気鋭のアメリカ人ジャーナリストが戦後日本のメンズファッションの変遷に迫った「AMETORA―日本がアメリカンスタイルを救った物語」(デーヴィッド・マークス著、奥田祐士訳、DUBOOKS刊)は、服飾史というだけでなく、日米文化論としても示唆に富む。本書は2015年にアメリカで出版され、大きな反響を呼んだ。このほど満を持して日本語版が発売された。
戦後の日本は、アメリカ文化に強烈なあこがれを抱いてきた。メンズファッションにおいてはアイビースタイルやジーンズを徹底的にコピーしたり、アメリカ製の“本物”をたくさん輸入したりした。それが1990年代以降は、日本が作り上げた独自のアメリカン・トラディショナル――著者がいう“アメトラ”が当のアメリカに多大な影響を与えるようになっていく。アメリカのジーンズ業界では“タテオチ”という日本語がそのまま定着し、日本製のセルビッジ生地が最も尊重されるようになった。日本のセレクトショップの大量受注によって、老舗ブランドのメード・イン・USAが世界中で再評価された。裏原ブームは数十年後の現在、最前線で活躍する世界のイノベーターたちのバックボーンになっている。
最初は借り物だった文化が、探求熱心な国民によって本家が驚くような進化を遂げた。ここに至るまでの半世紀、どんなドラマがあったのか。
日本メンズファッションの開祖であるVANの石津謙介を手始めに、日本製ジーンズの嚆矢になったビッグジョン、カタログ文化を作り上げた平凡出版(現マガジンハウス)の編集者たち、ヤンキー文化への入口になるフィフティーズを仕掛けたクリームソーダの山崎眞行、一世を風靡したDCブランド、渋カジ、ビンテージ、そして藤原ヒロシやNIGOといったカリスマを生んだ裏原ブームまで、戦後の服飾史にさまざまな角度から光を当てる。断片的には知られた事実であっても、脈々と連なる歴史として描くことで、日本のファッションの独自性と普遍性を浮き彫りにすることに成功した。
一つ一つのエピソードが魅力的だ。
海外情報が乏しかった1965年、石津謙介のVANの弟子たちはアメリカに渡り、東海岸の学生のアイビースタイルを手当たり次第に撮影した写真集「TAKE IVY」を出した。撮影に協力したアメリカ人たちは学生の当たり前の服装に日本人がなぜ関心を持つのか、いぶかしげだった。石津の死から5年が過ぎた2010年、「TAKE IVY」がアメリカのメンズファッション業界でカルト的な人気になり、英訳で復刊された。古典的な学生ファッションの価値を、半世紀後にVANを通じてアメリカ人が発見したのだ。
オリジンとは全く異なる姿に変貌することもある。最たるものは、クリームソーダの山崎眞行が仕掛け人となったフィフティーズ・スタイルだろう。アイビーやヒッピーは都市部のアッパーミドルの若者の流行だったが、山崎はそれまでファッション業界に無視されていた地方の不良少年を服に目覚めさせた。70年代、革ジャンにリーゼントといったファッションが、矢沢永吉というアイコンを通じて爆発的に広まった。さらにそれが日本的な風俗と結びつき、やがて特攻服のようなヤンキースタイルに発展する。
本書は、憧れとコンプレックスを原動力にしながら他国のカルチャーを自分たちのカルチャーへと変えてしまった男たちの物語でもある。同世代を生きた男性ならば、たくさん登場する固有名詞に興奮を覚えることだろう。メンズファッションを作り上げた男たちの熱さと息づかいが感じられる。