オーダーハイヒールブランド「ゲージ(GAUGE)」を手掛ける五十石(いそいし)紀子ブランドディレクターが5月末、胸の大きい女性のためのブランド「オーバーE(OVER E)」の和田真由子エスティーム社長とともに“共感が生まれるコミュニケーションでヒットする”をテーマにしたトークショーを開催した。まだまだ認知度が高いわけではない両ブランドだが、個人発ながらも店舗を持たずに一定のコアなファンを囲い込み、短期間でビジネスを成功させたという共通点を持つ。
衣服生産プラットフォーム「シタテル(sitateru)」といった生産体制をはじめ、「ベイス(BASE)」などのお手軽EC構築サービス、そして発信力のあるSNSという“生産・販路・集客”の3つが一般化されたことで、経験のない個人でもブランドを始めるハードルは劇的に下がった。そのためにここ数年たくさんの個人発ブランドが現れ、中には大きな成功を収めるものまで出始めた。もともと大きな発信力を持つインフルエンサーがブランドをはじめると、集客において大きなアドバンテージを持っていることもあり、ブランド名はすぐに広まる。しかし、上記2ブランドのように、ゼロからスタートしたブランドでも成功する可能性が飛躍的に高まったのだ。今回のトークショーを通じて、あらためてこうした“バズるEC発ブランド”が成功する共通点が見えてきた。
マッチしないターゲットは排除するまず、どのブランドにも共通しているのが、ターゲットを極端に絞るということだ。トークショーでモデレーターを務め、「ゲージ」のマーケティングも担当する吉岡芳明TO NINE執行役は、「エグゼクティブウーマンにターゲットを絞ったことが奏功した。1足3万5000円で木型師がオーダーハイヒールを作ってくれるというのは、ほとんどの女性にとっては『高い』と感じる一方で、お金があるのにいいモノに出合えなかった女性にズバリ刺さった」と説明する。同ブランドはオーダー制でEC専売という一見不利な状況ながらも今年1月に実施したクラウドファンドでは、「マクアケ(Makuake)」において女性向けファッションブランド史上最高額の695万3200円(目標金額の2317%)を調達できた。
「オーバーE」も、和田社長自身の悩みをもとに“胸が大きいがゆえに、似合う服がなかなか見つからない女性”に向けてできたブランドで、「憧れではなく共感がターゲットを呼んだ」という。吉岡執行役は、「マスコミュニケーションからマイクロコミュニケーションの時代になった。明確に刺さるターゲットを見つけるためにオンラインは非常に有利で、セグメントを絞りながら無駄を省き、データを取りやすいはず。『スターバックス(STARBUCKS)』が成功したのも、喫煙者を排除したことによるブランディングの確立ではないか」と実例を示す。
ファンが生み出すコミュニティーそうして集まったコアなファンを囲うことで、ブランドとファンの間にはこれまでにはなかった信頼関係が生まれる。同じ悩みがブランドとファンをつなげるだけでなく、ファン同士が仲良くなったり、ファンの発信によって新たな顧客を獲得できたりと、ある種“コミュニティー化”が起こるようだ。「オーバーE」はファンが書いたイラストがツイッターでバズったことをきっかけにフォロワーが激増し、商品完売も相次いだ。「今ではSNSで新作発売後、開始20分で100万円を売り上げる。マルイやパルコでのポップアップも、ファンが企画を持ち込んでくれたことが開催のきっかけになった」と和田社長。コミュニティーイベントもこうしたブランドの特徴の1つで、新製品の企画をファンを巻き込んで行うこともあるという。ファンとブランドの持続的な関係性が出来上がるため、顧客のほとんどがリピーターになるのも納得だ。
かっこいいビジュアルはいらないもう1つの特徴が、“かっこよさより分かりやすさ”という考え方だ。「オーバーE」の和田社長は「かっこいいビジュアルもカリスマモデルもいらない」と強調する。その代わりに商品に関する説明を徹底する。“バズ”の天才とも呼べるモテクリエイターゆうこすも、SNSで成功したハヤカワ五味のブランド「ダブルチャカ(DOUBLE CHACA)」について、「彼女の投稿には一見ダサく見えるような文字がたくさんあるが、これがあることで気軽にリツイートができる。オシャレな画像だけだとリツイートする時にファンに説明してもらうハードルがある」と語っていた。インスタグラムが流行り、かっこいいビジュアルが当たり前の時代だが、ブランドを拡散させるためにはツイッターの利用も必要で、そこには“かっこよさより分かりやすさ”という概念があるようだ。
こうした共通点がありながらも、やはり一番重要なことは、“自分の言葉で語れるからこそできたブランド”だということだ。木型師だからこその着眼点だったり、自分の悩みを解決するための洋服だったり、ブランドの特異性が必ず存在している。共通点はあっても正攻法はないのだろう。ただ、顧客目線の悩みの数だけそれを解決するプロダクトが出てくると考えれば、個々は小さな力ながらも、“バズるEC発ブランド”がアパレル業界の新勢力になることは間違いなさそうだ。