17~18年前のこと。当時「WWDジャパン」の編集委員だった故・織田晃さんに連れられて西麻布の居酒屋でのむ機会がありました。織田さんが応援していた「トーガ(TOGA)」のデザイナーの古田泰子さんもその場にいて、どういった流れでだったか、古田さんが自作の詩を朗読してくれました。細かい内容は覚えていませんが、とにかく古田さんはその詩の中で“匍匐(ほふく)前進”という言葉を使い、それ以来私の中で古田さんは、匍匐前進のイメージです。ファッションビジネスの世界を、体を使って進む人。アイラインを入れた顔を汚して、ベルベットのドレスをボロボロにしながらジリジリと前へ。ゆっくりとだけど、前にだけ進む。古田さんはそういう女性であり、ファッションデザイナーであると、インプットされています。
そんな(?)「トーガ」が20周年を迎え、「アマゾン ファッション ウィーク東京(Amazon Fashion Week TOKYO以下、AFWT)」の期間中の17日にショーを開催しました。アマゾン ファッションによるプログラム「アット トウキョウ(AT TOKYO)」の一環で、先月ロンドンで発表した2018年春夏コレクションに東京だけの要素を加えて披露。ロンドンでは見せなかったメンズも加えて、スタイリストは北村道子さんと、スペシャルな内容でした。
会場は夜の国立新美術館です。フィナーレは逆光の中、エスカレーターをモデルがゆっくり降りてきました。音楽は女性ジャズシンガー、ニーナ・シモン(Nina Simone)のおそらく「I feel to be free」。喝采とも違う、じわじわ音量が上がってゆく拍手の中にいて、自分も拍手をしながら、あったかいモノが胸に込みあげてきました。
20周年といっても回顧というわけではなく、久しぶりの東京だからといって気張りすぎることなく、ひとつひとつのルックに「トーガ」の足跡を見せつつ、確実に今っぽい。例えば、インサイドアウトのジャケットや、妖艶な色出しのプリーツスカート、背中が大きく開いたウエストマークのワンピース等々、それぞれが発表された時のコレクションがフラッシュバックするし、いずれも自分のクローゼットにもあります。だからといって懐かしいだけでは終わらず、他の要素も加わり進化している。匍匐の跡をつけつつ、その瞬間もじりじりと前に進む……。ショーを通じてそんな姿を見せてもらった気がします。
進化したのは、ボーダーの超え方と完成度です。裏と表、男と女、真面目と不真面目、華やかさと狂気、セクシーと卑猥といったあらゆるボーダーをデザインとパターンの力で揺らがせ越えたり、時に両方を手に入れようとしたりする。しかもあくまでエレガントに。その技と完成度が進化していました。特にフィナーレ近くの、同じ服を男女のモデルが着分けて歩くシーンは迫力がありました。デヴィッド・ボウイ(David Bowie)が似合いそうな服です。
「WWDジャパン」は11月6日号で2000号を迎え、現在大特集を制作中です。そのため過去の紙面を見返していた先週、2002年に作った「トーガ」の特集が出てきました。
インタビューのタイトルは、「代官山より歌舞伎町にいる人を観察している方がワクワクする」とあります。このあたりの人間観察の姿勢は、今も変わらないと言えるでしょう。ただ、「トーガ」が日本から世界へと飛び出したことで古田さんの観察の対象が広がり、豊かになっていて、その違いが力となっています。
満員御礼・大盛況のショー会場には不思議な一体感がありました。私のように、これまでの「トーガ」の軌跡に思いを馳せる人も多そうですが、若い人も多くて、それぞれの視点でこのショーを温かく見ている、そんな空気でした。終わってもなんとなく去りがたく、会場にたたずむ人がちらほら。私もそのひとりで、しばらくぶらぶらした後、古田さんに初めてハグをして(日本人同士のハグは照れくさくて普段はできない)、会場を後にして夜の六本木を歩いて帰る時もまだいい気分でした。
匍匐前進の「トーガ」ですから服も基本たくましいのですが、同時に非常にフェミニンで、私の場合はくたびれた時でも「トーガ」を着ると不思議と女を取り戻せます。この日も、仕事が立て込みぐったりしていましたが、「トーガ」のラフィア素材のドレスを着たら元気が出ました。
ちなみにこのドレス、お気に入りなのに大き過ぎて、着る機会がほとんどありません(笑)。海外でならと思いつつ、ラフィアのスカート部分がかさばってスーツケースの半分を占めるため、持っていけないのです。だから東京で着られてうれしかったです。こういう服を着る機会をくれるのもショーのよいところですね。