(c) Fairchild Fashion Media
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米国のビューティ市場では、SNSの影響力は勢いを増す一方だ。各種SNSで活躍するインフルエンサーとブランドとのコラボが次々と成功している一方で、デジタルのみを活用して急成長している「カイリー・コスメティクス(KYLIE COSMETICS) 」など、新たなビジネスモデルも誕生している。
20歳でセレブ一家の末っ子、カイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)。彼女が2015年11月にスタートしたブランド「カイリー・コスメティクス」は三つのリキッドリップとリップライナーのセットから始まり、瞬く間にミレニアル世代の間にブームを起こした。設立からわずか18カ月で売上高4億2000万ドル(約457億円)を超え、22年には売上高10億ドル(約1090億円)を達成して“ビリオンダラー(10億ドル)ブランド”の仲間入りをすると予測される。売り上げ順に世界のビューティ企業のトップ100社をランキングする米「WWD」の17年度「Beauty Top 100」にランクインした他、カイリー自身も史上最年少で「フォーブス(FORBES)」誌の世界長者番付に選ばれるなど、前例がない快挙を次々と成し遂げている。
ブランドデビュー当初はテスト販売という位置付けでリップとリップライナーのセットを各色5000個のみ (計1万5000個)を用意したが、わずか30秒で完売。アクセスの集中でサイトが一時クラッシュしたほどだ。その3カ月後には人気プチプラブランド「カラーポップ(COLOUR POP)」を生産しているシード ビューティ(SEED BEAUTY)と提携し、生産キャパシティーを各色50万個に一気に拡大し、従業員も500人に増やした。そして今もその勢いは衰えていない。8月10日に20歳の誕生日を迎えたカイリーは「バースデー コレクション」を1日に発売。アイシャドウパレットやハイライター、リキッドリップ、グロス、メイクアップブラシなどをそろえ、24時間以内に全てのアイテムが完売した。驚きなのは、全アイテムを含んだセットが325ドル(約3万8000円)とミレニアル世代にとっては決して手頃とはいえない価格だが、そのセットも完売したことだ。結果、同コレクションは1日で1000万ドル(約10億円)を売り上げたのだ。なお、17年度は売上高3億8600万ドル(約420億円)を見込んでいる。
READ MORE 1 / 3 飽和状態の美容業界でなぜ「カイリー・コスメティクス」はヒットしているのか?
カイリー・ジェンナー は厚めの唇がチャームポイント (c) Fairchild Fashion Media
左からコートニー、キム、クロエ・カーダシアン (c) Fairchild Fashion Media
飽和状態ともいえるビューティ業界で、なぜ「カイリー・コスメティクス」は爆発的なヒットをしているのか?ずばり、カイリーが誇るミレニアル世代への絶大な影響力とソーシャルメディアの活用だ。同ブランドは実店舗を構えておらず、広告も出していない。カイリー本人が広告塔になっていて、彼女のSNSが購入への誘導線になっている。スマホで全てを完結させているミレニアル世代がターゲットだと、出店しなくてもECで商品を売り、広告を打たなくてもSNSでのコンテンツでプロモーションが成り立ってしまうのだ。実際、注文の約70%はモバイル端末から行われている。日本では彼女の人気のレベルを実感しづらいが、現在彼女はインスタグラムでフォロワー数約9700万人(日本で最多を誇る渡辺直美のフォロワー数は約700万人) で、世界8位だ。さらに、ミレニアル世代のユーザーが多いスナップチャットでは世界で最も閲覧されているユーザーとしても有名で、彼女にとって最大の武器になっている。
さらに、ブランドの成功の鍵は意外なところにある。それは彼女のチャームポイントでもある、厚みのあるセクシーな唇だ。しかし、もともとは薄めの唇の持ち主で、16歳で唇をふっくらさせる注入治療をしたことをテレビで告白している。そして年の離れた異母姉であるキム(Kim)やコートニー(Kourtney)、クロエ(Khloe)などはグラマラスな見た目で知られており、普段から華やかなメイクとセクシーな衣装を身にまとっている。そんな姉に囲まれて育ったカイリーも若いうちからメイクに興味を持ち始め、16歳でプチ整形をしたとされる。批判する声も多く上がった一方で、同世代で、自身の見た目に執着心があるとされる“セルフィー(自撮り)” 世代には一気に憧れの存在になったのだ。彼女の影響で、唇のプチ整形が若い世代の間でも増えている。しかし、全員がプチ整形を受ける経済力があったり親の許可がもらえるわけではない。そこで、カイリーが自身のリップキットを発売したところ、少しでもカイリーのような唇になりたいと思う数万人の女子が一斉に購入したのだ。
また、注目すべきポイントはもう一つ。カイリーは作り込まれた世界で演じる女優とは違い、「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」という全米で人気のテレビ番組で、家族とともに日頃の生活を密着されているリアリティー番組スターである。そしてプライベートを毎日のようにSNSで発信している彼女は、1日に何回もあらゆるプラットフォームに投稿をし、顧客兼フォロワーをきちんと引き付けている。そのため、多くの女子の憧れでありつつ、親近感を感じやすい対象として絶対的な信頼を得ている。女優やスーパーモデルをキャンペーンに起用しているブランドとは大きく違うのだ。
READ MORE 2 / 3 米国ではユーチューバーに各社が注目
ジャクリン・ヒルと「ベッカ」のコラボ インスタグラム(@jaclynhill)から
ニッキー・チュートリアルズと「トゥー フェイスト」のコラボ インスタグラム(@nikkietutorials)から
ウェブ媒体「エリートデイリー(ELITE DAILY)」が行った米国内のミレニアル世代の意識調査によると、同世代の56%が商品を購入する前に公式サイトで商品情報を調べ、58%がSNSで口コミなどの事前調査を行うという。ビューティ業界では、ハウツー動画やスウォッチ動画(メイクの色味を肌にのせてみせる動画)、レビュー動画が多く投稿されるユーチューブが人気だ。ユーチューバーも一般人で、商品について一消費者としての正直な感想を述べることが多く、ブランドのPR動画より信頼されやすい傾向がある。また、面白動画が多いユーチューブでは、彼氏にメイクをしてもらう動画や1アイテムで全てのメイクを仕上げる“チャレンジ”動画などが人気。ビューティコンテンツを求めにユーチューブを訪れる人が多く、ブランドにとって重要なプラットフォームになっている。
米国ではそういったビューティユーチューバーとブランドとのコラボが絶えない。特にインディーズブランドではその傾向が強い。ベースメイクが主軸の「ベッカ コスメティクス(BECCA COSMETICS)」はハイライトメイクが得意なジャクリン・ヒル(Jaclyn Hill)とコラボしたハイライターの限定色「シャンパン ポップ」が20分で完売。こちらも、カイリー同様彼女の強みを生かしたコラボ戦略が成功したといえる。その後も彼女とのコラボコレクションを次々と発売し、16年10月にはエスティ ローダー(ESTEE LAUDER)に推定2億ドル(約218億円)で買収される規模に成長した。その他「スマッシュボックス(SMASHBOX)」はリリー・シング(Lily Singh)、「タルト(TARTE)」はグレイブヤードガール(Graveyardgirl)、「トゥー フェイスト(TOO FACED)」はニッキーチュートリアルズ(NikkieTutorials)など、多くのブランドが人気ユーチューバーの特徴を捉えた上でコラボをしており、SNSで大きな話題を呼んでいる。百貨店ブランドは複数の商品をそろえたコレクション全体でコラボするケースが多いが、インディーズブランドとユーチューバーのコラボの場合、アイメイクが得意のユーチューバーとはアイシャドウパレットで、リップメイクが印象的なユーチューバーとはリップでなどと、相手の強みを生かした特定のアイテムでコラボすることが多い。数多くのビューティユーチューバーがいる中で、それぞれが個性をより出すようになり始めたのが大きい。こういったコラボは今後も続くと予想されるが、ただ人気のユーチューバーとタッグを組むのではなく、双方の特色がマッチしていることが大事のようだ。
READ MORE 3 / 3 インスタグラムは一目で目立つことがヒットの要因
インスタグラム(@farsalicare)から
インスタグラム(@kalijumei)から
インスタグラム(@wetnwildbeauty)から
また、インスタグラムも動画機能や一投稿で複数の写真をアップするアルバム機能が加わってからスウォッチ動画やチュートリアル動画が増え、ビューティコンテンツも増えている。ユーチューブよりも手軽に見れるものの、動画は60秒以内という時間の制限などがある。そのため、インスタグラムでは一目で目立つアイテムが人気だ。さまざまな色が混ざったレインボーハイライターやドライフラワーを透明のリップの中に閉じ込めたリップスティックなどがはやったのも記憶に新しい。日本でも「イヴ・サンローラン・ボーテ(YVES SAINT LAURENT BEAUTE)」の「ヴォリュプテ ティント インバーム」や「ポール&ジョー ボーテ(PAUL & JOE BEAUTE)」の猫型リップが多く投稿され、売り上げに貢献している。
日本ではカイリーのような絶対的なビューティアイコンがいない中、モデルや女優を広告キャンペーンに起用するケースが多い。その分、インスタグラム上でインフルエンサーを活用したキャンペーンは多く、現在も大きな影響力になっている。市場が若干異なる米国のSNS事情だが、新たな戦略の開拓には参考になりうる事例が多く、今後も注目が高まる。