パリのストリートスナップ (c) Fairchild Fashion Media
インディゴブルーの生地、ファイブポケット、厚い生地を束ねるためのリベット。見た目は同じように見えるジーンズに、静かな革命が起こっている。米国でのある調査に、ジーンズ部材の大手サプライヤーの幹部は衝撃を受けた。ジーンズを好きと答えた米国の20代の女性たちが「リーバイス(LEVI'S)」「リー(LEE)」などの伝統的なジーンズブランドに対して「ダサい」「はき心地が悪い」とネガティブ評価をつける一方、好きなジーンズブランドとして「ザラ(ZARA)」「H&M」といったファストファッションブランドを挙げたのだ。米国はジーンズの始祖にあたる「リーバイス」を生み出し、一人あたり年1.4本を消費する(欧州平均だと0.6本)、名実ともに世界のジーンズ大国だ。「ジーンズはこの数年で中身もビジネスモデルも産業構造も大きく変わった。今やオーセンティックなジーンズは王道ではない。王道はストレッチやイージーケア、はき心地の良さといった新しいスタイル。いつの間にか、ジーンズは以前とは似て非なる製品に変わっていた」とこの幹部は指摘する。今ジーンズに何が起きているのか。
英国のリサーチ会社ジャストスタイル(JUST-STYLE)は、世界のジーンズ市場は2017年の19億5900万本から、2022年には6.6%増の20億8900万本に達すると予測する。増加率は年換算だと1〜2%と緩やかにも見えるが、実はこれまでジーンズはトレンドに大きく左右されるアイテムだった。24年にわたりデニム生地大手カイハラの社長を務め、2014年に退いた貝原良治・会長は「かつてはジーンズはチノパンのようなコットンパンツとトレンドが交互に来る、というのが業界の常識だった。振り返ると5〜6年に一度、在庫が大きく膨らむ時期があったのは確かだ」と語る。ジャストスタイルは調査レポートの中で、拡大を後押しするのはインドや中国、トルコといった新興国で、これまで民族衣装から“洋装化”する際の象徴的なアイテムがジーンズなのだと指摘している。
READ MORE 1 / 2 巨大化するデニム工場
市場の成長を後押しする大きな変化の一つが、デニム生地サプライヤーの大型化だ。世界最大のデニム生地メーカー、トルコのイスコ(ISKO)の年間生産能力は3億m。地球一周分がほぼ4万kmだから、7.5周分にもなる。イスコだけでなく、ブラジルのヴィクーニャ(VICUNHA)、スペインのタベックス(TAVEX)、米国のコーンデニム(CONE DENIM)、インドのアルヴィンド(ARVIND)とナンダンデニム(NANDAN DENIM)といったビッグ5はいずれも年産1億m超え。どの企業も、紡績からロープ染色、織り、仕上げまでの一貫生産で、全工程を通してオートメーション化が進む。スポーツウエアやユニフォーム、スーツなど、あらゆるアパレル素材の中で、デニム生地ほど、糸作りから仕上げまで、無駄なく生産効率を高め、洗練された工場はない。
これはマスやボリュームゾーンに限った話ではない。イスコやコーンデニム、日本のカイハラは、生地値でいえば1m5ドル以上、製品では6900円以上の、ベターゾーンからプレミアムを主戦場にするサプライヤーで、いずれも一貫生産体制を確立している。カイハラが、かつてのライバルである日本の大手紡績が相次いで戦線から脱落した後も、世界の最前線で主導権を握っていられるのは、この一貫生産体制を保持したからだ。カイハラは日系の大手紡績が虎の子のデニム生地生産を海外に拠点を移していた2000年代に、04〜05年にかけて140億円を投じ、紡績と染色、織布の一貫生産工場を新たに建設していた。その後、2010年前後から、イスコなどのトルコやブラジル、インドなどの新興国企業も相次いで巨大な一貫生産工場を建設した。一貫生産は、価格や品質の面で圧倒的な優位になるため、そうでないサプライヤーはこの価格帯でも戦うことは難しくなっており、プレミアムゾーンでも寡占化が進んでいる。
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Diesel Black Gold Men's Spring 2018
GIOVANNI GIOVANNI / (c) Fairchild Fashion Media
もう一つの変化が、素材の変化だ。世界最大のデニム生地メーカーのイスコは2010年以降、 2012年に「ディーゼル」の“ジョグジーンズ”、2014年にファストファッションブランドなどを通じて“ハイパーストレッチ”という大ヒット製品をリリースし、現在のジーンズ市場の流れを決定づけた。いずれもジーンズの色落ちなどのファッション性や見た目は維持しつつも、はき心地の良さや快適性など、従来のジーンズではあまり重視されてこなかった“機能”を兼ね備えていたことが、新興国やファッションコンシャスなウイメンズ、スポーツなどの新しい市場を取り込んだ。
「H&M」や「ザラ」というファストファッションの台頭や新興国マーケットでのジーンズの拡大は、「ゴワゴワと固いオーセンティックな従来のジーンズ像を破壊しつつある」と指摘するのは、イスコジャパンの山崎彰也・社長だ。1960年代のヒッピー・ムーブメント以降、これまで日本でも“のびのびジーンズ”やスキニー、「シマロン」に代表されるカラーストレッチジーンスなどがブームになってきた。これまでとは何が違うのか。「ジーンズの最大にしてほぼ唯一の魅力は、この“インディゴブルー”。はけばはくほどに価値が出る、というのはロープ染色という製法にある。そうした本質を維持しながら、従来の枠にとらわれず、新商品を開発できるかどうかが問われたし、これからも問われるのだと思う」と語る。静かなブルー革命は、まだ始まったばかりだ。