ケイト・スペード。ミズーリ州カンザス生まれ。大学卒業後、雑誌「マドモアゼル」のアクセサリー担当エディターを経て、1993年にケイト・スペードを設立。99年にニーマン・マーカスが株式の過半数を取得。2006年にリズ・クレイボーン(当時)が買収し、翌年同社を退社。娘の育児に専念し、現在に至る
ケイト・スペードがついに新ブランドをデビュー
2007年に自身の名を冠した「ケイト・スペード ニューヨーク(KATE SPADE NEW YORK)(以下、ケイト・スペード)」を辞したケイト・スペード(Kate Spade)が、満を持して新ブランド「フランシス ヴァレンタイン(FRANCIS VALENTINE)」を立ち上げる。シューズとハンドバッグのみにアイテムを絞った新ブランドは16年春夏シーズンにデビューだ。ブランド名には、今回も親しみのある“名前”を使用した。創業パートナーはケイトの夫のアンディに加え、「ケイト・スペード」時代からの仲間の2人。「ケイト・スペード」が好調な中、全く新しい名前でスタートするケイトに勝算はあるのか?
ケイトとアンディ・スペード夫妻は“名前”の威力を知り尽くしている。彼らは新しい会社を立ち上げるにあたり、考えに考え抜いて「フランシス ヴァレンタイン」と名付けた。「フランシスは私の父方の姓なの」とケイト。「祖父、父、兄弟、そして私の娘の名前もフランシスよ。それからヴァンレンタインは母方の祖父のミドルネームだったの。彼はバレンタインデーに生まれたから、そう名付けられたのよ」。
新ブランドはシューズとハンドバッグのみ
「フランシス ヴァレンタイン」のバッグとシューズ
新ブランドはシューズとハンドバッグのみを扱い、デビューは2016年春夏シーズン。プレス対象のプレビューは11月4日に行われた。
ニューヨーク西40丁目40番地にある「フランシス ヴァレンタイン」のショールーム は、スタイリッシュで居心地の良いタウンハウスのような内装で、ロングアイランドにあったスペード夫妻の以前の家から持ってきた家具がしつらえられている。壁にはアンディが収集した絵画が多く飾られている。新ブランドの美学を言葉にすると「モダン」の一言だという。デザインは健全で親しみやすいが、どこか奇抜でカラフルといういかにもアメリカ的な雰囲気を持つ。製造はスペインとイタリアで行われ、プライスポイントは昔日の「ケイト・スペード」より若干高い。
フラットなメリージェーン・エスパドリーユは275ドル(約3万3800円)、太目のジュエルシェイプ・ヒールのスネークスキン・サンダルは625ドル(約7万6800円)。バッグの価格帯は225〜725ドル(約2万7600〜約11万6800円)だ。
「シェイプは極めて造形的だと思うわ」とケイト。「『ケイト・スペード』時代とは別人になりましたとは言えない。辞めてから8年後にファッション業界に戻ってきて、突如リック・オウエンスになりました、なんてことはあり得ないでしょう?」
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「フランシス ヴァレンタイン」2016年春夏デビューコレクションから。カラフルでフェミニンなデザインがそろう
「ケイト・スペード」との違い
おそらく、ケイトのデザインの基本が大変化を遂げたということはないのだろう。だが、ファッションシーンは変わっている。チームはそのことにちゃんと気付いている。「フランシス ヴァレンタイン」のポジショニングには、ケイトたちの“一般消費者”としての経験が反映されている。共同創業者の一人、エリス・アーロンズ(Elyce Arons)は、「すてきな靴が欲しくてショッピングに行くと、どれもすごく値段が高いの。ただただ驚きだったわ」という。
スペード夫妻とアーロンズは1993年に「ケイト・スペード」を共同創業した。もう一人の「フランシス ヴァレンタイン」の共同創業者、パオラ・ヴェントゥーリ(Paola Venturi)は2001年にデザイン・ディレクターとして「ケイト・スペード」に加わった。「ケイト・スペード」は06年に当時のリズ・クレイボーン(LIZ CLAIBORNE)社に1億2500万ドル(約153億7500万円)で買収された。その翌年に、4人は同ブランドを去る。リズ・クレイボーン社はその後、傘下ブランドを全て売却し、現在はケイト・スペード社と社名を変更している。
今回、新ブランド立ち上げのために4人は再集結したわけだが、「ケイト・スペード」のスタート時との大きな違いは、4人がプロとしての経験を積み、それぞれ個人資金を持っているという点だ。出資者は4人だけで、完全な独立企業である。
1990年代初めに「ケイト・スペード」がスタートしたとき、競争相手はないに等しかった。「『プラダ(PRADA)』とか、当時、アクセサリーブランドといえばせいぜい5つくらいしかなかった。アメリカでは『コーチ(COACH)』が最も売れているアクセサリーブランドだった」とアンディ。「アメリカでナイロンを取り入れたのは私たちが最初で、実にラッキーだった」。
だが、今では市場は飽和状態だ。「女性はシューズが必要なんじゃない。シューズと恋に落ちることが必要なのよ。私たちは女性が一目ぼれするようなものを作らなければならないの」とヴェントゥーリ。
初コレクションの出荷は来年2月1日で、ノードストロム(NORDSTROM)、ブルーミングデールズ(BLOOMINGDALES)、ショップボップ(SHOPBOP)などの他、各地の専門店にも出荷される。自身のショップ展開については、ニューヨークシティ店を計画しており、リース契約を交渉中だ。
初年度売上高は、eコマースで100万ドル(約1億2300万円)、卸と小売りで400万ドル(約4億9200万円)を見込んでいる。
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「ケイト」VS「フランシス」にはならない?
ケイト・スペード
「フランシス ヴァレンタイン」は新規ブランドだが、創業者たちの業界とのコネクションが密なので、その点は有利だ。彼らは8月に小売業者にコレクションを披露した。「ほとんど宣伝しなかったけれど、
ショールーム を準備して小売業者に電話したら全員が来てくれたわ」とアーロンズ。
また、彼らはデジタル世界が驚異的な発展を遂げたことも大歓迎している。「すでにフェイスブックとマイスペースのアカウントを持っている」とアンディ。彼は動画や写真のためのプラットフォームをどんどん活用していくとやる気満々だ。「以前はショートフィルムを作っても披露する場所がなかった。今は10〜15秒足らずで世界中に発信できる」。今はカリフォルニアの砂漠を背景にしてバッグとシューズのシューティングに取り組んでいる。
とはいえ、ケイトとパートナーたちの立ち位置は微妙だ。自身の名を冠したブランドを立ち上げて成功をおさめた創業者たちが任意で退社し、何年もたってから新しいビジネスを立ち上げるために再集結し、オリジナルの会社はまだ健在でビジネスも絶好調、という中での再スタートなのだ。
ケイト自身は彼女のアイデンティティーと、彼女の名を冠した会社を差別化することは全く難しくないという。だが、「“ケイト・スペード”が立ち上げる新ブランド『フランシス ヴァレンタイン』」についてはどうなのだろう?消費者は当然混乱するのではないか?ケイトは、「全く心配していないわ。過去にやったことを繰り返すのは絶対に嫌だから、はっきりと違いが分かるようにするし、『ケイト・スペード』としのぎを削るつもりもない。それは私にとって絶対条件よ」。
今後ジュエリーなどを手掛けたいという気持ちはあるが、今のところ、プレタポルテは考えていないとケイトはいう。彼女が新しいブランドを立ち上げるとなれば、言うまでもなく周囲の期待は高い。だが、彼らはのんびり構えている。それこそが独立事業のうれしいところなのだろう。
「私たちは急いてことを進めるつもりはない」とアンディ。「世間の思惑は気にかけてないんだ。我々が心地よいと思うスピードで、着実に成長していくよ」。
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