げてきたモノに毎日のように触れられるエモーショナルな街なのです。
WWD:カール・ラガーフェルドをはじめ、チームでうまく仕事をしていく秘訣は?
シルヴィア:「フェンディ」は長い間家族経営でしたから、チームワークは私にとって自然なことでした。それは今なお変わりませんし、“シェアする”というコンセプトはとても大切。長い時間を共に過ごし、アイデアを表現し合う中で信頼関係が生まれ、家族のような存在になっていきます。かつて「フェンディ」で働いていたアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)やピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)とは今でもいい友人で、彼らがファッション業界で大きな成功を収めていることは誇らしいこと。「フェンディ」は、ファッションの学校のような役割も果たしている特別な場所なのです。