ファッション

NYの人気ショップ「キス」のロニー・ファイグが語る 小売りの未来

 ニューヨークのセレクトショップ「キス(KITH)」と同名のオリジナルブランドを手掛けるロニー・ファイグ(Ronnie Fieg)は、13歳の時にスニーカーショップ、デイビッドZ(DAVID Z)のストックルームからキャリアをスタートした。その後、販売員になり、最終的にはヘッドバイヤーまで務めた後に独立。ビジネスパートナーであるサム・ベン・アブラハム(Sam Ben-Avraham)の協力を得て、「キス」を立ち上げた。その成功に加え、「ナイキ(NIKE)」や「アディダス(ADIDAS)」から「モンクレール(MONCLER)」まで数多くのコラボレーションに取り組む彼に、現代におけるブランドや小売りの在り方を聞いた。

 現在35歳のファイグは20年以上ビジネスの世界に携わってきたが、「キス」を開いたのは2011年。当初のビジョンは“世界で1番のスニーカーショップを作ること”だったが、それがさまざまなブランドの服やシューズを扱う店へと急発展を遂げた。

 現在はNYに2店舗とマイアミに1店舗を構える他、バーグドルフ・グッドマン(BERGDORF GOODMAN)とNY郊外のロングアイランドにあるハーシュレイファーズにショップ・イン・ショップもオープン。ファイグが自分でカスタマイズしたジョガーパンツから始まったアパレルラインはメンズとウィメンズのフルコレクションを展開し、その後スタートしたキッズラインもNYのブリーカー通りに単独店を構えている。また昨年8月には、東京・渋谷にシリアルとアイスクリームに加え、カプセル・コレクションを扱う業態「キス トリーツ(KITH TREATS)」の店(アメリカでは「キス」の店舗内に併設)を開いた。

 ファイグは、ビジネスパートナーであるベン・アブラハムと共に仕事をする恩恵を受けてきた。ベン・アブラハムはメンズ・コンテンポラリー・ファッションの国際見本市「リバティー・フェア(LIBERTY FAIRS)」の共同オーナーであり、セレクトショップ、アトリウム(ATRIUM)を創業した人物だが、そのアトリウムの3店舗を16年までに全て「キス」のショップへと転換。店舗はデザイン会社スナーキテクチャーの力を借りて、ファイグの小売りに対するビジョンを表現する空間に生まれ変わった。

 店舗デザインに関して、ファイグは非常に正確かつ一貫したビジョンを持っている。カラーラ大理石やネオンサイン、真っ白な“エア ジョーダン(AIR JORDAN)”のレプリカを好み、スニーカーをあたかも浮いているかのように陳列する。そんな「キス」のショップは高級感と親近感が融合し、フォトジェニックな空間になっている。「“ソーホーに行くから『キス』に立ち寄る”ではなく“『キス』に行く”と言われるような空間を作りたかった。われわれが扱うブランドのアイテムは商品自体の魅力や価値だけで売れるが、空間自体にも投資をしてきた。その理由は、店でのショッピング体験はただ“商品を買って終わり”であるべきではないというメッセージを消費者に伝えたかったから」だという。

 ファイグが自身のビジネスを始めたのは、スニーカーやストリートウエアがより多くの幅広い消費者から支持され始めた時。それは「キス」の精神にもぴったり合っており、タイミングが急成長の追い風になった。“友達”を意味する「キス」は、誰にでもオープンなブランド。そして、彼は同世代の「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」のヴァージル・アブローや「フィア オブ ゴッド(FEAR OF GOD)」のジェリー・ロレンゾ(Jerry Lorenzo)、「ジョン エリオット(JOHN ELLIOTT)」のジョン・エリオット、「スタンプド(STAMPD)」のクリス・スタンプ(Chris Stamp)とも親しい。彼らを「キス」のファッションショーに招待したり、一緒にコラボ商品を製作したりする他、彼らのブランドのアイテムを店で扱っている。さらに、「キス トリーツ」のメニューには彼らが考案したものもあるという。

 「ヴァージルとの会話は私が人生に対して全く異なる考えを持つきっかけになったかもしれないし、これまで友達との話が自分のビジネスプランを変えたかどうかは分からない。ただ、彼らとの交友関係は『キス』のDNAの大部分を占めている。だから競い合っているわけではない」とファイグは語る。

 また、彼はこのグループには共通点があると話す。彼らは、自分たちのことを従来のデザイナーとは異なる素晴らしいアイデアを持った次世代型デザイナーだと認識し、パーソンズやセント・マーチン美術大学に通ったわけではないが、消費者のニーズを鋭く察知する感覚を持っていると考えている。「結局のところ、私たちはすでに存在するものを一から作り直すわけではない。そういう意味では皆、同じ船に乗っているようなものだ。それぞれ向かっている方向は明らかに違うけどね」。

 その中でもおそらく「キス」は最も手が届きやすく拡張性のあるブランドで、アパレルは顧客の共感を呼ぶロゴデザインで知られている。ファイグは、その全アイテムをタイムレスな視点で手掛ける。そのため、ルックブックのモデルを務めた48歳のウッド・ハリス(Wood Harris)が着ても、新作の発売日に店に並ぶ若者が着ても、サマになるのだ。

 実際、ファイグは昔、そんな若者だった。NYのクイーンズで生まれた彼は、イスラエル人の両親から13歳の誕生日に「ナイキラボ(NIKELAB)」の“エア ズーム フライト 95(AIR ZOOM FLIGHT 95)”のジェイソン・キッドデザインを買ってもらった。それが彼にとって、初めての“高級”スニーカーだった。それから20年以上が経ってもなお、彼はファッションやスニーカーをこよなく愛している。

 ファイグの強みは鋭い観察眼にある。20年以上、周りで起こっていることを観察し、それをビジネスに生かしてきた。彼の一時的なオフィスにもなっている「キス」の会議室の壁には、発売予定の商品のデザインが並べられている。アパレルのデザインは、彼が思い描くコンセプトを出発点に、デザインチームとアイデアを交換しながら形にしていくという。シューズについても同様のプロセスだが、シューズデザインのチームには設立当初から働く3人のメンバーがいる。

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