関東の人はこのロゴを「マルイ」と読むが、店舗がない地方の人はまず読めないという
丸井グループは5月10日、証券会社を設立することを発表した。「つみたてNISA」対象の投資信託を販売し、資産形成になじみが薄い若い世代の潜在需要を掘り起こすという。
このニュースを聞いて、「小売業の丸井グループがなぜ証券会社?」と意外に感じた人も多いのではないか。丸井グループは新宿、渋谷、有楽町などに店舗を構えてアパレルや雑貨を販売している。証券事業などの金融業とはかけ離れていると思われるかもしれない。
だが、丸井グループには小売業と別の顔がある。エポスカードを中心にした大手金融業としての顔だ。2018年3月期の連結営業利益352億円のうち金融業で303億円を稼いでいる。かつての丸井グループは金融機能を持った小売業として、カードが小売業を支える存在だった。それが近年はエポスカードの取扱高の急拡大に伴い、成長の主役は小売業から金融業へと交代した。小売機能を持った金融業と言った方が実態に近い。
丸井グループはどうにも分かりにくい企業である。比較できるような同業他社が存在しないのだ。たとえば三越伊勢丹にとっては同じ百貨店の高島屋や大丸松坂屋が、ルミネにとっては都市型ショッピングセンターのパルコや渋谷109などが同業他社になる。しかし丸井グループはカテゴライズが難しい。金融業の割合が高いことに加え、時代ごとに事業構造が変わるからだ。
READ MORE 1 / 3 月賦販売の家具店から「ヤングファッションの丸井」へ
丸井グループは3代の経営者がそれぞれ事業構造を変革してきた。「小売業は変化対応業」という格言があるが、同社の変遷はそれを具現化している。
そもそも当初は家具店だった。1931年に月賦販売店からのれん分けの形で独立した創業者・青井忠治は、東京・中野に店舗を構えた。それを発展させる形で戦後、月賦販売の家具店を開いた。高価な家具は現金で一括払いできないけれど、月々の分割払いならなんとか買える。月賦の仕組みは庶民に支持された。創業時から小売業と金融業が一体のビジネスを展開していたわけだ。青井忠治は60年に日本初のクレジットカードを発行。以降、月賦にかわりクレジットという言葉が市民権を得ていく。
72年に2代目・青井忠雄が社長に就くと、ターゲットを若者に絞った戦略を推進する。高度経済成長期を経て、豊かになった若者の洋服の支出が増えると読み、ファッションを主力にした「若者向け百貨店」を首都圏で多店舗化した。同時に学生でも所有できる「赤いカード」を展開。80年代に社会現象となったDCブランドのブームは、赤いカード抜きには語れない。高価な服を現金で買えない若者たちは、赤いカードの分割払いを利用して、マルイの店舗でDCブランドを買いあさった。
40代以上の人は80年頃の漫才ブーム時のコント赤信号のネタを覚えているだろう。暴走族の兄貴の服装を、弟分がブランドを列挙して褒めたたえる。「『レイバン』のサングラス、『サンローラン』のジャケット、『ビギ』のパンツ、『福助』の足袋!兄貴ぃ、ずいぶん高かったろう?」。兄貴はジャケットの内ポケットから赤いカードを取り出して「丸井よ!」。ギャグになるほど赤いカードは若者に浸透していた。
READ MORE 2 / 3 エポスカード発行で変身遂げる
九州初店舗として2016年に開業した博多マルイは、1階に食品を入れて話題になった
ところが2005年に現在の3代目、青井浩・社長が就任すると「ヤングファッションの丸井」の看板を下ろしてしまう。少子高齢化の進行を見据え、若者のファッションに特化した品ぞろえは先細りになると考え、ターゲットを30~50代の幅広い層に変更する。
同時にそれまでの「商品を仕入れて販売する」百貨店型の小売りモデルを、「スペースを貸してテナントから賃料を得る」ショッピングセンター型(不動産型)の小売りモデルに切り替え始める。店頭売り上げにあまり左右されすぎず、着実に収益を確保するようになった。マルイ店舗の面積ベースでの家賃契約率は、14年度に7%だったが、17年度には87%に達した。18年度はほぼ100%になる見通しだ。家賃契約化に合わせて飲食店や雑貨、サービス業などのテナントを積極的に誘致し、相対的にアパレルの面積を減らした。13年度に53%を占めていたアパレルは17年度には31%に急減している。
さらに最大の転機だったのは、06年の汎用型のエポスカードの発行である。マルイ店舗以外でも使えるショッピングクレジット事業への参入が金融業拡大の布石になった。06年の貸金業法改正や08年のリーマンショックの影響による2度の赤字決算を計上した危機感が、大胆な変革を後押しする。初年度のエポスカードは会員数400万人、ショッピング取扱高1800億円だったが、17年度には650万人、1兆6000億円へと成長した。今では9割がマルイ店舗以外での利用である。
READ MORE 3 / 3 “ミドリムシ”としての強みを追求
証券事業への参入を発表した青井社長(5月10日、東京・丸の内)
「丸井グループは小売業なのか金融業なのか」ーー。青井社長は投資家からいつも同じ質問を受けるという。「両方です」と答えても投資家は納得しない。困った青井社長は自社をミドリムシに例える。「もしあなたがミドリムシだったとして、誰かに『あなたは動物ですか、植物ですか』と聞かれたとします。あなたはどう答えますか。『両方です』としか、答えようがないのではないでしょうか」。2つの顔を持つことがミドリムシの特徴であるように、丸井グループも「小売りであると同時に金融であることが特徴であり、企業価値の源泉となっています」(同社会社案内の社長メッセージより)。
小売業と金融業は相互補完の関係にある。全国のマルイ店舗(モディ含む)には年間2億人の客が訪れる。エポスカードの新規会員の入会は、この店舗経由が約64%を占める(16年度)。小売業の客数が増えれば、金融業のカード会員も増える。金融業のクレジットカードのサービスが充実すれば、店舗での消費が活発になる。
新規参入する証券事業では、全国のマルイ店舗、カード、ウェブが一体となった事業スキームを組む。簡単に取引できるウェブをプラットフォームにしながら、取引を通じてカードにはポイントが加算され、マルイ店舗は申し込みのサポートや初心者向けのセミナーでバックアップする。かつて赤いカードで若者に初めてのクレジットカードを持たせたように、資産形成の経験がほとんどない若者に向けて、ハードルを低く設定した「つみたてNISA」の利用を促す。