今、私たちは、缶コーヒーからハンドドリップコーヒーまで多種多様にコーヒーを楽しめる。世界的にみてもコーヒー消費大国である日本だが、私たちはコーヒーを本当に知っているだろうか。普段、見慣れたこげ茶色のコーヒー豆は農産物だ。コーヒーの実の果肉部分を取り除き、種子だけを乾燥させたものが生豆と呼ばれる。生豆をローストし、挽いてエキスを抽出したものがいわゆる “コーヒー”である。有名な産地は、アフリカ各地やブラジル、ベトナムなどだが、日本でもごく一部の地域で栽培されている。中でも注目したいのが沖縄産コーヒーだ。
沖縄北部の国頭村安田(あだ)で徳田泰二郎さん・優子さん夫妻が営む安田珈琲ファームは、県内でも珍しいオーガニックコーヒーの栽培に取り組み、2016年11月に国際審査によって日本初のスペシャルティコーヒーの認定を受けた。徳田さん夫妻は、農作物の難敵である台風や潮風など、コーヒー栽培に適さないといわれた沖縄の厳しい環境の中、沖縄の気候と共存しながら農業に取り組んでいる。時には赤土に海の砂をまくのだという。2人が大切にするのは、農園の全てが長期的に健康であること。やんばるの大自然のめぐみを受けながら、時間をかけて土を作り品質向上を目指している。この結果がスペシャリティコーヒーの誕生につながった。
しかし2人は、自ら育てた豆を焙煎することはほとんどない。「10人いれば10通りのコーヒーの淹れ方があり、そのおかげで多様なカラーの安田珈琲が生まれる。自分たちのコーヒーの味を1つに決めて作るのではなく、信頼できる人たちと沖縄の環境が作ってくれた安田珈琲の可能性を広げていきたい」からだという。
安田珈琲は、派手さはないが、どっしりとした深い味わいが特徴だ。フレッシュな果実感とやわらかなコクがゆっくりと口に広がる。静かで美しく、時に激しいやんばるの地を思わせるような、まさに“大地の味”というにふさわしい。
コーヒーも、生産背景などの物語を知るとより豊かに楽しめる。まだわずかだが、国産コーヒーへの注目が高まりつつある。日本のどこかで安田珈琲に出合ったら迷わず飲んでみてほしい。沖縄の自然を思い浮かべながらコーヒーを楽しむ、そんな贅沢な味わい方が日本でも広がっていくことを切に願う。※農園見学は不可
入江葵:東京都生まれ。BREAD LAB主宰。幼少時からパンを愛して食べ続け、巡ったパン屋は国内外合わせて1000軒近くに上る。パンにまつわるセミナーやワークショップの講師、書籍・ウェブ媒体での執筆、各種メディアへコンテンツのディレクションを行う。